7 分かれた先の現時点
「ラウトは、レベルが上がったら先程の回復魔法使いとパーティを組むと言っていたよな。リーダーはどちらだ?」
ヤトガの目は真剣だ。
「役割的に僕になると思います。だけど、今回はもっと人数の多いパーティですよね」
「パーティの人数が多くても、リーダーのやることは同じだ。仲間を思いやり、総合的な状況判断をする。ラウトはバレスをひと目見て倒せると思ったからこそ、単身で、しかも素手で殴りかかったのだろう?」
「はい」
「では、倒せない相手を前にしたら?」
「他の人を逃して、倒せそうな人を探してきます」
「ならばリーダーとして十分だ」
「えっ、でも皆普通はそう考えるんじゃないですか?」
自分で言いつつ、セルパンだったら僕を囮にして自分だけ真っ先に逃げるだろうなぁと簡単に想像できてしまった。
「まず相手の力量を正確に推し量ることが難しい。他の者を逃がすということは、己を犠牲にしてでも、ということだろう?」
「そうなりますね。犠牲になるつもりは無いですが」
僕だって自分の命は惜しい。だから正直に答えた。
ところがヤトガは落胆するどころか、ニッと広角を上げた。
「そう答えられる奴は、リーダーの器を持つものだけなのだよ」
何も言えなくなった僕の前に、回復魔法使いの一人が手を差し出してきた。
「まだどちらのパーティに入るかは決まっていないが、リーダーが君かヤトガならどちらも心強い。宜しく頼む」
「……はい」
手を握り返すと、他の人が「抜け駆けするなよ」と上からどんどん手を重ねてきて、最終的に全員の手が重なった。一番上にバシンと手を置いたのは、ヤトガだ。
「よし、リーダーもちゃんと決まったことだし、さっさとパーティ分けするぞ」
話し合いはスムーズに進み、十人の冒険者は五人ずつに分かれた。
そして、ギルドから今後の指示を伝えられ、一旦解散した。
「ただいま」
「おかえりー」
ギルドで決めた作戦用臨時パーティで動くのは明日からだ。
明朝、冒険者ギルド前で集合することになっている。
一連の話は特に口止めされなかったので、アイリに事情をすべて話した。
「あの大男、警備兵に引き渡したのにどうしてギルドに?」
「元冒険者だから一旦ギルドが預かることになって、連れてきたら突然暴れだしたんだってさ。今はギルドが拘束してる」
「へぇ……。ところで、ラウトがリーダーってピッタリね」
「アイリまでそんなことを……。僕やっぱり自信無いんだけどなぁ」
ヤトガにああ言われたが、ちゃんとやれるか不安で仕方がない。
「ねえ、もしセルパンのパーティでラウトがリーダーだったら、どうしてた?」
「どうって……セルパンが僕の言うこと聞くわけないし、すぐ解散してたんじゃないかな」
セルパンのパーティは皆幼馴染で同い年だが、村では村長の息子だったセルパンがいつも皆を引っ張っていたから、その流れでセルパンがリーダーをやっていた。
思い返せば、皆を引っ張るというよりセルパンが「やりたい」と言ったことに付き合わされていただけのような気もするが。
「そう。あんなパーティ、いつか空中分解してたのよ。セルパンがラウトに『抜けてもらう』って言った時、ああもう駄目だなぁって思ったもの」
アイリはなんだか、僕と二人になってから随分ずけずけ言うようになった。
「今何やってるのかな」
つい口にしてしまったが、普段から気にしているわけじゃない。パーティという単語で頭を過ることはあるが、セルパン達の先行きや動向には全くの無関心だ。自分のレベルや強さのことで、頭が一杯になっているせいもあるだろう。
「空中分解してるわよ」
アイリはそのフレーズが気に入ったのか、自分で口にしてクスクスと笑った。
「それで、明日からしばらく外泊なのね。わかったわ」
「うん。しばらく一人にしてしまうのが申し訳ないんだけど……」
「私は大丈夫。ラウトも気をつけてね」
*****
「これで三回目の失敗となりますので、次からペナルティーとして……」
「な、なあ! 新しい剣が手に馴染んでなかっただけなんだ! もう一度チャンスは無いのか!?」
「ありません。規則です。……ここで事を起こせば、冒険者資格の剥奪もありますよ?」
「ぐっ」
「落ち着けセルパン。手続きは俺がやるから、少し頭冷やしてろ。ツインク、セルパンを連れて先に帰っててくれ」
「わかった」
