9 本人と偽者

*****




「俺が本物の勇者だよ! 魔王の居場所を教えろ、倒してきてやる!」

 ぎゃあぎゃあ叫ぶ自称勇者と、その隣で青褪めて震えている、自称アイリ。二人は蔦を縄に変更しただけで、相変わらずぐるぐる巻きになっている。

「アイリの方こそ似てない。あんな……あんなんじゃない」

 自称勇者を尋問している場にいるのは僕と一緒の船に乗ってきた北港町冒険者ギルドの監査役と、テアト大陸最大の国、フォーマ国の使者さん、それにテアト大陸南港町の冒険者ギルドの職員さんたちだ。僕とアイリは一歩離れた場所で、自分たちの偽者が尋問されているのを椅子に座って眺めている。何ならお茶まで出してもらった。

 僕の偽者に関してはアイリがはっきりと「全然まったくこれっぽっちも極僅かにもどこもかしこも似ていない」と言い切ってくれたが、髪と目の色、背格好がほぼ同じなので、容姿の情報だけなら騙されても仕方がないと思える。

 ところが偽アイリの方は、これをアイリと呼ぶのも烏滸がましい程似ていない。

 髪と目の色は寄せているつもりだろうが、品はないし顔つきは派手で可憐さが全くない。体つきも、冒険者にしては華奢に見える程身体を絞っているアイリと違って、全体的に太い。何より、回復魔法使い特有の澄んだ魔力を感じない。

