17 呼び出し
「おかえりなさいませ!」
冒険者ギルドでセルパンと一騒動あった後、普通にクエストを請けて達成してきた。
家に帰ってきて「おかえり」を言ってくれる人がいると、心が和む。
「ただいま、ギロ」
「ただいま」
挨拶を返して僕とアイリはそれぞれの部屋へ向かい、普段着に着替えて食堂に集まった。
ギロに食事の支度も任せてみたら、これが凄かった。
特にクエストから帰ってきた日の夕食は豪勢で、オードブルからデザートまで、渡した予算でどうやってやりくりしてるの? というくらい、ちゃんとしたコース料理が出てくるのだ。そして全てがとても美味しい。
「冒険者だったんだよね?」
冒険者でもクレレみたいにやたらと料理の上手い人はいるけれど、ギロのは別次元だ。
「ええ、冒険者でした。補助魔法使いでしたが魔力量が少なくて、クエストでは足を引っ張りまして。せめて他のところでパーティの役に立とうと人の世話ばかり焼いていたのですよ」
それで家事が得意だったのか。
「ギロ、料理教えて」
「! ええ、お望みとあれば」
アイリが難しい顔で料理を咀嚼していたかと思ったら、突然のお願いだった。
ギロとアイリはこれまで殆ど会話をしなかった。馬が合わないのかと不安だったのだけど、どうやらギロがアイリに遠慮しつつ、アイリは人見知りを発動していたようだ。
食事の後のお茶も済ませ、僕は武器の手入れを理由に部屋へと戻った。
手入れは本当だが、それとは別にひとりで考えたいことがある。
部屋にある椅子に座ってステータスを表示する。
レベルは何度見ても同じ数字だ。見間違いじゃない。
「……レベル九十って何だよ」
今日はオーガの大群を見つけてしまい、アイリと二人で全て討伐した。
常時動き回っていた僕にアイリが「疲れないの?」と若干引いていたが、精霊の助力の賜か、まだまだやれる状態で討伐を完了した。
大群と言っても七十体だ。
それだけで、レベルが六十六から二十四も上がるのは、どう考えてもおかしい。
その証拠に、一緒にいたアイリのレベルは一つ上がっただけだ。
アイリがしてくれた千年前の勇者の話がずっと頭の中をぐるぐる回っている。
「僕じゃないと思うんだけどなぁ」
口から本音がこぼれ出た。
魔王を倒すためなんて崇高な理由で冒険者になったわけじゃない。
故郷の村では、大人になったら村の中で仕事を見つけて生涯そこで暮らすか、村の外へ出るかの二択だ。
村で大人と認められる十三歳になる少し前、セルパンに「俺がリーダーをやるから、冒険者にならないか」と誘われた。
誘われた僕はというと、実はその数日前に村長さんから「セルパンについていってやってくれないか」と打診されていた。
村長さん曰く、セルパンは冒険者になると言って聞かず、ならばせめて僕のようにしっかりした幼馴染が一緒なら安心だと。
僕がしっかりしているかどうかは措いといて。村長さんは息子のセルパンが心配なあまり、貴族教育で剣を多少囓った僕や、魔法が使えるクレイド、弓が得意なツインクに頼んだのだと思う。
家督は兄二人のどちらかが継ぐ。家に残っても、僕は村で仕事を見つけるしかない。
だったら、いっそ外に出てやってみよう。セルパンに誘われる直前には、そう決心していた。
意外だったのは、僕がセルパンと一緒に行くと知ったアイリが、家族を説得して冒険者になると決めたことだ。
アイリははじめから、僕に何か起きると予感していたのかな。
結局のところ、村長さんが僕に同行を頼んだことを知らないセルパンからパーティを追放され、セルパン本人は冒険者資格を剥奪された。今は村へ戻る馬車の中か……お金がないみたいだったから、徒歩で帰っているだろうか。
クレイドとツインクの行方はわからなかった。パーカスの町は出てしまったようで、その後の足取りは掴んでいない。
冒険者を辞めたわけではなさそうなので、ギルドに問い合わせればどこでどんなクエストを請けたか教えてもらえるし、居場所もわかる。
あの二人は僕がパーティを追放された時、セルパンに同意していた様子だったから、特に会いたいとは思わない。わざわざ問い合わせる必要はないだろう。
結局、村を出てからずっと一緒なのはアイリだけだ。
不意にそんなことに気づいた。
*****
レベル九十になってから半月ほど、なるべく魔物討伐をしないクエストを請けるか、いっそ請けない日々を過ごした。
