5 アイリの予感

「ラウトっ!」

 青褪めて回復魔法を使おうとするアイリを止めた。

「大丈夫、毒も無いし浅い」

 強がりではない。確かに痛いし流血しているが、大したダメージは入っていない。

 回復魔法を使っている間、術者と被術者は無防備になってしまう。

 気配は殺気と呼べるものに変わり、こちらに近づいている。

 この状況で悠長に回復魔法を使っている場合じゃなかった。


 肩の矢を引き抜いて投げ捨て、護身用の短剣を抜き、アイリを背中に庇いつつ構える。

「なんだぁ、逃げないのか? ここに近づくんじゃねぇ。今度は心臓射抜くぞ」

 暗がりから弓矢を持って近づいてくるのは、見覚えのある大男だった。

 もうギルドから解放されていたのか。

「! てめぇ、どうしてここに」

 アイリが小声で僕に「知ってる人?」と尋ねてくる。僕は短く「例の奴」と答えた。アイリには伝わった様子で、大男をギッと睨みつけた。

「こっちが聞きたい。お前から魔物の気配がする。ここで何をしていた?」

 魔物の気配は、こいつからしていた。人の気配と混じっていて、気持ち悪い。

「おめーにゃ関係ねぇよ。ここで死ぬからなあ!」

 再び飛んできた矢を、短剣ではたき落とした。

 ……はたき落とした!?

「えっ?」

 自分で驚いてしまった。だって、飛んできた矢だよ? レベル五十以上の達人クラスができるかどうかという技を、どうして僕にできた?

「ねえ、今のアイリも見たよね?」

 アイリも驚いて、攻撃されたというのに僕を気にしている。

「ラウト、凄い……」

 驚いたのは大男も同じようで、僕たちのやりとりをしばらく呆然と眺めていたが、急に我に返った。

「ふ、ふん、運のいい野郎だな! だが次は無……!?」

 また矢が飛んでくる気がしたので、僕は地を蹴って大男に詰め寄り、弓を持った手を短剣の柄で殴りつけて弓を手放させ、さらに鳩尾に蹴りを入れて大男をその場に倒した。

 僕は自分で思うより速く動けたし、大男は倒れるまで自分がなにをされたのか理解してない様子だ。大男は足元で苦しげに呻いている。

「アイリ、人を呼んできて」

「うんっ」

 暴れようとした大男をうつ伏せに転がし腕を極めて無力化させ、待つこと暫し。アイリはすぐに最寄りの警備兵詰め所から人を集めてきてくれた。

「ほら、彼の肩見てください、こいつに矢を射られたんですっ! 矢はそこに」

「君、もう大丈夫だ。こちらで引き取る」

 アイリがまだ血がじわじわ滲んでいる僕の肩を指差して警備兵に訴え、警備兵たちは僕から大男を引き取って縄で縛り上げ、僕の肩の傷に包帯まで巻いてくれた。

 ついでに投げ捨てた矢も証拠品として回収された。


 僕たちも事情聴取の名目で詰め所へ同行した。怪我の記録を魔道具で撮ると、アイリがすぐに回復魔法で癒やしてくれた。

「状況を信じてもらいやすかったのは結果的によかったけど……怪我はすぐに治させて。血の付いた矢っていう証拠品もあったんだし」

「あのときは仕方なかったんだよ」

 僕が判断した状況を説明すると、アイリはまだ不服そうにしながらも、なんとか納得してくれた。


 事情聴取では、僕が大男に怪我させられた経緯の事実確認と、何故あの場所へ行ったのか理由を訊かれた。

 僕が答えに窮していると、アイリが喋ってくれた。

「私達、この町に来たばかりで、商店街から家までの近道を探してたんです。あそこを通りがかって、でも暗すぎて怖いからやめておこうって引き返そうとしたら、矢が飛んできて……」

