第32話

 なんだか嫌な予感がする。


 今ジェラルドと話し合わないと、取り返しがつかない事態になる気が。


 本当にアドラー公爵が黒幕なら、孫であり現在第一王位継承権の所有者であるジェラルドは、きっとそれを薄々わかっている。


 自分とラスが生まれながらの敵同士で、自分がいるからラスの身に危険が及ぶと。


 だから、ジェラルドはラスを見かけたとき、確証はなくても逃そうとした。


 放っておけば間違いであっても、可能性があるというだけで、祖父が殺そうとするから。


 つまりジェラルド自身は、祖父であるアドラー公爵と考えを異にしているということだ。


 しかしなんらかの理由で、祖父に逆らえないでいる可能性が高い。


 例えば血の繋がり。


 例えば恐怖。


 先帝まで手にかけ平然と娘をリカルドの妃に送り出し、利用価値がなくなれば簡単に殺す。


 それは母を陥れた事件で証明されている。


 そんな祖父を幼い頃からずっと見てきたら、恐怖を感じて当然だ。


 その恐怖がジェラルドを祖父に逆らえなくしている。


 そして今ラスも帰ってきたし、キャサリンまで無事に帰って来た。


 このままではジェラルドの立場も悪くなる。


 となるとアドラー公爵はどう出るか?


(俺の居所を探れとか。最悪だと殺せと命令されてる可能性もある)


 ジェラルドからは敵意は感じなかった。


 なら、ジェラルドはどうする?


 ここにキャサリンの帰還を確かめにきたなら、ここでジェラルドを見失ったら、身を隠すかもしれない。


 ラスはこれまでの触れ合いと、自分の勘を信じることにした。


 店から飛び出して慌ててジェラルドを探す。


 ジェラルドはラスに気付いたのか、人混みに紛れようとしている。


 人混みに遮られるなら、それを逆手に取るだけだ。


「みんな! そこの逃げようとしてる奴、フードを被ってる男を捕まえてくれ! マリアの姐さんに指名されたってのに逃げようとしてるんだ!」


「なんだと? そりゃあふてぇ野郎だ」


「「かかれー!」」


「あ。いや。私は。違っ」


 大勢の男たちに捕縛されたジェラルドを見て、マックスは大きく肩を落とす。


 なにをやってるんだろうと顔に書いている。


 ラスは両腕を組んでジェラルドを見下ろした。


「なんで俺を見て逃げようとした?」


「別に理由は」


「じゃあその荷物は?」


 ジェラルドの近くに落ちていたカバンを指差す。


 ここまで来ればマックスも、普通の兄弟喧嘩ではないと気付いた。


「殿下?」


 信じられないと声を出す。


「マックス。ジェラルドを縛り付けておっさんのところに連れて行け」


「私がですかあ?」


「情けをかけたり、怯んだりしたら、こいつどこに行くのかわかんねえぞ」


「え?」


「俺の推理が確かなら、ジェラルドはじいさんから逃げるために身を隠す、または死ぬつもりだ」


「そんな」


 マックスの衝撃を受けた顔を見ていられなくて、ジェラルドはなんとか逃げようともがくが、面白がった男たちにのし掛かられ、とても逃げられない。


「マックス! 私を助けてくれ!」


「‥‥‥出来ません。貴方を失いたくはないですから」


「マックス」


「ご無礼のほどご容赦ください」


 それだけを告げて後は無表情でジェラルドを縛り上げた。


 後で責任問題になっても、これが原因で死ぬことになっても、ジェラルドを救いたい。


 マックスにはラスが嘘をついているようには、どうしても思えないから。


「兄上。酷いです」


「酷いのはお前だ。俺に続いてお前まで、おっさんに同じ気持ちを味わわせるつもりか?」


「父上は兄上の心配はしても、私やジュエルのことなど」


「おっさんはそこまで薄情じゃねえよ!」


 一喝されてジェラルドも口を噤んだ。


「情が深いから俺や母さんのことを諦められなかっただけだ。多少の違いはあっても、ジェラルドやジュエルのことだって」


「ジュエルが父上の子ではなくても?」


「その話はおっさんの前でしろ。それにおっさんなら気付いてるよ」


「え?」


「マックス。連れて行け」


「はっ!」


 マックスに連行されてジェラルドが、リカルドの元へ。


 ラスは家出しそうな弟を確保できてよかったと安堵した。


 最近やけに勘が冴えてんなあと思いつつ。

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