最低限の魔物しか倒していないのに、レベルは遂に九十九に達してしまった。
人間の限界レベルがいくつなのかは人によって意見の分かれるところだが、一番支持を集めている説では百だと言われている。
もし何かの拍子に僕のレベルが冒険者ギルドに知られたら、噂に聞く「勇者適性試験」とやらを受けさせられてしまう。
というか、ギルドの監査役に直接「レベル開示」を命令されたら、伝える義務があるので詰む。
監査役とかち合うことは、気配察知をフル活用してなんとか避け続けているが、直接呼び出される可能性もあるし、時間の問題だろう。
勇者適性試験とは言葉通り、冒険者ギルドと国の騎士団が協力して選りすぐりの強者と手合わせさせられ、魔道具を使用して能力値を測るテストだ。そこで一定以上の強さが有るとわかったら、魔王討伐の任に就かされる。
魔王については、ギロの扱われ方を見て、多少思うところはある。
だけど人類全員の敵という大物を僕が相手にするのは、荷が重すぎる。
幸い、二度の特別クエストの報酬で、貯金はそこそこある。
アイリも僕の意を汲んでくれて、「私がひとりでクエストを請けてラウトを養う」とまで言ってくれている。流石にそこまでしなくていいと止めた。
そうやって恐る恐る過ごしていたある日、ついにギルドから呼び出しがかかった。
腹を括って出頭したのに、予想と違うことを言われた。
「ラウトさん、アイリさん。手紙を預かっております」
冒険者に手紙を出す場合、ギルドへ送るのが一般的だ。拠点の場所は知らせてあっても、クエストで留守にしていることがあるからね。
そもそも呼び出したのはギルドであって監査役じゃないから、腹をくくる必要はなかったわけだ。
受付さんから手紙を受け取って、そそくさと家へ帰った。
僕の方の手紙の差出人は実家の父からになっていた。
内容は一言。
「すぐに帰ってこい」
これと、父のサインのみ。
貴族教育では手紙を書く時の書式や時候の挨拶等、とにかくあれこれ覚えさせられた上に文字は丁寧にと教わったのに、男爵である父がそれらをまるっと無視して殴り書きのような字でこれを寄越してきた。
実家でなにかただならぬ事が起きているのかもしれない。
「ラウト、お家から何って?」
「すぐ帰ってこい、だって」
僕は手紙の内容をそのまま伝えた。というか、これ以上の情報がない。
「うちと似たようなものね。こっちは、帰ってこられるなら一度帰っておいで、って」
アイリも実家からの呼び出しだが、僕のところよりマイルドな様子だ。
「じゃあ明日の朝イチで帰ろうか。ギロ、というわけだから留守番頼むよ」
「承知いたしました」
その日のうちに町の馬貸し屋さんに馬二頭の予約を入れておいた。
翌日、僕とアイリはそれぞれ馬に乗って、ストリング村を目指して出発した。
乗合馬車と違って最短ルートを馬で進んだお陰で、僕とアイリは五日で故郷のストリング村へ到着した。
「一旦別行動だね。こっちが終わったらアイリの家に使いを出すよ」
「わかったわ。じゃあ、またね」
実家は村から少し離れた丘の上にある。
そこまで馬をゆっくり歩かせ、馬を厩舎へ入れ、家の呼び鈴を鳴らした。
扉から出てきたのは、家の執事であるドムラだ。記憶にあるより、白髪が増えている。
「ラウト坊ちゃま! おかえりなさいませ!」
僕の部屋は、今は妹のレベッカが使っているからと、客室へ案内された。
元の部屋より狭い客室には、僕が使っていた家具が配置もほぼそのまま入っていた。
「まずは旅の埃を落としてくださいませ」
言われた通りにお風呂へ入り、用意された着替えに袖を通す。
全て新品だが、サイズが少々キツい。なんとか着込んでから、僕の荷物を片付けていたドムラに声をかける。
「もう一回り大きいのはない?」
「ラウト坊ちゃまは随分大きくなられたのですね。申し訳ありません、すぐに用意いたしますが、しばらくそのままでご辛抱願えますか」
十三歳からの五年で身長は二十センチくらい伸びたし、冒険者をやっているから筋肉もついた。合うサイズをすぐ用意してもらえるだけでも有り難い。
こざっぱりしたところで、早速父の書斎へ通された。
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