11 供犠の村

 ①旅人を「久しぶりのお客さんだ、遠慮せずゆっくりしていけ」等ともてなし、宿に無料で泊める。

 ②食事に睡眠薬、麻痺薬を混ぜて出す。

 ③②を食べて眠り、動けなくなった旅人を厳重に縛り、村の外の「餌場」へ連れ出す。

 ④二晩放置した後、生きていれば薬入りの食事を再度与える。食べようとしなければ薬を水に混ぜて無理やりにでも飲ませる。

 ⑤旅人がいなくなる・・・・・まで④を繰り返す。


「この村に出る魔物は、人をひとり……その、与えると、七日は来ねぇんだ。だから旅人を……でも、こんな事は間違ってる。かといって、俺がそう言い出したら、次に毒入り飯を食わされるのは……」

 宿のご主人は僕たちを私室へ招くと、この村の生贄制度について詳しく話してくれた。

「冒険者ギルドに話せばいいじゃねぇか」

「駄目だ。あの魔物に気づかれたら、助けが来るまでに皆殺しにされるだろう。それだけ、恐ろしい奴なんだ」

「じゃあどうして今、俺たちに話すんだよ」

「もう耐えられない……こんなことを続けていいわけがない! あんたらに話したのは、ただの気まぐれだ……」

 ご主人は顔を両手で覆った。

 僕とアイリは顔を見合わせ、頷いた。

「次にその魔物が来るのは、いつ頃ですか」

「いつも通りなら明日明後日には来るはずだ……って、どうしてそんなことを聞く? 他の奴らが気づかないうちに、早くここから離れろ」

「わかりました。餌場というのはどこですか」

「……あんた、何するつもりだ? 前にも冒険者が何人も『自分が倒す』って挑んだよ。皆、駄目だった」

「餌場は、どこですか」

 根気強く、何度も尋ねると、ご主人は大きなため息を吐いてから、教えてくれた。

「村の北の森の中だ。村から道が続いてる。歩いて一時間ほどで、平らな岩と金属の杭が置いてある開けた場所に出る」


 ご主人は最後まで「止めておけ」「逃げろ」「この村のことは忘れろ」と繰り返し、僕たちを見送ってくれた。



「なあ、これ勇者の仕事か? 俺たちが冒険者ギルドに言いつけりゃ、あの宿の野郎のせいにはならねぇだろ」

 シェケレはぶちぶちと文句を言いながらも、僕たちに着いてきた。

 命令や首輪の強制力で着いてくるのではなく、自分の意志で歩いている。

「例の風習が始まってから一年近く経つって言ってたよね。つまり五十人以上は犠牲になってる」

「単純計算なら、そうだな」

「魔物、いや魔族は人を喰うほど強くなる」

「まぞく? なんだそりゃ」

 普通は魔族を知らない。冒険者ギルドにはそれとなく情報を伝えてあるが、現状対処出来る冒険者が限られてくるため、あまり広まっていない。

「人の言葉を話す魔物だよ。魔物より数段強い。生贄を差し出せと命じられたのなら、人の言葉を話す。ということは魔族である可能性が高い」

「そんなやつが……じゃあ魔王ってのは」

「魔王は魔物のことを仲間とも思っていなかった。魔族についても、どうだか」

 つい吐き捨てるように言ってしまう。

「仲間意識はともかく、魔王は魔族に近いよ。強さは別次元だけど」

「それがお前の相手か」

 僕は頷いた。



 宿のご主人が言っていたであろう場所に到着した。

 平らな岩には明らかに血液と思われるものが黒ずんでこびりつき、金属の杭には鎖や枷がいくつも繋がっている。

「ここだね。よし」

 僕は岩から少し離れた場所に荷物を降ろした。

「仮眠しよう」

「はあ!?」

 僕とアイリが寝袋をごそごそ取り出している間、シェケレは呆然と突っ立っていた。

「いや余裕か! いつ魔族ってやつが来るかもわかんねぇのに!」

「当分来ないと思うよ。気配無いし」

「その、気配ってのは俺にはわかんねぇっつってるだろ!」

 気配についてはシェケレに何度か僕の感覚を説明してきた。アイリは最近、少しなら分かるようになってきたが、シェケレはまだまだだ。

「じゃあシェケレは見張りをお願い。気配を察知したら自分で起きるけど、三時間したら僕だけ起こして」

「本当に大丈夫なのかよ……」

 睡眠は食事と同じくらい、健康的な冒険者の生活に必須だ。

 僕とアイリはすぐに眠りに落ちた。



 三時間後。見張りを交代してシェケレを寝かせ、僕は剣だけ持って少し離れた。

 旅の最中、魔物相手に剣を振るう機会は多いが、自己鍛錬の時間はあまり取れない。

