4 不審者
結論から言うと、シルバーは正式にうちの家族になった。
シルバーは例の「魔神教」の連中のひとりの飼い犬だった。
冒険者ギルドで声を張り上げていたやつが「教祖」と呼ばれていて、教祖の命令で犬を差し出したそうだ。
後ろ足は、飼い主の手を離れて暴れ、付け毛を嫌がった罰として傷つけたのだそうだ。
元の飼い主は犬を傷つけられたことで「魔神教」と教祖に不信感を持ち、あの場にはいなかった。
「命令だったとは言え、愛犬を手放した自分に、もう飼う資格はありません」
ギルドの呼びかけで姿を現した元飼い主は、引き取った人、つまり僕たちにそう言付けてその場を立ち去ったという。
教祖を始めとした魔神教の人たちは、余罪がざくざく出てきたそうで、今もなお牢の中にいる。
奴らの目的は、金集めだった。
魔王が神の使いではないとは、実は言い切れない。神は定期的に人間に試練を与えるものだと信仰されているからだ。
その信仰も「魔王が現れると勇者もまた現れ、人々は勇者を支援して魔王を討伐する」までがセットだ。
間違っても魔物が人と共存できるはずがない。
教祖は「自分は魔物と心を通わせることができる」「魔物と心を通わせるためには心身ともに充実していなければならない」等と人々を口車に乗せ、教祖の暮らしを支えるためと称して寄付や支援を集めていた。
教祖の主張を後押ししてしまったのが、僕だ。
勇者が名乗りを上げず、魔王を討伐しても最低限の発表しかしない。
どこにいるのかわからず直接支援できない勇者よりも、教祖のように顔を出している相手に即物的な対価を与えたほうが、安心感が得られるのは自明の理だ。
「……」
「その、何だ。仮に私が勇者に選ばれたなら、ラウトと同じようにする、と思う。悪いのは人々を騙した魔神教だ。ラウトが気にすることはない」
事後説明にやってきた冒険者ギルドの監査役は、話を聞いて頭を抱えてしまった僕に、こう言ってくれた。
僕の足元にはシルバーがやってきて、心配そうに見上げている。
アイリとサラミヤに懐いているのかと思いきや、どうも僕のことが一番気になるらしい。事あるごとに僕の近くにいるのだ。
手を伸ばして頭を撫でてやっても、気持ちよさそうにするわけでもなく、ただ僕を見つめている。
「お前も大変だったんだな。……監査役、話はわかりました。第二第三の魔神教が現れないように、何か手を考えておきます」
「無理はするなよ。ラウトが嫌だと思うことを勧めたりはしない。こちらもより一層、勇者の実在と魔王討伐の功績を広めるよう努める」
「よろしくお願いします」
監査役が帰った後、家の周りをずっとうろついている人の気配に気付いた。
冷めたお茶を飲み干して、自室へ赴く。
当然のように一番広い部屋が僕の部屋になったのだが、この部屋は屋敷の角にあるので、窓から西側と南側がよく見える。
うろついているのは、やはりクレイドだ。
もう嗅ぎつけられてしまった。
監査役からはクレイドのことも聞けた。
クレイドは入信したばかりで特に何の活動もしておらず、ギルドへ来たのも「信者獲得のための練習だと思って付き合え」と言われただけ、というのは本人の弁だ。
他の人に確認した結果事実とみなされ、即解放になったとのこと。
ついでに、冒険者資格はまだ有したままだが、現在どこのパーティにも所属していない。
ギルドから解放される際、「魔神教には二度と関わらない」と約束はさせたが、僕については特に何も触れなかったそうだ。
「ラウトはクレイドのこと、どういう人だと思ってたの?」
アイリをサロンに誘って話を聞くと、逆にこう尋ねられた。
「真面目で、あの三人の中ではまともな人だとばかり」
あの三人とはセルパン、ツインク、クレイドのことだ。
僕が父に「村の子たちと仲良くしてこい」と村へ出された際、真っ先に話しかけてきたのがセルパンで、ツインクとクレイドが一緒にいた。僕が三人と共に行動するようになってしばらくしてから、アイリが近寄ってきたのだ。
「ラウトの前では猫被ってたのかしら。クレイドはね、嘘つきよ」
「嘘つき?」
よくよく記憶を掘り起こしてみたが、思い当たるフシがない。
「クエストや家のことでは確かに真面目だったわ。まずはラウトがパーティを追放された時なのだけど。ラウトがいないほうがいいんじゃないかって最初に言い出したのはクレイドよ」
「えっ!?」
アイリがそれを聞いたのは偶然だった。
