第34話

「ジュエル。これからどうすんだ? このままおっさんの娘として嫁がせるの、さすがに不味くね? 国の体面的に」


「そういうことを考えられるようになったなんて、ルイも世継ぎらしくなったものだ」


「気付くだろ。普通。それにジュエルには罪はないし、ジェラルドの前では言いにいけど、ジェラルドの地位が危うくなり、ジュエルがエリザベートさんの娘だから、アドラー公爵家から血を引いてるからと、今度はジュエルを俺と結婚させようと企んだとしたら、俺は」


 ジュエルに罪はなくても受け入れられないと、ラスの苦い顔が言っている。


 その望みはないと言われた妹には悪いが、ジェラルドは違うことを考えていた。


 女だからジュエルはダメなのだとしたら、男で弟の自分は可能性はあるのだろうかと。


(あれ? わたしは兄上のことが好きだったのか?)


 今までずっと罪を償いたくて兄の力になりたいと思ってきた。


 しかし発見された兄は良い意味で予想を裏切っていた。


 ひとりで戦えないほど弱くもなかった。


 そんな兄を見守る内、次第に憧れていった。


 憧れだと思っていた。


 でも、もしかして恋だった?


 そしてここが兄が育った街。


「マックス。縄を解いてくれないか。逃げないし死なないと誓う。わたしはただ兄上が育った街を見てみたいんだ」


「心配ならマックスが見張ってれば? 俺も付き添うし」


「殿下はああおっしゃっていますが陛下?」


「ジェラルドはもう弱腰にはならないだろう。放してやりなさい」


 リカルドに言われて、ヴァンは縄を解いて、マックスが見張りについた。


「じゃあ行こうぜ」


「兄上はわたしを疑わないのですか?」


「ウソを言ってるかどうかは目を見りゃわかるさ」


 そう言って頭の後ろで両腕を組むと、ラスはジェラルドを急かした。


「ほら。行かねえのかよ」


「行きます! 行きますから待って下さい、兄上!」


 あははと笑いながらラスが店から出て行く。


 その後をジェラルドが追いかけて、ヴァンがマックスに指示をした。


 頷くとマックスの姿も消えた。


「あのふたり。随分仲がよろしいのですね」


「そう言えば出逢った頃から、そうだったのかもしれないな」


 皇帝夫妻の会話にマリアンヌは微笑んでいる。


 ラスはともかくとして一途なジェラルドが可愛く見えて仕方なかった。




「兄上! あれはなんですか? どうして街中に櫓があるのですか?」


「あれはこの街独自の自警団が使う櫓だ。あそこで見張ってれば、陸海どこから攻めてきても、一目でわかるからな」


「さっきから肌を晒した女性が誘ってくるのですが。何故ですか?」


 質問攻めに遭い前を歩いていたラスが呆れ顔で振り向いた。


「ジェラルド。お前花街のことどこまで知ってる?」


「男が恋を買う街、女が恋を売る街。つまり恋人を探しに来る街なのでは?」


「誰だよ。こんな純真無垢に育てたのは?」


 思いもしない返答にラスがげっそりしている。


 ジェラルドの考え方は上辺だけを解釈したものだ。


 物事の本質を理解しているわけじゃない。


 ラスは本当のことを教えた方が、ジェラルドのためだろうと口を開いた。


「男が一夜の恋を買う街というのは、まあお前にわかりやすく例えるなら、一夜限りの伽の相手を探すという意味。決して恋人を探す街じゃない。金で伽の相手を買うそんな汚い街だよ」


「兄上」


 ジェラルドは言ってもいいものか、迷いながらも口にした。


「兄上はそんな街でどうやって身を守ってきたのですか?」


「多分今になって思えば、マリアの姐さんのおかげだよ。俺が姐さんの誘いを断ったことを、上手く噂を蒔いて広げて、姐さんでも落とせない俺に手を出しちゃいけない。そんな風潮を作り上げたんだ。マリア姐さん様々だよな」


 ラスがこれまで無事だったのは、マリアの英断のおかげ。


 そう聞いてジェラルドは気になってたことを聞いた。


「そんなふうに守ってくれた女性に惹かれたりはしなかったんですか?」


「惹かれたぜ?」


「!」


「母親みたいに思ってた」


「母親?」


 きょとんとした顔をしてジェラルドは、不思議そうだ。


「近すぎて恋愛関係にはなれなかったよ。今となっては恩人だな。俺の」


「兄上。兄上に想い人は?」


「いねえなあ。今は生き抜くことで精一杯ってことかな」


 大きく伸びをするラスに気付いたらジェラルドは言っていた。


「わたしではダメですか?」


「は?」


 驚いて振り返るラスにジェラルドは、若さのまま言ってしまった。


「兄上は先程ジュエルではダメだと言っていらした。なら、わたしでは、ダメですか? ずっと兄上をお慕いしてきたんです。仇である祖父の血を引いたわたしではダメですか」


「お前なにか勘違いしてねえか?

ジェラルド」


「勘違い?」


「俺たちの境遇でまず愛だ恋だと騒げるのは、自分たちが無事に生き延びて、すべての問題を片付けた後だ。俺がジュエルはダメだと言ったのも、相手の思惑に乗るからだし。速い話が焦りすぎ。わかったか?」


 ジュエルの場合は本人のためにも、見知らぬ男たちに犯されていたことを、エルザベートに伏せるためにも、彼女の素性は明かせない。


 最悪修道院行きもありかもしれないなとラスは考えていた。

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