3 簡単にレベルが上がる件

 棘スライムを倒し続けること、小一時間。

 レベルは十五まで上がった。

 この半年くらいレベル十のまま、ひとつも上がらなかったのに。


「一体、どうなってるんだ……」


 倒した魔物の死骸はその場で消失し、後には「魔物の核」というアイテムが残る。

 魔物の核には魔物の強さに比例した量の魔力が含まれている。集めて潰して魔力を抽出し、魔道具への魔力供給に使われる。

 また、冒険者にとっては魔物を倒したという証明書代わりにもなる。


 核は全部で三十二個拾えた。

「おかしいだろ。棘スライム三十二匹くらいでレベルが五つも上がるとか……」

 腑に落ちなくて、思わず口から愚痴がこぼれる。

「……ま、いいか。結構稼げたし。帰ろう」

 難易度Gは一回達成でたったの二千ナルとはいえ、三十二回分なら六万四千ナルだ。僕とアイリ、二人分の十数日分の宿代と飯代は稼げた。


 アイリの部屋探しはどうなったかな。そろそろ帰ろう。



「ラウトこっち! 早かったね」

 待ち合わせ場所には既にアイリがいた。手荷物が随分減っている。

「アイリこそ。そっちはどうだった?」

「あのね、この町素敵よ。パーカスに比べて物価も家も安いの!」

 テンションの高いアイリに引っ張られてついていくと、パーカスの町で住んでいた拠点より一回り大きな家の前に着いた。

「えっと、これは?」

「買ったの!」

「買った!?」

「流石に分割支払いだけどね。返済は月三万ナルで三年!」

「安っす!」

「あ、ただしちょっと掃除ができてなくてね、とりあえず部屋ふたつとキッチンしか片付いてないんだ。あと家具も殆どないの」

「十分でしょ。アイリも疲れてるのに、大変だったな。ありがとう」

 僕がお礼を言うと、アイリは瑠璃色の目を細めて、えへへと笑った。


 中に入ると、確かに放置されていた感があちこちにあった。

「ね、ラウト。クエストはどうだった?」

「そうだ、ちょっと妙なことがあってさ」

 僕が棘スライムを倒して、今日だけでレベルが五つも上がったことを報告した。

「へぇー」

 ところがアイリは薄い反応だ。

 そのことを突っ込むと、アイリははっとした表情になった。

「あ、ううん。ちょっと吃驚して。そ、そっか、急にレベルが……不思議ね」

「だからさ、明日はアイリも一緒に来てくれないかな。僕におかしな様子とかあったら教えてほしい」

「うーん、その必要は無いんじゃない? それに私、この家をもうちょっと快適に過ごせるようにしたいから、明日から暫くクエストはソロで請けてくれないかな」

 この家に住まわせてもらえる以上、家主の言うことは絶対だ。

「わかった。あと掃除や片付けなら僕もクエストの後で手伝うよ」

「疲れていないときにお願いするわ」


 それから二人で少し家を片付け、夕食は出来合いのもので済ませた。

 寝る前になって部屋割を決めることになり、アイリは僕に、一番広い部屋をあてがおうとしてきた。

「どうして。アイリが家主でしょう?」

「私にこの部屋は広すぎるのよ。持て余すのも勿体ないし、ラウトが使って」

 家主の言うことは、絶対だ。

 現実問題として、パーカスの町の拠点では一番小さな部屋をあてがわれていたせいで、僕の身長に合うサイズのベッドが入らず、夜は足を伸ばして眠ることができなかった。

 ちなみに僕の身長は、一般男性からすれば少し大きいかもしれないが、冒険者としては至って平均だ。パーティでは一番高かったが。

「じゃあ有り難く使わせてもらう。交換したくなったらいつでも言って」

「無いと思うけど、わかったわ」


 ベッドはまだない。アイリが明日、手配してくれるそうだ。今日のところは床にシーツを敷いて横になった。

 僕は早いところ、アイリに買ってもらうものの代金を稼がねば。

 明日は何のクエストを請けようかな、などと考えているうちに、眠ってしまっていた。




*****




 ラウト達の育った村を含む世界中のあちこちに、勇者の伝説が伝えられていた。


 魔王は千年前にも降臨している。

 その時現れた人間の勇者は、はじめはレベルの上がり方が他の者より遅い、ごく普通の冒険者だった、というものだ。


 千年前の出来事は現代まで確かに伝わったが、完全に信じているものは少なかった。

 アイリの両親は信心深く、他の者が「迷信」と一笑に付すものまで頑なに信じ、迷信に沿って日常を送っていた。

