レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ

第一章

1 パーティ脱退通告

「ラウト。お前にはパーティを抜けてもらう」


 パーティの拠点は、この町へ来て三年目に、皆でお金を出し合って買った小さな家だ。

 一番広い部屋はパーティリーダーのセルパンが使っている。

 そのセルパンに呼ばれて部屋へ行くと、真顔のセルパンにいきなり通告された。


 部屋には他のパーティメンバーも揃っていて、皆それぞれ思い思いの感情で俺を見ていた。


 攻撃魔法使いのクレイドは残念そうな顔で。

 弓使いのツインクは嘲りの瞳で。

 回復魔法使いのアイリは、大きな瑠璃色の瞳を見開いて驚いた表情をしていた。


 セルパンが僕に強制脱退を言い渡した後、誰も何も言わないので、僕が口を開いた。


「理由を聞いてもいいか?」

「簡単だ。お前だけレベルが上がらないからだよ」


 本当のことだ。

 このパーティの平均レベルは三十八。

 しかし、レベルがまだ十の僕が抜ければ、平均レベルは四十五まで上がる。


 パーティの平均レベルはそのまま、請けられるクエストの難易度に直結する。

 難易度の高いクエストほど稼げるし、強い魔物と相対する機会が増え、更にレベルが上がる。

 平均レベルが四十を超えれば、ひとつ上の難易度のクエストを請けられるのだ。


 請けられるクエストに関して、自分が足を引っ張っている自覚はあった。

 その代わりと言っては何だが、クエスト中に危険なことがあれば率先して体を張ってきたし、盾役も担ってきた。


 パーティの仲間は皆、同じ村出身の幼馴染で、同い年だ。

 皆で一緒に村を出て冒険者になりパーティを組み、スタートは同じだったのに、何故か僕だけレベルの上がりが遅かった。

 真夜中に宿を抜け出してこっそり魔物を討伐してみたりもしたが、一人、しかも短時間で討伐できる魔物は限られてくる。いくらやっても駄目だった。


 僕以外の平均レベルが三十を越えた頃から、皆の態度が少しずつ余所余所しくなっていたのには気づいていた。


 だからって、何の前触れもなく、突然脱退を言い渡されるとは。

 思うところがないこともなかったが、反論も思い浮かばなかった。


「……わかった。世話になった」

「ああ。そうそう、脱退申請をギルドに出しておいてくれ。じゃあな」

 セルパンがあっさりと別れの言葉を告げても、まだ誰も何も言わない。

 いや、アイリだけがなにか言いたげに身を乗り出そうとしてきたが、クレイドがやんわりと止めていた。

 僕はそのままセルパンの部屋を出た。



 自分にあてがわれていた部屋で荷物をまとめた。

 荷物と言っても、いつもの装備以外は泊まりがけのクエストに使う野営道具一式や最低限の着替え、予備の剣くらいだ。

 クエストの報酬は均等に分配されていたが、僕の手元には、三万ナルと少ししか残っていなかった。

 セルパンが「貸してくれ」と、しょっちゅう僕から金を持っていったせいだ。

 ……そういえば、一度も返してもらってなかった。

 それに、家を買った時も何だかんだと理由をつけられて一番多く支払ったのも、僕だ。

 まあ、いいか。今まで迷惑をかけたのは事実だし。迷惑料を払ったのだと思っておこう。


 家を出て、そのまま冒険者ギルドへ向かう。

 クエスト受注や後処理をしょっちゅう押し付けられていたから、ギルドの受付さんとは顔なじみだ。

 脱退申請出すの、ちょっとやり辛いな。


「あらこんにちは、ラウトさん。珍しいタイミングですね」

「こんにちは。今日はその……パーティの脱退申請を出しにきました」

「え、どなたがですか?」

「僕です。セルパンのパーティを追い出されました」

「ええっ!?」

 案の定あれこれ訊かれた。

 僕は自分のレベルの上がりが遅いのが悪いのだという話をしたと思う。

「確かにラウトさんはレベルの上がり方が人より遅いですが……それは……。いいえ、その意味がわからない人の元にいるより、そのほうがいいかもしれませんね。ではこちらの書類に記入をお願いします」

