1-50 想像力
窓から外の様子を確認すると、ちょうど正門の方へと向かうマンティコアの姿が見えた。すでに衛兵たちと接触したようで、残虐に食い殺された残骸が足跡のようにぽつぽつと落とされていた。
空には雲がかかり、太陽光が遮られてうっすらとした闇に覆われる。もうすぐ雨が降り出しそうだった。
「あのまま進んだらすぐに本隊とぶつかるわね」
歩みは遅かったが、確かに進路はストルツァたちのいる正門前の広場を目指していた。
「とにかく急ごう」
今から急いで追いかければ、ギリギリ彼らと接触する前に奴の元に辿り着けそうだった。僕たちは来た道を戻り、全速力でマンティコアのいるところへ向かう。
「あなたがあの竜を呼び出せないのは、きっと想像力の問題よ」
道中で作戦を立てていく上で、ミレナは僕が《エルマー》を出す方法についての意見を教えてくれた。
「《創作者》の能力は基本的に使用者の想像力に依存している。想像できないものは創れないし、想像の範囲を超えるとすぐに創作したものの存在は消滅してしまう」
「うん。だから『外部記憶手記』を使って、細かい設定まで決めておいた」
「そうね。でも重要なのは、想像力はその存在自体に対してだけでない。自分自身に対しても想像力を働かせる必要がある」
「自分自身に?」
「特定の対象を『創作』する上で、「それを『創作』できる自分」を想像することができないといけないということよ」
ミレナの話を聞いて、すごく納得する部分があった。
確かに僕は《エルマー》のような巨大な竜を呼び出す自分のイメージが浮かばなかった。ましてやそれを操って戦うなんて、想像できるはずもない。
最初に呼び出したときはとにかく必死だったから、その想像が曖昧でも上手くいったのだろう。というか、「想像できない」なんてことを考える余裕がなかったとも言える。しかし、冷静な状態では、どうしても無茶なことだという意識が頭から離れないせいで、上手くいかなかったということか。
「つまりは自分を信じろ、ってことだな」
そう言ってカジが背中を叩いた。その勢いで体勢を崩しかけて、思わず転びそうになる。
「自分を信じる、かあ……」
正直、僕が一番苦手とすることだった。しかし、こうして不安がっていることがそもそもよくない。とにかくあまり深刻に考えず、やるだけやってみるしかないだろう。
「見えたわ」
城を出ると、ちょうど少し先にマンティコアの姿を捉えた。想定よりもだいぶ進んでいて、すでに一部の兵士たちが会敵していた。まだ被害は大きくないようだったが、倒れている兵士たちの姿もある。
「とりあえずこちらに引き寄せないと」
ミレナが注意をこちらに向けようと魔法で牽制する。しかし、目の前にいる兵士たちの方が気になるのか、こちらには目もくれずにどんどんと戦地の中心部へと進もうとしていた。
「少しでも足を止めてくれれば……」
距離はそんなに遠くないので、ほんの数十秒、その歩みを止めることができれば追いついて先回りできる。しかし、進路に立つ兵士たちは次々と薙ぎ倒されてしまっていて、進行を止めるには至らない。これだと僕たちが到着する頃には、かなり人の多いところまで辿り着いてしまいそうだった。
「どうすれば……」
必死にマンティコアの後ろを追いかけながら方法を考えていると、突然マンティコアの動きが止まったのが見えた。
「あれは……ストルツァ!」
どうやらストルツァが一人で立ち向かっているようだった。自身の体躯よりも大きな大剣を振り下ろし、マンティコアが突き出した前足を空中で抑えている。しかし、彼も動きを止めることが精一杯で、そこから攻撃に転じることができずにいた。
「くぅッ……」
しばらくそのまま均衡状態を保っていたが、一度ふっと剣から足が離れたかと思うと、逆側の足がストルツァの身体を吹き飛ばした。そして彼は一気に防戦を強いられ、次々迫りくる攻撃を何とか受け流しながらじりじりと後退していく。
「加勢するぜ!」
かなり劣勢になっていたところで、ようやく僕たちもその場に辿り着いた。カジが一旦間に入って敵の攻撃をさばき、ストルツァを下がらせて体勢を立て直す。
「君たちか……。一体こいつは……?」
「説明はあとで! まずは目の前の敵を何とかしないと」
ストルツァは訳が分からないといった様子だったが、あいにく詳しく説明をしている暇はなかった。マンティコアは徐々にボルテージが上がってきたのか、先ほどよりも好戦的にこちらに向かってきていた。
前線にカジとストルツァが立ち、ミレナが後ろから援護する。それで何とか均衡を保つことはできたが、敵に有効なダメージを与えることができない。これでは消耗戦になり、直にこちらがやられてしまう。
「やっぱりあなたがやるしかない」
僕はみんなよりも一歩引いた位置に立ち、静かに魔力を練り上げる。あのときの感覚を思い出しながら、自分が竜を呼び出すイメージを頭の中で反芻する。
「ぬぅぉお!」
剣がぶつかる甲高い音が聞こえた。ストルツァの大剣が弾き飛ばされて、そのまま地面に突き刺さる。丸腰になった彼は次の一撃を避け切れず、振り下ろされた尻尾に貫かれて意識を失った。
「クソがあああ!」
助けに入ろうとしたカジもあえなく横薙ぎの拳を受けて、庭に建てられた石柱にめり込んだ。それでも立とうとする彼も見逃さず、とどめと言わんばかりに、飛び散った石柱の破片を飛ばして生き埋めにした。
「あとは頼んだわ」
ミレナは僕の方を振り返ってそれだけ言い残すと、マンティコアに向かって全霊の魔法を放つ。一瞬にして全身が凍りついたその化け物は、しかし一瞬にしてその中から飛び出して、尻尾から放った針で彼女の胴体を貫いた。