僕がクエスト終了報告のためひとりでギルドに行っている間に、クレイドがセルパンに言っていたというのだ。
「パーティから追い出せ、みたいに直接的な表現はしてなかったけど、セルパンが『ラウトを追い出せば良いのか』って考える切っ掛けにはなったと思うわ。その割に、ラウトが実際に追放された時は残念そうな顔してみせてたから、ああこの人、嘘つきなのね、って」
「そうだったのか……」
あの日のことは今でもよく覚えている。ツインクは僕を見下していたが、クレイドは心底残念そうだった。あれが演技……嘘だったなんて。
「じゃあ今、家の周りをうろうろしているのはどういう魂胆だろう」
「家の周りをうろうろしてる!?」
アイリが窓に駆け寄り、カーテンの隙間から外を覗いた。
「そっちじゃない。今は裏手側にいる」
「ええ……ここに住んでることがバレてるのかしら」
「どうだろう。確信があるならすぐに入ろうとしそうだけど」
ギルドには拠点の場所を申告する必要があり、引っ越しと同時に転居届を出してある。
冒険者がどこに住んでいるかという情報は、同じ冒険者であれば簡単に調べることができる。
僕は以前のツインクのこともあり、ギルドに「情報開示拒否」をお願いしてある。勇者の権限を使わせてもらい、例え元同じパーティメンバーでも住所が開示されることはない。
クレレやヤトガ達といった、信頼できる冒険者には僕から伝えた。彼らは人の家の周囲を不審者よろしくウロウロせず、用事があれば事前に約束をした上で正式に訪問してくれる。彼らなら事前約束がなくても歓迎するが。
「ラウト様、家の周辺を不審者がうろついているのですが、通報しても宜しいでしょうか」
サロンにギロが顔を出した。
「その手があったわね!」
「ギロ、是非頼む。あれは不審者以外の何者でもない」
僕とアイリが勢い込んで頼むと、ギロはやや引き気味になりつつも「畏まりました」と下がっていった。
しばらくして、家の周辺に人が増え、何か大きな声が聞こえたかと思うと、裏手のほうで派手めの爆破音がした。
シルバーが「キャン」と鳴いて怯えたので、背中をさすってやる。
警備兵に囲まれたクレイドが抵抗して攻撃魔法を使ったのだろう。
家には結界魔法が施してあるので建物自体が壊れることはまず無いが、今ここで現状確認のために外へ飛び出しては、警備兵を呼んでもらったことが無駄になる。
僕の代わりにギロが外へ出て状況を確認してくれた。
「爆発音に驚いた周辺住民も集まって、酷い騒ぎになっていましたね。家はラウト様の結界のおかげで無事です。例の不審者は警備兵に拘束されていましたから、もう安心かと」
「とりあえずの危機は去った、かな」
「何者だったのですか?」
僕はギロとサラミヤにクレイドのことを話した。
「なるほど、ラウト様を放り出した人たちのひとりですね」
「うん、まあ、そう」
「ラウト、まだ当時のことは仕方ないって思ってる?」
サラミヤの感想に曖昧な返事をすると、アイリに指摘された。
「本当に対等な仲間だと思っていたなら、レベルなんかで判断せずにずっと仲間で居てくれたはずよ」
アイリの話はわかるのだが、冒険者はレベルと強さが全てという考え方は、全ての冒険者の根底にある。
セルパン達の判断が間違っていたとは言い切れないのだ。
「器物損壊未遂でしばらくは牢から出てこれないでしょうが、ラウト様とアイリ様はお出かけの際、転移魔法を使ったほうが良さそうですね」
「仕方ないわね。ラウト、出かける時はお願い」
「わかった」
家は高い塀に囲まれているが、庭に出るのも自粛しなければならないだろう。
転移魔法が使え、家の中に訓練場があってよかった。
しかし、正式な用件があって家を訪ねてくる人には全く警戒していなかった。
三日ほど反省房で過ごしたクレイドは、ギルドの監査役をこっそりと観察し、僕に用件を伝えるために家にやってきたのをつけてきたのだ。
監査役の用件は、次の魔王の居場所を知らせるものだった。
船の手配や現地での宿泊関係の調整に少し手間取っているが、二十日以内に家を離れることが決まった。
監査役を見送った後、すぐに扉を叩かれた。
監査役が何か伝え忘れか忘れ物をしたのかと思って、気配も読まずに開けてしまった。
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