第8話 はじまり

仲居のマイに案内されて、俺と大学生5人組は森に覆われた小高い山の入口に着いた。旅館からここに来るまでに陽もすっかり落ちて、すでに辺りは真っ暗になっている。

入口にはボロボロに錆びた電灯付きの看板が立っていて、その看板にはかすれた文字で"鬼隠山きいんやま"と書かれていた。全員が看板の前で立ち止まる。


「この山に恐ろしい鬼が隠れているのかも」


ユウスケが怖そうな顔をしておどける。


「幽霊ならまだしも、さすがに鬼じゃ全く怖くないな」


「もう幽霊なんて言わないでよぉ」


苦笑しているコウを隣にいるミクが睨んでいる。どうやらミクは相当の怖がりらしい。


「よくは知らないですけど、村の伝説に鬼の話が出てくるらしいですよ」


マイの言葉で俺はふと思い出した。村の名前の由来の事だ。


(そういえば、村に鬼が隠れ住んでいたわけじゃなくて、鬼が隠れてしまった、だったな)


残念ながら、鬼が隠れた理由までは覚えていない。


看板を通り過ぎると、幅が1メートル位の石の階段があって、入口から山の上の方へと続いている。その階段の両脇には小さな赤い提灯ちょうちんが等間隔に立ち並んでいて、階段をぼんやりと赤く照らしていた。

見えづらい階段を踏み間違えないように、俺達は一段一段慎重に上がって行く。


※※※


階段を上っていくと、広場のような所に出た。広場には赤い布が掛けられた長椅子が多く置かれていて、大勢の人が座っている。長椅子の周りには篝火かがりびが焚かれている。もちろん食べ物を売っているようなお店や屋台は一切無い。


「これはお祭りというよりは祭事・・・?」


「思っていたのと違いました・・・」


コウが呟いている横で、マイが申し訳なさそうな顔をする。


「そんな顔しないでよ、マイちゃん。屋台は無いけど、料理が振る舞われるんでしょ。それまで待っていようぜ」


タイキがマイの肩に手を置いて慰める。


「そうだね。空いてる椅子に座って待とうか」


コウの言葉に全員が頷くと、長椅子のある方へ歩いていく。俺は学生たちとマイが座る長椅子より、一列後ろの長椅子に座った。

ユイが俺だけひとりだけ後ろに座っているのを見て、後ろの椅子に移ってきた。隣に座ったユイを見て俺は小さく笑う。


「気を使わなくてもよかったのに」


「そういうわけでは」


ユイは前を向いたまま小さな声で答えた。


前方を見ると長椅子に座っている大勢の人が楽しそうにお喋りをしている。長椅子が並んでいるよりも奥には木造の建物が建っていて、その隣には10段ほどの石の階段がある。建物の手前にはお立ち台のようなものがあり、それも赤い布で覆われていた。

お立ち台の中央には木製の祭壇、両脇には篝火が置かれていて、祭壇を照らしていた。祭壇の上にはお酒でも入っているのか、土瓶らしきものと、赤いさかずきが置いてあるのが見える。


階段の奥にはやしろなのか、拝殿だと思われる赤い柱と赤い屋根が見えるが遠く、そして暗くいためあまりよく見えない。おそらく御神体はそこにまつられているのだろう。


建物の中から鐘の音が響き渡った。一瞬にして大勢の人の会話が止まる。静寂に包まれる中、聞こえるのは篝火のパチパチという火花の音だけだ。


建物の戸が開き、中から黒い装束しょうぞくまとった男が出てきた。男に少し遅れて出てきたのは3人の妙齢の女達。男と女達はお立ち台に上がっていく。女達は白く薄い着物だけ着ているせいか、暗いのにもかかわらず、身体の線が着物から透けて見える。

男は祭壇を背にしてこちらを向いて立ち止まった。そして男の前に3人の女達が並び、こちらを向いて正座をして座ると深々とお辞儀した。男は長椅子に座っている人々を見回すと一礼した。


「今宵は・・・」


男の声がかなり低いため、挨拶がさっぱり聞き取れない。俺は聞くのを諦め、隣にいるユイを見た。自分と同じくらいの歳の女がこの先どうなるのかと、不安そうな顔をして前を見つめている。


男の挨拶が終わり、祭壇のほうに振り向く。祭壇に置いてあった土瓶を持ち、さかずきにお酒か何かを注いでいく。注ぎ終わると、男は盃を持ち、女ひとりひとりに手渡していった。


改めて男が祭壇に立ち、深くお辞儀をする。同時に鐘が響いた。お辞儀を終えると男は胸から巻物のようなものを取り出し、それを読み始めた。どうやら儀式が始まったようだ。


広場にいる全員が儀式を見つめている。相変わらず男が何を言っているのかは聞こえない。

鐘が鳴った。すると女達が膝の上に置いていた盃を、口元に運んでいく。

また鐘が鳴った。おもむろに女達は立ち上がり、さっきとは反対方向、つまり階段の方に一列になって進んでいく。男は巻物を読んだまま、祭壇の前で動かない。女達は階段を上り、拝殿と思われる建物の方へと消えていった。

男が巻物を読むだけがしばらく続く。


突然会場になまめかしい女達の声が響き渡った。階段の奥に消えた女達の声だろう。

前に座っている男子学生たちが少し反応する。ミクが肘でコウを小突いた。タイキが苦笑しながらマイを見ている。

ユイがちらりと俺を見る。俺はというと苦虫を噛み潰した顔をしていた。そして小さく呟く。


「とうとう始まった・・・」


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