1-27 脱出作戦③

 全身を鎖でぐるぐる巻きに縛られて、身動き一つ取れなくなってしまった。

 カジもフェルも俯いたまま、何もしゃべろうとしない。衛兵たちもいなくなってからは、ずっと気まずい沈黙が続いていた。

 あのとき、隙を見て脱出するか、せめて鍵を奪うことさえできれば……。チャブレに殴られた頬がじんじんと痛み、無力感と虚しさを覚える。

 僕は無力だ。黒龍と対峙したあのときと何ら変わっていない。少しこの世界に慣れてきて、『唯能』という特別な力を使えるようになって、調子に乗っていたのかもしれない。

 この後、僕たちはどうなるのだろうか。どこかの金持ちに売られて、見世物にでもされるか、奴隷のようにこき使われて、使えなくなれば捨てられる。それでも、ダラダラと何の意味もなく生きていた元の世界の生活よりは、幾分マシかもしれない。売られると言っても、運が良ければ、ペットのように好待遇で迎え入れられることもあるだろう。

「あぁー!」

 そんな風にすべてを諦めかけていたそのとき、突然カジが顔を上げ、大きな声で叫んだ。

「おい、もうそろそろいいだろう?」

「そうですね。きっと彼らもすっかり安心しきっていることでしょう」

 先ほどまであんなにも張りつめていた空気が解け、カジとフェルが急に笑い合いながら口を開いた。

 いつの間にか自分の手錠を取り外していたフェルは、自由になった手で僕とカジの鎖を解いてくれた。

「いやー、あの野郎、思ったよりボコボコにしてきやがって……。ありゃ、流石に結構効いたぜ……」

 カジは血塗れになった顔を服の袖で雑に拭い、赤い唾を床に吐き出す。そして、身体の凝りを治すように関節を鳴らしながら、大きく伸びをしてそのまま床に寝転んだ。

「それで、上手くいったんだよな?」

「ええ、もちろん。お二人の迫真の演技のおかげで、上手く気を逸らしてくれていましたから」

 完全に僕を置いてきぼりにしたまま、二人の間だけで話が進んでいく。状況を理解できず、二人の顔を交互に見て首をかしげることしかできなかった。

「あとは如何にして彼らに見つからないようにここから脱出するかだけですね」

 フェルの手には、先ほどチャブレが持っていたはずの牢の鍵が握られていた。

「ど、どういうこと……?」

「ああ、これは失礼しました。エトさんにはきちんと説明できていませんでしたね」

 ようやく僕の存在を思い出してもらえたらしく、終わった作戦の内容を聞くことができた。

「鍵を奪うにあたって、問題点が大きく二つありました。まず一つは、鍵が牢の外にあること。もう一つは、たとえ奪えたとしても、すぐに気付かれてしまうことです」

 牢の鍵は廊下の先にいる衛兵たちに守られ、壁に掛けられていた。

「一点目は、単純ですが非常に大きな問題です。牢の外に出なければ、鍵を奪取して外に出ることができないという、卵と鶏的なジレンマに陥っているわけです。外に協力者がいれば解決できますが、外にいる唯一の仲間であるミレナさんにそれを期待するのは難しい」

 そもそも僕たちがここにいるのがミレナの手引きなのだから、彼女が助けてくれるはずはない。

「そして、一点目をクリアして鍵を奪取しても、二点目を解決しなければ、その後の目標が達成できない。私たちはここから外へ出て、ミレナさんに会いに行って話を聞かなければなりません。荷物も取られたままですから、それも取り戻さなくてはいけない。そのためには、僕たちが脱出したことをできるだけ長い間気取られないようにしておきたい」

 しかし、ご丁寧に鍵は牢の番号が振られた状態で壁に掛けられており、一つでも無くなればすぐに気付かれてしまう。だから奪って牢の鍵を開けたあと、再び衛兵たちに気付かれないように、鍵を元の場所に戻さなければならない。

「この二つを解決する方法は一つ。隊長自ら鍵を持ってきてもらい、自分の手で元の場所に戻してもらうことです」

「そういうことか……! だから僕の『唯能』で鍵のダミーを『創作』した、と」

 チャブレがここへやってくる前、フェルに頼まれて、それらしい鍵のダミーを『創作』していた。カジとフェルは一度本物の鍵を見ているので、二人の意見を聞きながら、何度か試行錯誤して見た目はよく似たものを創り出すことができた。

 しかし、たとえ見た目は同じでも、もちろん実際に鍵を開けることはできない。それに、《創作者》の能力で創り出した物は安定性が低く、多少の衝撃が加わるだけで形状を保てなくなってしまう。なので、そんな中途半端な物を作ってどうするのかと疑問に思っていた。

「この牢は開く際には鍵を使用しますが、閉じるのには鍵が必要ない。だから、隊長に一度鍵を開けさせ、この中で本物と『創作』した偽物をすり替えてしまえば、もう一度鍵を開けようとしない限りは気付かれないわけです」

 カジが手錠を外しているのを見せ、チャブレを呼び寄せて鍵を開けさせる。さらに、挑発して牢の中まで誘導し、その間にこっそりと鍵のすり替えを行ったということらしい。

「そうか、あのとき……!」

 フェルがチャブレに命乞いをするようにすり寄ったのは、ポケットに入っていた鍵をすり替えるためだった。

「エトさんが殴り飛ばされたときは、少しひやひやしましたよ。あなたが気を失って、能力の効果が失われてしまったら、せっかくの計画がおじゃんですから」

「それなら先に教えてくれればよかったのに……」

「何も知らないで新鮮な反応をしてくれた方が、臨場感が出ると思ったんだよ。そういう意味じゃ、ずいぶんいい演技だったぜ」

 カジはおかしそうに笑いながら僕の肩を叩く。全く笑い事ではなかったのだけれど、どうやらそうやって必死になっている僕の姿を楽しんで見ていたらしい。悪趣味な奴め……。

「おかげで俺たちはぽっくり心が折られて、挙句の果てにこいつは一人だけ助かろうとする裏切り者。しばらくは静かにしてるだろうと、あいつらは安心しきってるはずだ。その隙を見て、こっそり脱出してやろうって算段よ」

 結果的に上手くいったからよかったものの、もう少し考えれば、良いやり方があったのではなかろうか……。しかし、今更そんなことを言っても仕方ない。

「そんじゃ、いっちょ脱出と行きますか」

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