25 きな臭い
先頭の馬車の御者をしていた騎士さんは引きずり下ろされ、客車に乗っていた騎士さん達がそれを助けようと躍起になっている。
慌てて駆け寄って襲ってきた人たちをかき分け、騎士さんを小脇に抱えて救い出し、剣で襲撃者たちを威嚇した。
「何があったんですか? この人達は?」
救い出した騎士さんを地面におろして尋ねると、騎士さんは首を横に振った。
「わかりません。急に襲ってきて……」
騎士さんとやり取りしている間にも襲撃者の数は増え、馬車一台に十人ほどが襲いかかってきていた。
とりあえず先頭の馬車に向かってきた襲撃者を一通り昏倒させ、僕やアイリ達が乗っていた馬車へ向かう。
ヘッケルが五人を相手にしつつ、アイリを背後に守ってくれていた。
割り込んで、こちらも次々意識を刈っていく。
「ヘッケル、アイリを頼む。他の馬車の応援に行ってくる」
「お、おう!」
「力を貸してくれ、シルフ」
頭の中で精霊を呼び、シルフの風を纏った僕は三台目の馬車へ駆け寄ろうとして……通り過ぎた。
「うわっ、これも練習しとかなきゃだな」
シルフの助力を制御しきれなくて、通りすがりにひとりを気絶させることしか出来なかった。
急いで引き返して、残りをやっつける。
四台目、最後尾の馬車へは力を調節しながら向かい、勢い余って通り過ぎることもなく、無事襲撃者全員の無力化に成功した。
襲撃者は総勢五十人。ついでに城へ連行しようにも、数が多すぎる。
このまま放っておくわけにもいかない。
騎士さんのうち隊長と呼ばれている人とヘッケルが、襲撃者の中で一番身なりのまともな人を叩き起こした。
「お前たちは何なんだ。この馬車が国賓を送迎していると知っての狼藉か?」
「……」
襲撃者が黙り込んでいる間、僕の意識は別のところへ向いていた。
街道沿いの樹上に、ひとり潜んでいるやつがいる。
僕は襲撃者への尋問に集中するフリをして、そいつを気配察知で見張っていた。
「答えろ!」
隊長さんがヒートアップしだすと、潜んでいるやつが動いた。
狙いは……アイリだ。
「なっ!?」
地を思い切り蹴ってアイリの元へ駆け寄り、最後の襲撃者の腕を取って関節を極め、その場に倒した。
「ラウト!? なんだ、そいつは」
「そこの木の上からずっと見張ってたんだ」
よりにもよって、アイリを狙うとは。
「ぎゃあっ!」
思わず力が入って、そいつの腕をそのまま折ってしまった。
だけど僕の腹の虫は収まらない。
「どうして彼女を狙った。吐け」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
黙るそいつの無事な方の腕を、無言で持ち上げる。
「……っあああ! わかった! 話す! 話すからやめてくれぇ!」
「このまま話せ」
「ゆっ! 勇者と勇者の連れがくるから、連れを人質にして勇者を連れてこいと、命令されたんだ!」
「誰に?」
「……」
そいつの腕を、折れる一歩手前まで力を込めて締め上げた。
「あああ! だ、誰かはわかんねぇ! そういう取引だった! 連れて行く場所は城だ! ナリオ国の!」
「ナリオ国が?」
力を緩めるが、腕は絶対に離さない。襲撃者は観念したのか、質問にどんどん答えてくれた。
「どうして彼女が連れだとわかった?」
「ううう、王家の紋章が入った馬車に乗ってる女はひとりしかいねぇって聞いたんだよ!」
情報が一番駄目なところまでダダ漏れている。
騎士さんを見ると、騎士さんも驚いている様子だった。
「ならば、このまま城へ向かうのは得策ではありませんね。一旦二手に分かれましょう。我々はここで、賊どもを見張ります。貴方がたは港町でお待ち下さい」
「それが良さそうですね」
「では。おーい! 班長は集まってくれ!」
騎士さん達に連絡が行き届くと、僕とアイリは港町へ徒歩で戻ることになった。
仰々しい馬車は目立つし、襲撃者を閉じ込めておく檻代わりにするためだ。
「勇者の弱みを握って、何がしたいのだろうな、この国は。どうせ碌なことではないだろうが」
僕もヘッケルに全面同意だ。
「ラウト、さっきはありがとう」
港町へ向かう道中でアイリが突然お礼を言ってきた。
「? 何かあったっけ」
「私、襲われそうになって……」
「ああ」
そうだった。あいつ、アイリを狙ってたんだった。
あの瞬間一気に頭に血が上ったのと、黒幕のインパクトで忘れかけてた。