 その意味って、どういう意味だろう。

 受付さんを見つめると、受付さんは笑みを絶やさないまま無言の圧で書類への記入を促してきた。

 圧に負けてペンを走らせ、書き終わるとすぐに受付さんが書類を取り上げた。

「これで、貴方は今からソロ冒険者です。ご健闘をお祈りしますね。きっと大丈夫ですから」

 受付さんは最後まで意味のわからない発言をしつつ、でも僕を応援して送り出してくれた。



 故郷のストリング村を出て五年。このパーカスの町にいたのも五年だ。

 村で大人と見做される十三歳になったばかりの、無謀で世間知らずな子供だった僕たちは、この町まで歩いてきた。

 馬車で一日なら徒歩で三日程度だろうと村を出発したら、道に迷ったり疲れて休憩しすぎたりして結局十日もかかった。当然のごとく途中で食料が尽きたため木の実を採り動物を狩ってしのぎ、飲み水探しに一番苦労したというのは、もはや懐かしい思い出だ。

 今の僕は乗合馬車の存在を知っている。

 待合所へ行く途中で、よく知っている声が僕を呼んだような気がした。


 気のせいだろう。

 パーティを抜けてきたのに、アイリが僕を呼ぶわけがない。


「ラウトー! 待ってー!」


 やはり、アイリの声だ。

 僕は立ち止まって振り返った。間違いなく、アイリだった。


 全力で走ってくるアイリの元へ、僕の方からも駆け寄った。


「はぁ、ラウト、足、はっや……」

「どうしたんだ? まだ何か用事あったのか?」

 疑問を口にして暫し。アイリがなんとか息を整え、ひとつ大きく深呼吸し、僕に向き直った。


「私もパーティ抜けてきた! ラウトについていく!」

「……へっ?」



 乗合馬車が来るまで、少し時間があった。

 僕とアイリは近くの食堂に入り、飲み物だけ注文した。

「抜けてきたって、あっちはいいのか?」

「いいのよ。だって、ラウトがいなくても平気なパーティよ? 私もいなくたって平気なはずだわ」

「それは、僕がレベル上がらなくて足引っ張ってたからで。アイリは回復魔法使いだろう? パーティには必須だ」


 魔法には回復、補助、攻撃、空間といった属性がある。

 回復属性を持つ人間は、冒険者以外でも引っ張りだこの人材だ。

 アイリの家族は全員回復属性を持っていて、村では治療師として重宝されていた。

 アイリが冒険者となってセルパンのパーティについてくるとなった時は、村中から色々と言われたものだ。

 アイリの家族が「アイリの意見を蔑ろにするなら、我々もこの村を出る」と言って他の人を諌めてくれたから、アイリは今ここにいる。


「私が回復魔法に専念できたのは、いつもラウトが体を張って庇ってくれてたからなのよ。なのにセルパン達ったら、レベルが低いくらいでラウトを追い出して……。だからもう、あのパーティには戻らないっ」

 アイリは鼻息荒くまくし立てた。

「セルパンがよく許したな」

「だって書き置きだけして勝手に出てきたもの。あ、冒険者ギルドにはちゃんと脱退申請出してきたわ」

「手回し早いなぁ……」

「ふふっ」

 僕が呆れると、アイリは銀色の髪をさらりと揺らして、微笑んだ。

「でもさ、僕はもうセルパンたちに会わせる顔がないから、この町を出るつもりなんだよ」

「私もセルパンに二度と会いたくないし、好都合ね」

「二度と会いたくない?」

 何かひっかかる言い方だった。

「だってあいつ……。ううん、あいつの事なんてどうでもいいじゃない。それより、どこの町へ行くつもりなの?」

 セルパンを嫌がる理由ははぐらかされてしまった。

 言いづらそうだし、今は聞かなくてもいいかな。

「隣町じゃ合同クエストとかでかち合うかもしれないから、もう少し離れた場所にするつもり。乗合馬車の行き先次第ってところかな」

「いいわね、そうしましょ」

「……って、本当に僕についてくるの? しばらくパーティは組まずに一人でレベル上げするつもりだよ」

「付き合うわ。それに私と一緒なら平均レベル二十七よ。難易度GとFじゃ違うでしょ?」

 請けられるクエストの難易度上限はパーティの平均レベルが四以下ならI、五以上ならH、十以上ならGで二十以上ならFだ。更に、パーティ用とソロ用にクエストが分かれていて、パーティがソロ用を受けることもできるが、パーティ用をソロが請ける場合は必要レベルにプラス十される。

 難易度の高いパーティ用のクエストは当然ながら、報酬も良い。

「それはありがたいけど……アイリはいいの?」

「いいから言ってるの。ほら、もうじき馬車の時間よ。行きましょ」


 なんだか流されてしまった気もするけれど、僕はアイリと共に、五年過ごした町を後にした。

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