ドルチェは午前三時から

夏目綾

第1話 土曜日午前三時からの秘め事

他人は何と思うかも知らないし、知りたくもないけれど、私、瀬名美雪は実の姉の真冬を愛している。

そして姉も、私を愛している。

調べたことはないけれど、そんな事はそうそう無いだろう。でも、そうそう無いという事は少しくらいはあるのだと思う。ただ、それだけの話。

とは言ってもやはり、そうそう無い事なので誰にも言うつもりはないし言いたくもない。

だから私たちは表向き仲の良い姉妹だし、そうするしかない。


そんな二人が何もかも忘れて愛し合うことにしている時間がある。

それは土曜日午前三時。

いつもの24時間営業のファミレスでドルチェを食べた後だ。

なんてことはない、小汚いファミレスで愛し合う時間が始まる。


「今日はチョコレートパフェね。」

姉の真冬が言った。


チョコレートパフェ。

ここはイタリアン系のファミレスなので、デザートをドルチェと呼んでメニューに書いてある。ただのデザートなのに。そういうところが、ファミレスのチープ感なんだろうと私は思っていた。


先程からチョコレートパフェを食べている姉だが、彼女は私とは似ても似つかぬ美しい人。

時々、知り合いは私に対して言うことがなくて姉妹そっくりねと言うが、これは本当に誉めようが無いからだろう。私は到底、彼女には敵わない。

ただ、そんな私が姉と唯一同じことがあり、それは右太ももの内側に黒子があることだ。最近知ったことで、何の自慢にもならないが。


「これを食べていると思い出すわ。美雪と初めてお互いの愛を感じたのもこの時だった。きっとこのパフェが甘すぎて恋に落ちたのね。」


それは、半分間違っている。

私たちがお互いを意識したのはもう少し前。

姉が部屋で女の人と抱き合っているのを見た時から、私は恋に落ちた。こんなに激しく美しい姉は見たことがなかったから。

私は昔から姉に憧れてなんでも真似をしていた。

だから、私もそれに憧れて同じようにしてみたのだ。

結果的に、姉もそれを見ていて私に恋したのだと思う。

小さい頃から姉は、親に蝶よ花よと甘やかされていた私を羨ましがっていたから。多分、とても羨ましかったのだと思う。

恋するに必要なきっかけとは、そのようにくだらない瞬間だし、実際には運命的な瞬間などあまりないものだ。

少なくとも私たち姉妹の間では。


そしてその何日か後、遊び歩いた後に寄った土曜日午前三時のファミレスで二人はドルチェを食べた。

その時、どういうわけか二人の何かが崩れたのだ。

やはり、そういうきっかけは何気ない瞬間だ。もう、恋に落ちているのだからきっかけは後付けだと思う。


忘れかけていたが、その時私たちはチョコレートパフェを食べていたらしい。だから姉は、今日は機嫌が良かった。


その思い出の詰まったファミレスでドルチェを食べるのは、これからの始まりの合図。

私はまだ高校2年なので家にいるが、大学生の姉は一人暮らしをしていて、ファミレスでドルチェを食べた後は彼女の家に行く。

そして、二人は何もかもを忘れるのだ。


姉の部屋は綺麗に片付けであるし、ちゃんと掃除は行き届いていてゴミひとつない。

どうせ汚すのだからそこまではしなくて良いと思うが、姉の性分なのだろう。そこからして姉妹は全く違っていた。


彼女の家に着くと、大体キスをした後服を引っ剥がされる。

今日も二人、早速熱い口付けを交わした。

姉の口付けは非常に上手く、舌の使い方も吐息の出し方も漏れる声も全てがドルチェのよう。付け加えるといつものファミレスのものではなく、それは高級な店の本物のドルチェだ。


「ん・・・っ。」


いつまで経っても姉の口付けは色褪せることはない。むしろ毎回、激しくそして気持ち良くなっていく。


「早く、脱いで。美雪と一緒になりたい。何もかも忘れて、抱き合いたい。」

「姉さん、私も。ずっとこの日を待ってた。」


私が服を脱いでいる間に姉はキッチンスペースに行った。そして何をとってきたかと思うと、わざわざ器に入れたチョコレートソースだ。

姉はそれを横に置くとやっと自分も服を脱ぎ出した。

それは何をするのかと聞いてみたら微笑んでこう答えてくれた。


「今日はチョコレートパフェを食べたから。もっとチョコレートを食べたいなって思っただけ。」

「チョコレートを、食べる?」

「そう。あのね美雪、上を向いてくれる?口も開けてくれると嬉しい。」


姉の言うことが見えてきた。

姉はいつも気まぐれでドルチェを選んでいるようで、最初から決めている。


姉の言う通りにすると、思った通りに彼女は私にチョコレートをかけてきた。

できるだけ口に入れているつもりなのだろうが、そんなもの無駄に決まっている。

そして、それはわざとなのだ。昔から姉といるから分かる。

口に入るのは僅かだし、もう首筋やら胸やらに流れていく。


全部流し終わると姉は、私の口元から頬を舐め上げた。

首筋も。

冷たいような熱いような。

その感触はくすぐったい。

あまりにもくすぐったく、また気持ちよかったので、私は少しばかり声を上げてしまった。


「・・・あ・・・やっ・・・。」


私の歓喜の声は姉をも歓喜に誘ったようで、思い切り口付けられた。

私が甘くなっているからか、姉が甘いからなのか。もはやそんなことはどうでもいいことだ。

ただ二人、甘い。


姉はもっと私とチョコレートを堪能したいらしい。

胸にも滴ったチョコレートを舐める。

チョコレートで少しばかり敏感になっている胸の先まで舐められると震えてしまう。


「んっ・・・。」

「気持ちいい?私は、ただ甘い。美雪は甘いね。」

「私がじゃ・・・ない。チョコレートが・・・。」

そう言いかけたところでまた唇を塞がれた。


姉はチョコレートのついた胸を触るとそれを太ももの内側に擦りつける。

そして、そのチョコレートと太ももにある黒子を舐めた。

私がいつもそれはやめてくれと言うものだから口実でも作りたかったのだろうか。

いつもなら拒絶するのだが、今は甘さに溶けてどうでも良くなっている。


姉は私の身体に自分の身体を密着させチョコレートをつけた。

そしてこう言うのだ。


「美雪も舐めて。」


私は姉の言う通りにするのが意外と好きなのでそうしてあげると、姉は私以上に悦びの声を漏らしたのだった。


時間は午前六時。

愛の終わり。

ドルチェの時間は終わる。

何もかもを思い出す時間だ。


特に私たちはさよならの言葉は言わない。言ったら負けのような気がするから。かと言って、またねも言わない。それも言ったら負けのような気がするから。

ただ、無言で別れるのだ。


そうして私は家路に着くと死んだように眠る。

両親なんぞ私たちのことを知る由もないので、どうせ彼氏のところに行った朝帰りだろうと思っているだろう。

そう思うと滑稽だ。


私はいつも布団の中で思うのだ。

もうそろそろ、やめた方がいいのかと。

こんな関係不毛なだけだ。


だがその度にこう言い聞かせる。

姉と二人でドルチェを食べているだけなのだ。ドルチェを食べることによって何もかも忘れているだけだ。

私たちが愛し合っているのは、午前三時のドルチェがさせていることなのだ。


本当は私たちがただ愛し合っているだけなのに。

午前三時のドルチェで愛を縛っているだけなのに。


そして私たちは、また来週を待つのだ。

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