「ラウトってあんなに怒れたのね。初めて見たわ」
「自分では割と気が短いって思ってるけど」
「セルパンにパーティを追い出された時だって怒らなかったじゃない」
「理由に納得できたからね」
「もう……」
何が「もう」なのかは解らないが、アイリは心なしか上機嫌だ。
「あ、さっきの人の腕治すの忘れてたわ」
「いいんじゃない? 結構強い人だから、弱らせたままのほうが」
「誰かに頼まれて人を拐おうとするような人だし、確かに放置でいいわね」
アイリととりとめのない話をしながら街道を歩いていて、ふと気づいた。
ここへ来てから一度も魔物の気配を感じたことがない。
嫌な予感しかしないが、差し当たってできることは港町で待機することだけだ。
港町では適当に宿を決める予定だったが……。
「港町に着いたら、冒険者ギルドへ行こう」
「どうしたの?」
「魔物の気配が無いんだ。ギルドにクエストが出てるかどうか、確かめたい」
港町に戻ってこれたのは日が暮れてからだった。
冒険者ギルドは夜遅くまで職員さんがいるはずだが、扉は固く閉ざされていた。中に人の気配もない。
「変ね」
アイリも異様さに気づきはじめた。
「仕方ない。今日は宿に泊まって、明日また来てみよう」
アイリの手を引いて、わざと人気のない方向へ進んだ。
「ラウト?」
「静かに。尾行されてる」
アイリにだけ聞こえる程の音量でそれだけ言って、さらに進む。
他の人の気配がなくなったところで立ち止まり、アイリを背中に庇いつつ振り返った。
「誰だ? 出てこないならこちらから行く」
姿を見せたのは、ボロボロの服を着た、薄汚れた男だった。
ボロボロに見えた服は騎士さん達と似た隊服のようなもので、勲章の付き方がまばらな所から、元はもっと付いていたのだろうと容易に想像できた。
丸腰で、敵意はなさそうだ。
「後をつけて悪かった。ミューズ国から来た方々とお見受けする。害意はない。話を聞いてもらいたいのだ」
彼をじっと見つめる。僕に人を見る目はあまり無いが、精霊たちが騒いだり邪魔をしたりしなかったので、大丈夫だろう。
「場所を変えましょう。どこか、安全な所に心当たりは?」
「! 話を聞いてくれるのか?」
「はい。僕たちでよければ」
男はアーバンと名乗った。アーバンは先程入れなかった冒険者ギルドへ僕たちを連れて行くと、裏口へ回り、鍵を開けた。
中にはやはり誰もいない。がらんとしたギルドホールは少し不気味だ。
「俺はナリオ国騎士団の第一団長を務めていた。魔物と対峙することが多かったから、冒険者ギルドの合鍵も所持している」
アーバンは説明しながら、僕たちをギルドの一室へ案内し、椅子を勧めてくれた。
「単刀直入に聞くが、君が勇者か?」
問われて、一瞬言葉に詰まる。
「質問に答える前に、こちらも聞きたいことがあります。答えはそれからで良いですか?」
「構わない」
「では……。僕たちは確かにミューズ国から来ました。ナリオ国の紋章入りの馬車で城へ向かっていたのですが、途中で賊に襲われて……賊は彼女を人質に、勇者を城へおびき出すつもりだったと話していました。貴方も城の関係者なら、なにかご存知ではないですか?」
彼女と言う時にアイリを視線で示した。アイリは真面目な顔で小さく頷いて肯定した。
アーバンは天を仰いで嘆息してから、僕たちに改めて向き直った。
「それはこの国の第二王子の手の者とみて間違いないだろう。第二王子は……魔王に国を売ったのだ」
「魔王に国を!?」
アイリが立ち上がって叫んだ。僕も同じ心境だ。
「第二王子は野心家でな。第一王子が王太子に指名されてから、方々に手を回して王太子を引きずり下ろすことに躍起になっていた。そこを嗅ぎつけられたのか、自分から接触したのか……」
「つまり、王位争いに魔王の力を利用しようとしたと」
「その通りだ。第二王子がどのような契約を交わしたのか詳しくは知りようがないのだが……町や城では失踪事件が多発し、城の内部も荒れ……俺も第二王子に苦言を呈しただけでこのザマだ。いや、俺の身分などどうでもいい。ただ、勇者が魔王さえ倒してくれたらこの状況を打破できるやもしれないと、勝手に希望を抱いている」
アーバンは、まっすぐ僕を見た。
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