27 二人の王子
城のそう広くない地下牢には、百人近い人が投獄されていた。
その全員に回復魔法を使ったアイリは、最後のひとりに回復魔法を掛けた直後、倒れた。
「無茶して……。いや、僕が彼らを頼ればよかったね」
青ざめた顔でベッドに横たわるアイリに懺悔すると、アイリは目を伏せた。
「ううん。自分の力を過信しすぎたわ」
魔力の枯渇は睡眠と食事を充分にとるか、魔力回復ポーションでしか治せない。ポーションは城の備蓄が底をついていて、準備に手間取っている。もどかしいが、僕には何も出来ない。
「アイリ殿が倒れたと聞いた。具合はどうじゃ」
治療した人たちが超特急で用意してくれた客室に、ナリオ国王が直々にやってきた。
王様は僕とアイリに敬称をつけて呼び、正式に国賓として扱ってくれている。
まだ城の中は慌ただしくて、王様は供を誰もつけずに城を歩き回っている。
「しばらく休息すれば元通りになります。すみませんが、ベッドをお借りします」
「構わぬ。ラウト殿とアイリ殿は我が国の恩人じゃ。完全に回復するまで遠慮なく休んでくれ。ポーションも急ぎ手配しておる。……して、ラウト殿に話がある。少しよいか?」
部屋にあるテーブルに、僕と王様が向かい合って座ると、気を利かせてくれた騎士さん達がお茶の準備をしてくれた。
街道にとどまっていたこの国の騎士団の皆さんに連絡が行くと、すぐに城へ戻って、様々な雑用を担っている。
侍女さんや執事さんといった人たちは牢の中に見当たらなかった。第二王子が事を起こすことを予見した王様が、国の重要人物が軒並み牢へ入れられる前に暇を言い渡して逃したということだ。
こんなに素晴らしい人の息子が、どうして魔王なんかに国を売ったのか。
「愚息は城の北にある魔王軍の拠点にいるはずじゃ。王太子もそこに囚われておる」
王様は騎士さんが用意した地図の一点を指さした。
城からかなり離れている。僕の気配察知の範囲外だ。
「親の欲目を除いても、二人目の息子はここまで愚かな男ではなかったはずじゃ。
「まぞく?」
耳馴染みのない、だけどとてもしっくりくる言葉だ。
「人の姿をし、人語を解する高位の魔物を『魔族』と呼ぶ。魔物よりも遥かに強い。魔王は、その王と認識しておる」
「ミューズ国にも魔王軍の拠点があり、そこにも、いま思えば魔族と呼べるものたちがいました」
それと、この城で倒した魔物は、全て魔族だったということになる。
僕は王様に、拠点の材料が魔物であることを聞いたと話した。
「おお……なんとも悍ましい話じゃ。しかし、それで得心が行く。かの拠点も外見は人が造る建物と似ておらぬと聞いておる」
魔物はたしかに人の敵で、見かけたら即討伐しないとこちらがやられる。
だからといって、建物の材料にするような扱い方は、さすがに眉をひそめてしまう。
魔物は死ぬと魔物の核を残して消えるから、建材になっているということは……あの建物は生きている。
「話は変わるが、ラウト殿。そなたが勇者であるということは、精霊の助力を得られるのか?」
思わず硬直してしまった。精霊たちにこっそり尋ねると『知ってる人間は知ってる』との返答だった。
「はい。王様は何故ご存知なのですか?」
「何、王族ならばみな知っておる。精霊たちは存在を広く知られたくないと伝えられておるので、王族以外にはあまり広まっておらぬがな」
僕の中で精霊たちが一斉に頷いた。
「ここから魔王軍の拠点まで、早馬でも三日かかる。しかしそなたなら、もっと早く行けるのではないか?」
「はい」
シルフとドモヴォーイの助力があれば、僕はどこへでもあっという間に行ける。
これまで殆ど使わなかったのは、移動時間を極端に縮めると足並みが揃わなかったり、あまりにも不自然だと思われるのを避けたからだ。
「日時の調整はこちらでなんとでもする。働かせ通しで申し訳ないが、一刻も早く向かってくれぬか」
王様なんだから僕みたいな庶民に対して、もっと居丈高に命令すればいいのに。
大陸向こうの貴族籍なんて関係ないし。
「アイリが回復次第、向かいます」
アイリを危険な目に合わせたくないが、アイリを置いていくことはそれ以上に嫌だった。