 その子供のアイリは両親の考え方を押し付けられて育つのかと思われたが、意外なことにアイリの両親はアイリのしたいようにさせた。

 むしろ、アイリが拒み、否定した迷信は、両親も信じなくなったのだ。


 アイリが拒否せず、頭から信じた昔話のひとつが、勇者の伝説の話である。


 昔から少し不思議な感覚を持つアイリが、自身に宿る能力の真の意味に気づくのは、まだ先の話だった。




*****




「またレベルが……僕は一体どうなったんだ……」

 今日の討伐対象はグレイウルフ。昨日の棘スライムより少し強いが、難易度は同じGの魔物だ。

 難易度が同じでも強さが違う魔物がいて、得られる経験値も違う。ギルドからの報酬も少しだけ多くもらえる。


 だからといって、十匹討伐しただけでまたレベルが五も上がるのは、流石におかしい。


「何か壊れてるんじゃないか? 大丈夫か?」

 物言わぬステータス表示を指でスカスカとつつき、独りごちる。

 森の中、しかも魔物の生息地で歩きステータス表示なんてやっている冒険者は、愚か者だと言われる。

 今みたいに背後から魔物に襲われたら、対処できないからだ。

 普通は。


 何故か、今日はグレイウルフの気配がよくわかるのだ。

 今まで「気配を察知する」なんて経験から来る勘のような不確定なものだとばかり思っていたのに、明らかに「後ろからグレイウルフから飛びかかってくる」という具体的な状況が脳裏に閃く。


 飛びかかってきたグレイウルフに剣を向け、グレイウルフ自身の勢いを使って剣で両断した。これで十一匹目。

 グレイウルフを相手に一人でこんなに討伐できたことは今までなかった。

 レベルが上がって強くなったのは実感できるが、レベル二十はこんなに強くないはずだ。

「うーん……。なんだろう、調子がいいのかな。うん、きっとそうだ」

 調子のいいときにいっぱい魔物を討伐して、たくさん稼いでおこう。

 得体の知れないもやもやを振り払い、次のグレイウルフの気配目指して森を進んだ。



 朝から森に入って、昼過ぎまでに四十五匹のグレイウルフを討伐できた。

 町へ戻らないと日が沈んでしまうから戻り始めてはいるけれど、体力的には余裕だ。何なら帰り道に別の魔物の気配がしたらちょっと倒していこうかな、とまで考えている。

 レベルは、流石に少し停滞しはじめて今日で二十七レベルになった。……最初は二匹倒す毎にレベルがあがっていたのが、最後の方は八匹倒してやっと一レベルアップしたのだから、停滞と言って差し支えない、よね?


 二日で十七レベルアップしたことは一旦措いといて。


 レベルが二十を超えたから、明日から難易度Fのクエストを請けられる。

 ほくほくした気分で冒険者ギルドへ向った。


 クエスト達成の報告をしていると、後ろに不穏な気配が漂い始めた。

 脳裏には、僕より大柄な冒険者が、焼け付くような視線で僕を刺している光景が浮かび上がっている。

 その冒険者は立ち上がり、僕の真後ろへやってきた。受付さんが僕の背後を見上げて青褪めながら、超特急でクエスト達成手続きをやってくれた。


「何か御用ですか?」

 報酬を受け取って振り返りながらそう尋ねると、大男はいきなり僕の胸ぐらを掴み上げた。

「今日、グレイウルフを狩ってたのはお前だろう」

 冒険者の誰がいつどこで魔物を倒したかは、調べればすぐに分かる。

 ギルドが保持している冒険者のクエスト記録は特別な理由がなければ誰でも閲覧できるようになっているし、森には他の冒険者も魔物目当てで入っている。目撃情報を言いふらされるのを、止めることはできない。

「はい。それが何か?」

 更に言えば、冒険者がいつどこでどんな魔物を狩ろうと、誰にも咎められない筈だ。

 僕の返事の何が気に食わなかったのか、大男は僕をそのまま突き飛ばそうとしたのが、どん、と押した。僕は一歩も動かず踏みとどまることができたが。


 ……うーん、何か筋力や身体能力が異常に上がっているような……。この前までの僕が、例えばセルパンあたりに同じことをされたとしたら、突き飛ばされた勢いで転んで怪我のひとつふたつしていただろう。


「何をしているんですかっ!」

 受付さんが大男に向かって怒鳴る。そりゃそうだ。冒険者同士の喧嘩は禁止だ。

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