 更に言えば、本物のアイリは僕が不当な目に遭っていたら青褪めて黙り込むのではなく、堂々と声を上げてくれる。僕が間違っていたら間違っているとはっきり言うはずだ。

「そうなの?」

「そうだよ。アイリはもっと可愛い」

「!? な、何言ってるのよ、もう」

 アイリが明後日の方向を向いてしまった。本当のことを言っただけなのに。



 僕が船に試したかったこととは、魔法による船の移動速度上昇だ。

 船体や乗組員すべてに防護魔法を掛け、帆に向けて追い風を吹きつける。

 進路を確認するために、僕は操舵室で航海士さんと話し合いながら朝から晩まで魔法を使い続けた。


 最初にこれをやると言い出した時、アイリには反対された。

「いくらラウトでも魔力が枯渇したら……」

「そうなる前に止めるよ。やれそうだからやってみたいんだ」

 精霊がいなくなってから、以前よりも真剣に魔法の練習に取り組んだ結果、僕の魔力は五十万になっていた。

 レベルは上がっていないので、能力値はレベルに拠るものではなく、個人個人の鍛錬次第だと証明したことになる。

 今度の魔王を片付けたら、冒険者ギルドの「レベル至上主義」に一言言うつもりだ。

「無理しないで」

「わかってる」

 アイリに心配させたくないので、本当に無理はしない。

 そして無理せずとも、余裕で上手くいった。


 船は水面を水切りの石のように跳ねながら進み、船で十日掛かるはずだった旅程を三日に縮めることができた。

 それで、自称勇者よりも先にフォーマ国の港町に辿り着けたのだ。

 流石に今は魔力の残りが一万を切ったが、体力は問題ない。魔力も、二晩も眠れば回復する。

「一万も残ってるの!?」

 アイリに驚かれてから、一般的なベテラン魔法使いの最大値でも千くらいだったことを思い出した。アイリの二千三百はかなり多い。

 船ひとつの旅程を三分の一ほどに縮めるほどの魔力を使って残りが一万というのは……よく考えないことにした。



 僕が船と魔法について回想している間も、監査役たちによる自称勇者への尋問は続いていた。

「では二人で手合わせしてみては如何でしょう」

 監査役と使者さんは自称勇者の世迷い言を殆ど聞き流していたが、あまりにも似たような主張を繰り返すので、こんな提案をしてきた。

「いいですよ」

「嫌だよ!」

 応じたのは僕で、嫌と言いだしたのは自称勇者だ。

「どうして嫌がるのです? 貴方が本当に本物であれば、偽者など一捻りでしょう」

 僕が本物であることは北港町で精霊の数について答えたことで、ユジカル国王やミューズ国王からお墨付きを頂いている。

 それでも偽者を偽者と断じ切れないのは、偏に僕が自分の容姿、名前について広めないようにしたせいだ。

 自称勇者が「自分はラウトという名である」と主張する以上、彼も勇者かもしれないという可能性を捨てきれない。

「俺は本当に本物なんだ! 万が一、魔王を倒す前に怪我でもしたらっ」

「アイリ殿は回復魔法使いと聞いている。治して貰えばいい」

「アイリの魔力は温存しておきたい! なあ、アイリ!」

「え、ええ、そ、そうね……」

「そちらのええと、回復魔法使いさん? が治せないなら、私が治しますよ」

 歯切れの悪い偽アイリに本物のアイリが口を挟むと、自称勇者が慌てた。

「偽者の回復魔法なんざ信じられるかっ!」


 ばん! と大きな音を立てたのは僕だ。机を拳で叩き割ってしまったのだ。テーブルの上のお茶も落ちてカップが割れてしまった。後で謝ろう。


「僕のことはともかく、アイリを偽者呼ばわりするのは許さない」

 そのまま立ち上がり、自称勇者の胸ぐらを掴んだ。自称勇者は「ヒッ」と息を呑んだあとから呼吸が荒くなり、言葉を発さなくなった。

「あの机、ラミセフローラの木ですよね……?」

「高レベルの冒険者が乱暴に扱っても割れない木材を選んだのだが……」

 背後で何か聞こえるが、僕はそれどころじゃない。

 アイリが侮辱されたのだ。

「どっちが偽者かはっきりさせてやるよ。……鍛錬場はどちらですか」

 自称勇者の胸ぐらを掴んで持ち上げたまま、近くにいたギルド職員さんに尋ねる。

「落ち着いてくれ、ラウト殿。其奴の首が物理的に締まっている」

 職員さんではなく、監査役が立ち上がって僕を宥めた。手元を見ると、自称勇者は白目を剥き、口からは泡を吹いていた。


「監査役、お待たせしました。こちらを」

 僕が自称勇者から手を放し、机やカップの破壊について謝罪していると、部屋へ書類を持った職員さんがやってきた。

 破壊行為については「勇者が破壊した机として記念展示します」という謎の回答と共に不問となった。

 書類を持ってきた職員さんは、嫌がる自称勇者の手を冒険者登録のときに使う魔道具に乗せるのに苦労していたので、僕が手伝った人だ。

 監査役が書類をめくる音だけが部屋を支配する中、自称勇者は誰も手を触れないどころか言及すらされず、床に転がったままになっている。

「……むう。これは偽者以前の問題だな。ラウト・・・殿、少しでも疑ってしまってすまなかった」

 監査役が僕を正式にラウトと呼び頭を下げると、部屋中の人たち、アイリと偽アイリ以外も倣った。

「いえ、もういいです。でもどうして急に?」

「こいつらは冒険者ですらない。勇者が冒険者資格を剥奪されることなど有り得ないだろう」


 自称勇者の本名はシェケレ。女性の方はチャス。シェケレは過去に冒険者として不適格の烙印を押された上での資格剥奪経験があり、チャスに至っては一度も冒険者だった記録がなかった。

「初めから魔道具を使えば良かったのに」

 アイリがぼそりと毒づく。

「急いでたのなら仕方ないさ」

 登録と確認用の魔道具は、結果が出るまで少し時間がかかる。今も、尋問を始めて魔道具に手を置かせてから、かれこれ小一時間経っている。

 元々登録していない人を探す場合は「本当に居ないのか」を過去まで遡って調べる必要があるから余計に大変だ。

「そもそもステータスを開示させればよかっただけの話。完全に冒険者ギルドの不手際だ」

 監査役は顔を上げても尚、申し訳無さそうにしていた。


「……けっ、どうせ勇者なんてちょっと強いだけだろ。勇者ってだけでチヤホヤされやがって」

 縄でぐるぐるを解かれた代わりに手枷を着けられたシェケレは意識を取り戻すなり、そう吐き捨てた。

「チヤホヤされたいかね、ラウト殿」

「御免被りたいです」

「だそうだ」

「口だけなら何とでも言えるだろ。俺は全部見たぞ。国から金以外に家まで貰ってたじゃねぇか」

 情報漏洩が過ぎないか。

「いい加減に黙れ、シェケレ。これ以上勇者を侮辱すると極刑も有り得るぞ。今や勇者の地位は王族同然だからな」

「えっ、そうなの!?」

 素で驚いてしまった。そんな話聞いてない。

「俺は王族同然でも全く不思議ではないと思っている」

 監査役一個人の感想かと一安心したら、そうではなかった。

「私もそう思います」「俺も」「人間の希望なのだから王族より上の立場でもおかしくない」

 部屋に居た人たちが次々に声を上げる。

「待ってください、貴方達が不敬罪になりかねませんよ!?」

 僕が慌てて宥め、極刑はやりすぎだと話しているのを、シェケレが憎々しげな目で見ていたと、後でアイリから聞いた。

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