 僕が気配を察知したことを隠した上で、無理のない言い訳だった。この短時間でよく思いついたなぁ。

 諸々終わって家に帰り着いてからアイリを褒め称えると、アイリはドヤ顔で胸を張った。



 夜になり、アイリが寝た気配を確認してから、こっそり家を抜け出した。

 そのまま町の外へ出て、いつも魔物を討伐している森へ向かう。

 やっていることは、レベルが上がらず悩んだ末に、ひとりでクエスト抜きで魔物を討伐していた時と同じだ。


 徒歩で小一時間かかるはずの森へ、本気を出して走ったら五分程度で着いてしまった。しかも疲労が全く無い。

 適当に気配を探って魔物の場所を特定した。グリズリーボアという難易度Cの猪型の魔物だ。眠っていたが、僕がわざと立てた物音に気づいて、飛びかかってきた。

 剣や盾は持ってこなかった。防具も、寝間着から普段着に着替えただけだ。

 グリズリーボアの難易度から考えて、レベル二十七の冒険者がどうにかできる相手ではない。

 しかし僕は、グリズリーボアの動きを見切り、急所である眉間への攻撃まで、自然と身体を動かせた。

 グリズリーボアは僕の打拳一撃であっさり倒れ、核を残して消え去った。

 剣で斬りつけるのも苦労するほど硬いグリズリーボアを素手で殴りつけたのに、拳はなんともない。


 やっぱりおかしい。僕に、何が起きているんだ。


 大男から感じた魔物の気配よりも、突然レベルが上がりはじめ、異常な強さを身に着けた自分自身のほうが、気持ち悪かった。



 翌朝。僕が夜中に抜け出した事は、アイリに気づかれなかったようだ。アイリは当然のように朝食の支度を済ませていた。

「明日から僕も交代でやるよ」

 ここに来てから食事の支度以外の家事も全てアイリに任せっぱなしだ。

 ところが僕の申し出に、アイリは首を横に振った。

「いいの。ここへ来る前はすぐにラウトとパーティ組むつもりだったけど、私、しばらくクエスト請けないことにしたから」

「えっ?」

 家の片付けや家具の搬入は殆ど済んでいる。てっきり、今日あたりからパーティを組もうと言ってくるかと思いこんでいたのに。

 僕が驚きを隠さずにアイリを見つめても、アイリは卵サンドをもぐもぐとゆっくり咀嚼している。

「理由を聞いてもいい?」

 アイリはこくんと頷き、口の中のものを飲み込んだ。


「ラウトはしばらく一人で魔物を討伐したほうが、効率がいいと思うの」


 アイリは時折、特に理由もなく「こうしたほうがいい」と言い出すことがある。

 大抵は「それはない、ありえない、意味がわからない」という話ばかりなのだけれど、セルパン達ですら、こういうときのアイリには従うことにしていた。


 何故なら、それが的外れだったことがないからだ。


 アイリの家系をいくら遡っても占い師や予言師はいない。その代わり、他所から嫁いだり婿入りした人も含めて全員が回復属性持ちという、ある意味予言師より珍しい一族だ。

 回復属性持ちはそれだけで、王宮に召し抱えられることもあるほど重要な人材だ。そんな一族がどうしてあの小さな村に住んでいるのか。本人たちも「昔からここに住んでいて、先祖の誰もがここを出たがらなかった、としかわからない」と言っていた。


「効率っていうのは、レベル上げの話?」

「うん。あのね、一応ちゃんと理由があるの」

 今回は理由があるのか。それなら尚更、アイリの言う事に間違いはないだろう。

「ほら、ラウトがギルドで聞いてきたじゃない。レベル二十から四十九の冒険者に対応した難易度の魔物が極端に少ないって」

「僕たちの平均レベルがまさにそこだからか」

「そう、それが理由のひとつ。もうひとつは……ラウトは今、強い魔物相手でも余裕でしょ?」

「!? 知ってたのか」

「なんとなくそう思っただけ。心当たりありそうね」

 夜中に抜け出したことがバレたのかとおもったら、違ったようだ。

「まあその、うん」

「大丈夫よ、ラウト」

 いつの間にか皿の上を空にしていたアイリが椅子から立ち上がり、向かいに座る僕に両手を伸ばし、まだフォークを持っていた僕の手をそっと包み込んだ。

「逆効果になりそうだから、今は全部話せない。でもラウトは何の心配もしなくていいの。ただ、自分の力を受け入れて」

「ど……」

 どういう意味? と聞きたかったが、アイリが手に力を込めて、言葉をかぶせてきた。

「ラウトがレベルを五十六まで上げてくれたら、私とラウトで平均レベルが五十になるから、難易度Cが請けられるわ。それまで家のことをしてる。私はこれまでの蓄えがあるから、お金の心配は……」

「それこそ僕を頼ってよ。低難易度のクエストをこなした上で、強い魔物を討伐してレベルを上げればいいだけの話だ」

「……無茶だけはしないで」

「アイリこそ」


 先程までの、自分が気持ち悪いという感覚は、いつのまにか消え失せていた。



 朝食の後、クエストを請けるためにひとりで冒険者ギルドへ向かった。

 入り口の扉に近づくと、扉が弾け飛んだ。と思いきや、人が飛び出してきた。

「うわっ!?」

 飛び出してきたのは冒険者の格好をした男だ。思わず受け止めると、その男は口から血を流して気を失っていた。

 男をその場にそっと寝かせて、壊れた扉から見えるギルド内部を覗く。


 そこでは、あの大男が、異形の姿になって暴れていた。

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