置いていったほうが安全に決まっているのは承知の上だ。理屈はわからないが、どうしてもアイリと一緒がいい。
「あいわかった。必要なものがあれば何でも言うてくれ」
「ありがとうございます」
僕たちが地下牢の中の人たちを助け出してから二日後、城に魔力回復ポーションが大量に届いた。
王様が「遠く離れた大陸から救援が来た」「第二王子は城を放棄して逃亡中」「救援が魔王討伐へ向かう予定」等々のおふれを出した結果、魔物や魔族を恐れて息をひそめていた城下町の人たちが、希望を見出して王城へ物資を差し出したのだ。
また、戻ってこいと呼びかけたわけでもないのに、暇を言い渡されていた侍女さんや執事さん達も、自主的に城へ戻ってきた。
「随分と慕われている王様なのね。わからないでもないけど」
二日間たっぷりの睡眠と、しっかりした食事を取り、止めにポーションを飲んだアイリが完全復活した。
「お待たせ、ラウト。いつでも行けるわ」
「本当に大丈夫そうだね。王様に挨拶したら、早速行こう」
助け出した初日からフル回転で働き詰めだった王様は、流石に周囲の人に「お願いですから休んでください」と懇願されて、どうしてもという仕事以外は休んでいる。
だから挨拶も簡略化させて欲しいと付け足して宰相さんに取り次ぎを頼んだのに、王様が直々に出てきてしまった。
「国の恩人を送り出すのに、王が寝ていては示しがつかぬ」
王様は痩せている以外は王たる威厳をもって、僕とアイリを送り出してくれた。
精霊たちの助力のお陰で、城を出て二十分後には、魔王軍の拠点へ到着した。
「あっという間だったわね」
僕に抱かれていたアイリは地面に足をそっとつけると、安堵したように息を吐いた。
「疲れてない?」
「ううん。ちょっと緊張してただけ。あんなに早いと思わなくて」
僕は練習で慣れていたが、アイリは初体験だった。目を閉じていたほうが良いと忠告したのに「慣れたいから」と、しっかり開けたままだった。
建物は聞いていた通り、ミューズ国で見かけたのと同じ、黒くてヌメヌメしたものに覆われていた。
「気配は……うん、すごく強そうな魔物、いや魔族かな? それと、人間が二人。まずは人を助け出そう」
建物には出入り口が無かったので、剣で叩き切って無理やり侵入した。
「うわっ!? ななな、何だ!? 魔族か!?」
壁のすぐ向こういたのは、似合わない王冠を被った僕と同い年くらいの男と、痩せ細り襤褸を纏っていて俯いているため、年齢と性別が不明な人物だった。
「人間です。助けに来ました。貴方がたは、ナリオ国の王子様たちで合っていますか?」
王冠の方は襤褸を着ている人を背中に庇いながら、僕を訝しげな目でじろじろと観察した。
「そうだ、王子だ……んぐっ、ち、違う、俺は、俺は……」
王冠の方から魔物の気配が漂う。魔物の核を埋め込まれ、魔物化してしまう人に似ているが、違う。
「ううううあああ……お、俺は、いいからっ! あ、兄上、兄上を!」
苦しげにうめきながら、襤褸を纏った人を指差す。僕は王冠を牽制しながら近づき、アイリに合図をして回復魔法を頼んだ。
「……げほっ、げほっ!」
「お水です、飲めますか?」
襤褸の人に回復魔法は効いた様子だが、アイリが水筒を差し出した。襤褸の人はそれをつかむと、はじめは遠慮がちに、それから時間をかけて水筒の水を飲み干した。
その間にも、王冠の人は何事かうわ言のようにつぶやきながら、地面をのたうち回っている。
「おれ、は、王子、王位を……王になって……ならない……なるものかっ……あああああ!」
魔物の気配が膨れ上がったと思ったら、王冠の下から真っ黒な角がめきめきと生えてきた。
シルフに頼んでアイリと襤褸の人を退避させ、僕は王冠の人に向き合う。
「あれは一体何なの?」
シルフがアイリと襤褸の人の会話を、風に乗せて僕の耳に運んでくれる。
「わが弟……ナリオ国第二王子、レオだ。レオは魔王に国を売ったのではない。国のために自らが傀儡になることを選んだのだ。罠とも見抜けずに」
「ぐがあああああ!」
レオの気配は今や、城にいた魔王直属の魔族たちよりも、強大だ。
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