物語No.6『彼女のみぞ知る』
先ほどまでいた客が一人を残していなくなり、静かになったネタバレ屋には二つの影が残るだけ。
二つの影は気掛かりだったことについて話をしようとしてうた。
一人は色を塗り忘れたような白髪白眼の青年。
一人はローブに身を包んだ謎の少女。
「ギルド本部の前で稲荷を待たせています。話なら簡潔にお願いします」
誰にでも気さくに話す暦だが、ネタバレ屋には拙い口調で話すことはできない。
自然と口調は丁寧になり、ネタバレ屋を敬っている。
「稲荷のバイト時間が終わるまであと三十分の暇はあるんじゃないのか」
暦は扉に進めていた足を止め、踵を返す。
「何か話したいことでもあるのですか?」
「もちろん。君も話したいことがあるだろ。琉球という少年について」
ネタバレ屋の目は欺けない。
全てを見通す彼女の前では嘘は無意味だと分かっていても、隠したいと彼は行動した。
稲荷への心配もないことを見抜かれ、罪人が罪を懺悔するようにネタバレ屋と向き合う。
「私は未来を知っている。だがその未来がわずかだが変化した。なぜか分かるか?」
「これまで干渉し続けなかった者が干渉をした。もしくは世界の外側から何者かが介入したか、ではないでしょうか?」
「考えられるのは今のところ君の言った通りだ。現状、可能性が高いのは前者だ。だが疑問に感じるのは、なぜ今まで沈黙を貫いてきたその者は干渉を選んだか、だ」
暦はどんな可能性も思い浮かばず、悩んでいた。
いつもは頭が回る暦だが、今回ばかりは思考が目の前の事象に追いついていなかった。
「前提として、琉球という少年の潜在能力が発現するには時間がかかった。いや、潜在能力が発現する直前に彼は死ぬ未来を歩むはずだった」
ーーだがその未来は壊された。
「開花したのはごく一部ではあるものの、彼の潜在能力が完全に覚醒すれば危険な存在として認識されることは間違いない」
「そうですね」
「暦、注意は怠るな」
「分かっています。必ず……今度こそは彼らを英雄として育てあげます」
暦の目には信念があった。
何度も失敗したからこそ、今度こそは勝利を掴もうとする意志があった。
「なぜ稲荷を待たせているんだい?」
「聞く必要がありますか?」
「察しはつくさ。君は相変わらず、英雄を育てようと必死だな。何度も地獄を見ているはずなのに」
ネタバレ屋の言葉に、暦は苦い顔を浮かべる。
「ボクはまだ、笑えているでしょうか?」
「ああ、拙い笑顔だが、笑えないよりはマシさ。だがいつか、君は必ず解放される時が来る。その時まで君は使命を全うすれば良い」
「本当にそうでしょうか」
暦には懸念があった。
自分は本当に救われるのか、本当の答えは嘘で包み隠されているのかもしれない。
ネタバレ屋。
過去、未来、全てを知る彼女の言葉は救いであるはずなのに。
積み重ねた失敗が希望を抱かせてはくれない。
「ボクは期待することはやめたんです。だからーー」
続ける言葉は飲み込んだ。
「そろそろ時間ですね。早く稲荷を迎えに行きます」
まだ時間まで二十分以上はあった。
暦は逃げるようにネタバレ屋を去っていく。
去り行く彼の背中を眺め、ネタバレ屋は呟く。
「まるで君は脅えているみたいじゃないか。私から未来を聞くのを」
ネタバレ屋は見抜いていた。
暦が未来を知ろうとしない。危うくネタバレ屋が口を漏らしてしまわないかと常々不安になっている心境を悟っていた。
暦はそれほどに未来を恐れている。
「未来は、いつだって未確定だというのに」
おもむろにネタバレ屋は立ち上がり、部屋の中を徘徊した。
ネタバレ屋はある本を目にし、手に取る。
傷一つなく、汚れ一つない、潔癖なまでに白い書物。
手のひらでギリギリ収まるほどの分厚さを持ち、序盤のページをめくっている。
「シナリオがあらかじめ決まっているのなら、物語のページ数があらかじめ限られているのなら、生きていることは幸せと言えるだろうか」
ネタバレ屋はページをめくり続ける。
「知らなければ、目を背けていれば、きっと誰もが幸せだろう。だが、いつだって英雄は向き合った上で乗り越える。絶望を見せつけられた上で、それでも前に進み続ける」
ネタバレ屋はあるページで手を止めた。
そこには文字で紡がれた物語が書かれていた。だが文字が生き物のように動き、文章が変わっていく。
最初に書かれていた内容とは全く別の物語に変わっていた。
「これは……」
内容を見て、ネタバレ屋は騒然としていた。
書かれていた内容は衝撃なものだったから。
『ーー異世界で順調に強くなっていた
死亡宣告。
ネタバレ屋は続きを読み、"彼"が誰を指しているのか知ってしまった。
だから見ていなかった、というように本を閉じた。
憂鬱に、彼女は呟く。
「それが、あなたの運命なのですね」
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