全員が倒れ、もはや勝機は限りなくゼロに近い。
僕は恐ろしくて仕方がなかった。
目を瞑っていても、徐々に近づいてくるのが足音でわかる。
でもこんな状況を少しだけ楽しめている自分がいた。
「《エルマー》」
僕が名を叫ぶと同時に、巨大な竜が姿を現した。
そしてこちらに向かってきたマンティコアを太い尻尾で薙ぎ払う。
「終わりだ!」
地面に突っ伏してひるんだ相手に照準を合わせ、圧縮した青い炎を吐き出す。
激しい爆発とともに、噴煙のような黒い煙が立ち上った。
当たっていれば確実に仕留められたはず。しかし、手応えがなかった。
「外したか……?」
避ける余裕はなかったはずだが、辛うじて身をよじってかわしたのだろうか。
僕は警戒しながら煙の中から出てくる奴の様子を窺う。
「いない!?」
ところが、煙が立ち消えてもその姿は現れなかった。
僕は慌てて周囲を見回すが、こちらが見つけるよりも先に、相手の方から仕掛けてくる。
死角になっている方向から、目にも留まらぬ速さで《エルマー》の首元に噛みついた。かなり上空から急降下しながらの攻撃だったため、全く気付くことができなかった。
どうやら奴は着弾の瞬間に空へと逃げていたらしい。翼がついているのは気付いていたが、これまで全く飛ぶ素振りを見せなかったので、空の方への意識が完全になくなっていた。
そのまま《エルマー》を押さえつけたまま、奴は顔を僕の方に向けた。術者である僕を攻撃するのが一番有効であるということをわかっているようだった。
「くっ……」
何とか反撃しようと試みるが、完全に身体が動かないように固定されてしまっていて、どうしようもなかった。
マンティコアは真っ直ぐ僕の方を見据えて、尻尾から鋭い針を飛ばしてきた。
――勝てないのか……。
そう諦めかけたそのとき、突然目の前に人影が現れ、寸前で飛んできた針がはじき落された。
「君は……」
こちらを振り返ったその顔を見て、僕は驚きを隠せなかった。
「よう、さっきぶり」
飄々とした態度で吞気に挨拶をしてきたのは、四天王の一人『空斬のレン』だった。
「どうしてここに……?」
「いや、その辺で高みの見物をしてたらさ、なんかフェルとかいう奴に会ってな。報酬をはずむから助けてやってくれって言うもんだから、仕方なしに舞い戻ってきたってわけ」
「フェルが?」
よくわからなかったが、とりあえず敵ではないようだった。もはや敵だったとしても、この状況では彼に頼るしかない。
「ありがとう、助かったよ」
「いいってことよ。ま、仕事だからな」
そんな話をしながらも、レンは次々に発射されるマンティコアの針を華麗にさばき続けていた。それだけでも彼がとんでもない実力者がわかる。
「あ、でも期待すんなよ。いくら俺でもあんなバケモン倒すのは無理。報酬に見合わなすぎ」
僕の瞳に期待が宿ってしまっていたのか、レンは先回りするようにそう付け加えた。
「わかった。それじゃあ一瞬だけ、あいつの気を逸らすことはできる?」
あくまでもとどめは僕が刺す。それは願ってもないことだった。
「ま、それくらいなら引き受けてやるよ」
レンはそう言うと、向かってくる攻撃をはじきながらマンティコアへと突撃していった。
「次の一撃で仕留めるしかない」
残りの魔力的にも、これ以上の戦闘は難しい。次がラストチャンスだった。
さっきの攻撃を避けられたということは、見た目以上に俊敏な動きができるのだろう。確実に当てるなら、できるだけ近づいて攻撃するしかない。
相手に気付かれずに近づき、ゼロ距離で炎を放つ。それができる方法が一つだけあった。
「理屈では、だけど……」
ついできるか不安になりかけて、慌てて邪念を振り払う。
重要なのは想像力なのだ。頭で思いつくことは、絶対に実現できる。それを信じてやるしかない。
「行くぞ!」
レンはあっという間にマンティコアの目の前まで迫っていた。一瞬の隙を見逃さぬよう、彼の動きを注視する。
「今だ!」
懐まで入り込んだレンが剣を振り上げてマンティコアの顔面を切り裂いた。
空を切り裂くような斬撃。なるほど言い得て妙というか、そう錯覚してしまうほど、軽やかで鮮やかな一撃だった。
流石に一瞬だけひるんだように見えたが、ダメージはさほど与えられておらず、すぐに反撃がレンに襲いかかる。逆に彼は渾身の一撃を放った直後で相手の攻撃に対応する余裕がなく、間一髪で剣を差し出すが、それをはじかれてよろめいてしまった。
「やべ、終わりかも」
自らの死を悟ったレンは、そのすぐあとでそれを訂正する。
「やるじゃん」
僕は目の前のレンにとどめを刺そうとするマンティコアの首元に飛びつく。
作戦成功だった。マンティコアは意識外から現れた僕に反応できていない。
「よかった、上手くできそうだ」
作戦自体はごく単純なものだった。レンが作ってくれた隙をついて、僕は《あらしのよるに》の能力で姿を隠してマンティコアの近くまで駆け寄った。空に雲がかかって薄暗くなっていたおかげで、能力がより効果的になっていたことも功を奏した。
反撃をする暇も与えず、僕はすぐさまありったけの魔力を注いで、再び一匹の竜を創作した。
「《エルマー》!」
マンティコアの首元から出現した竜は、そのまま体重をかけて相手の巨体を押し倒す。
そして、全身全霊の一撃で、今度こそとどめを刺した。
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