 無心で剣を振り、ついでに力の解放も少しだけ行った。

「おい」

 寝ていろと言ったはずなのに、シェケレが起きてきた。手には、この旅に出る前に買い与えた剣が握られている。

「何だ?」

「……その、何だ」

 シェケレがもじもじしている。シェケレは年齢二十五歳。僕とアイリより七つも上だ。

 そんな大の大人の男がもじもじしている様を見ていると、肝が冷えるような、筆舌に尽くしがたい感情に囚われる。

 僕の冷たい視線に気づいたのか、シェケレはひとつ咳払いをしてからようやく口を開いた。

「少しでいいから、剣を教えてくれねぇか」

 シェケレがこんな頼み事をしてくるのは初めてだ。

「いいけど、どうしたんだよ急に」

 はっきり言ってシェケレは弱い。冒険者をやっていたのが不思議なくらいだ。

 元々剣の素質がないか、努力を怠ったか、冒険者資格を剥奪されてから剣を握っていなかったか。

 持たせた剣も店で一番軽量の、貴族の女性が万が一のための護身用に持つような剣だ。それすら扱いあぐねているフシがあった。

「嫌なら別にいい」

「嫌とは言ってないよ」

「お前に教わりゃ、俺もちょっとはマシになるかなと思っただけだ」

 シェケレはそっぽを向きながら、剣をぶん、と一度振った。

「振り方がなってない」

「そこからかよ!? 一応、剣で魔物を倒していたんだがなぁ」

「まっすぐの線を描くように振るんだよ。縦も横も。……そうそう」


 最初の酷い一振りを見たときはどうなることかと思ったが、シェケレは僕の言うことをしっかりと理解、実践し、二時間後にはかなり良くなった。

 教えるのが苦手な僕の指導でこうなったのだから、ちゃんとした師がいたら、一流剣士にもなれそうだ。

「? 別に教え下手ってこたぁねぇだろ。分かりやすかったぞ」

「そう? ありがとう」

「礼を言うのはこっちだろう」

 シェケレは剣を鞘に収めて、小さな声で「ありがとよ」とつぶやき、寝袋がある場所へ戻っていった。


 六時間たっぷり寝たアイリと僕で見張りをし、シェケレがもう三時間寝たところで、ようやく魔族の気配を察知した。

「ひっ!?」

 首の後ろに手をやったシェケレが、周囲を見渡す。

「な、なんだこれ……背筋が、寒気が」

 予想以上に強い魔族だ。気配がわからないと言っていたシェケレでさえ顔が青褪めている。

「魔族の気配だよ。もう近くまで来てる。アイリとシェケレはここにいて」

 僕は二人の周囲に魔法で結界を張ると、ひとりで平らな岩の真ん中に立った。

「ひ、ひとりで大丈夫なのかよ……」

「私達がいても足手まといよ。ラウトを信じなさい」

 結界の中の会話はよく聞こえないが、アイリがシェケレを窘めているようだ。


 やがて、背筋に嫌な何かが這い回るような気配をさせているものの正体が、空から降りてきた。


 金と銀で縁取られた白いローブに包まれているのは、酷く整った人の顔だ。目は閉じていて、口には笑みといって差し支えない程度に弧を描いている。

 服装と顔だけ見ると、天からの使者――教会の聖画に描かれているような天使にも見える。

 しかし、背中にいくつも生えている真っ黒い骨で出来た翼のようなものや、手に握っている赤黒い鎌が、こいつが聖なるものではないことを示していた。


「此度の贄は活きが良さそうじゃな。あれほど殺してやったのに、まだ抵抗するか」

 厳かなような、地の底から湧き上がるような、不思議な声だ。

殺した・・・?」

 宿のご主人は旅人を「生贄に捧げた」と言っていた。他に、冒険者が挑んだとも。

「贄はきちんと頂いたよ。でもそれ以外は、四肢を刻んで、首を村へ放り込んでやったさ。二度とおかしな真似をしないようにね」

 くすくす、と少女のように魔族は嗤った。耳障りだ。

「念のために忠告しておこう。私に剣は効かないよ。魔法も、まぁ人間が使うものは無理だろうねぇ。大人しくしてるなら、そなたのことは一飲みにしてやろう」

 魔族は余程自分に自信があるらしい。自分の弱点をぺらぺら喋ってくれた。

 剣も人の魔法も効かないということは、精霊の力なら通用するということだ。


 まだ帰ってこない精霊たちだが、僕の魔力には確かに精霊の力が存在する。

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