パーカスの町で、セルパンは荒れていた。
ラウトをパーティから追い出した後、何もかもうまくいかない。
まず優秀な回復魔法使いであるアイリがいなくなった事が一番の誤算だった。
ラウトとアイリがいなくなってから幾度かクエストを請けてみたが、途中でセルパンが負傷するためギリギリで達成することが多くなり、先日はついに失敗に終わった。
その後ようやく新しい仲間を探し始めたが、アイリが冒険者ギルドに「パーティリーダーから一方的な好意を寄せられ、断ったのにしつこい。困る」というような内容でトラブル報告と共に再加入不可届を出していることが知られており、女性どころか男性の冒険者すら、セルパンの誘いを拒んだのだ。
なんとか入ってくれた仲間は、迎え入れて最初のクエストの最中にセルパンたちから金目のものを盗んで失踪した。金目の物の中にセルパンの剣も含まれていたため、クエスト続行不可能となりまたしても失敗となった。原因は窃盗であったが、そもそも仲間に入ったのは冒険者ですらなかったので、確認を怠ったパーティリーダー、つまりセルパンの責任とされてしまった。
そしてこの日、三人では毎回ギリギリ、最後には失敗していた難易度Eを諦め、ひとつ下げて難易度Fを請けた。
セルパンは、このくらい余裕だろうと高を括っていた。
三度目の失敗の原因は、セルパン自身だ。
ラウトがいた頃ならば、セルパンが魔物の群れへ無謀な突撃をしても、ラウトのフォローで事なきを得ていた。
ラウトのフォローについて、セルパンは「ラウトが勝手に何かしている」という程度にしか認識しておらず、まさか自分の命を守られているとは思っていなかった。
結果、セルパンは大怪我を負い、状況を見て続行不可能と判断したクレイドが退却だけを考えて切り抜け、ツインクがセルパンを担ぎ上げて這々の体で町まで逃げ帰ったのだった。
冒険者は三十日以内にクエストを三回失敗すると、次の三回は最後に失敗した難易度より二つ以下のクエストしか請けられなくなる。当然、収入も減る。
新しい剣、町の治療師への治療代、破損した武具の修理費……。このところ、ただでさえ出費が多い。
ラウトがいた頃はラウトから金を巻き上げればよかったが、今はそうはいかない。
ここで反省するような人間ならば、元からラウトを追い出したりしなかった。
「くそっ、全部ラウトのせいだ。あいつが町から出ていくから、アイリまで……」
ありえない方向へ責任転嫁するような性格をしているのが、セルパンという人間なのである。
「いや、さすがにそれは無いだろう」
冷静に突っ込んだのはクレイドだ。
「そもそも追い出したのはセルパンだ。俺がラウトの立場だったら、お前たちとは顔を合わせ辛いから、町くらい出るさ」
「クレイドだって、追い出すのを反対もしなかっただろう!」
「一応反対はしたぞ。お前は全く話を聞かなかったがな」
「もっとちゃんと反対しておけよ!」
「無茶苦茶言うな。はあ、やはりお前とはここまでだな」
「何?」
「さっきパーティ脱退申請を出してきた」
クレイドは懐から、パーティ脱退申請の写しを取り出してテーブルに置いた。
「セルパン、実は俺も……。近接戦闘が苦手だから弓使いになったのに、今日みたいに前線に出されたら俺、すぐ死んじゃうよ」
ツインクも同様に、少々恐る恐るながらも同じ動作をした。
「んなっ!? パーティリーダーを守るのがお前達の役目だろうが!」
「リーダーでなくとも仲間の背中を守りあうのがパーティだ。お前は今まで、誰の背中を守ってくれた?」
「……っ!」
真っ赤になって口をつぐむセルパンを見て、クレイドは大きなため息をついた。
「幼馴染の誼で付き合ってきたが、ここまでだ。じゃあな、セルパン」
クレイドの足元には、いつの間にか大きな鞄が置いてあった。ツインクも同様に、大きな荷物を背負っていた。
「この家、本来の持ち主は出資額で言えばラウトなのだがな。アイツも餞別のつもりだったんだろう。お前がもらっておけ」
クレイドは言うだけ言うと、セルパンに背を向けた。
ツインクも、一度頭をぺこりと下げると、クレイドの後を追った。
「何なんだよ、くそっ!」
一人には広すぎる家に一人取り残されたセルパンは、悪態をつくことしかできなかった。
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