1-23 歓迎
「それでは、私はこれで」
街で買い付けをするというフェルと別れ、僕とカジはミレナの知り合いの元に向かっていた。
「せっかくなら一緒に来てほしい。ここまで連れてきてもらったお礼もしたいし、食事をご馳走するわ」
特に用事もない僕たちは、そんな彼女の言葉に甘えて食事をご馳走になることにした。
「って、ミレナの知り合いの家ってここ……?」
そこはどう見ても、街のど真ん中に位置する国王城の入り口だった。屈強な門番たちに睨まれながら、仰々しい門を抜けて敷地内へと入っていく。
「もしかして、ミレナって王女様とか……?」
「まさか。そんなんじゃないわ」
「でもここって王様の城の中だろ? 一般人が入れるところだとは思えんが……」
「詳しく説明すると長くなるから、後でちゃんと説明するわ。それよりもとりあえず二人ともお腹が空いたでしょう?」
そんな風に、半ば強引に連れられて、城の奥へと進んでいく。
「お待ちしておりました。お食事のご用意ができております」
何十人もの執事が立ち並ぶ間を抜けて案内されたのは、部屋中が光り輝く豪華な食事部屋だった。
十メートル以上あるような長いテーブルが真ん中に置かれ、それぞれが少し離れた位置に座らされる。椅子は妙にふかふかして座り心地がよく、テーブルには滑らかで肌触りの良い布が欠けられていた。
「こりゃすげえな」
そのあまりの豪奢ぶりに呆気に取られながら、部屋中を見回す。
目の前に置かれた食器はどれも複雑な意匠がなされた高級感のあるものばかりで、たった今削り出してきたような新鮮な輝きを放っている。
頭上を見上げると大きなシャンデリアが天井を覆い尽くしており、太陽を見たときのように目が痛くなるほど眩い光が反射する。壁には肖像画らしき絵がいくつも飾られていて、ところどころに彫刻品や壺なども置かれていた。
「いやいや、よく来てくれた! 歓迎しようじゃないか!」
そんな上手、長いテーブルの一番端にいた男が、突然立ち上がって僕たちにそう呼びかけた。
「私はこの国の王、ジルヴェだ」
どうやらこの人が噂の悪政を敷いている独裁王らしい。
彼は僕らの方に近づいてきて、握手を求めてきた。その笑顔は実に親しみのこもった優しい表情で、まるで悪意のようなものを感じられなかった。一見すると国民に愛されるにも思えるが、事前に聞いていた話がちらついて、その純粋な笑顔こそ恐ろしく感じられる。
「大切な友人であるミレナ君がお知り合いを連れてくるというので、待ちわびていたところだったんだよ」
「あれ、そういえばミレナは……?」
さっきまで一緒に来たはずだったが、この部屋には姿が見当たらない。少し不思議に思いながらも、熱烈な歓迎ムードを出すジルヴェに押され、彼女の行方をきちんと尋ねることができなかった。
「今日は無礼講! ぜひ我が国が誇る一流シェフたちの料理を堪能してくれたまえ」
そう言って彼が指で合図を鳴らすと、目の前にスープが差し出された。
「お、このスープめちゃくちゃ旨ぇぞ」
急激な展開に追いつけず、スープの湯気を眺めながら呆然としていると、隣でカジがあっという間に完食してしまっていた。ちょうど今日はまだ食事を取っていなかったから腹が減っていたのかもしれないが、この状況で物怖じせず食事を楽しめるのは流石だ。
「さあ、遠慮せずに食べてくれ」
ジルヴェに促され、とりあえずスープを口に運ぶ。
「これは……!」
一口食べた途端、全身に電撃が走るような感覚に襲われた。
まず初めに来るのは、優しい甘み。柔らかいクリーム状の口当たりに覆われて、バターで炒られた野菜の甘みが口いっぱいに広がる。そして、仄かに土の香りが鼻に抜けた後、甘さが口から立ち去る瞬間に、ほんのりと癖のある苦味を舌に感じた。
甘さの奥に隠れる深みのある複雑な味わい。たった一口でこれだけの情報量を伝えてくるのは、それだけ緻密に計算されているということの証明だった。
味だけでなく、滋養強壮もしっかりと考えられているだろう。旅で不足していた栄養が一気に補われていき、喉の奥を通るたびに身体の芯から温まるのを感じる。
「そのスープは我が王家に伝わる秘伝のレシピを使用しているのです。満足いただけたかな?」
気付けば夢中で飲み終えてしまって、心が満足感で満たされていた。
「喜んでいただけたようでよかった」
中身が空になった皿は手早く片付けられて、いつの間にか次の料理が目の前に置かれていた。
「あ、ミレナ!」
ちょうど目の前の席にミレナの姿を見つけた。先ほどまではいなかったはずだが、どうやら僕がスープに夢中になっている間に座っていたらしい。
「よかったよ、ミレナ。君のご友人は楽しんでいただけてるみたいだ」
ジルヴェの声に、何故かミレナはピクリとも反応しない。
「あの、ミレナは国王と一体どういう……」
不可解なこの状況について尋ねようと、ミレナの方に顔を向けた瞬間、突然眩暈がして視界がぼやけてしまった。
「なんだ、これ……」
意識が朦朧としてきて、焦点が定まらずにふらふらとしている。目の前に座っているミレナの顔を見ようとしているのに、強烈な倦怠感に襲われて視線を上げることすらできなかった。
「カ、ジ……?」
一瞬だけ隣にいるカジに焦点が合い、机に突っ伏している彼の姿が見えた。
「ごめんなさい」
ミレナの寂しげな声が聞こえたかと思うと、視界が黒く塗りつぶされ、そこで意識が途切れた。
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