第16話





 王城に戻ったリカルドは自らの護衛騎士にして、近衛隊の将軍ヴァンとさっきまでラスの護衛をやっていたジェラルドの護衛、マックス。


 そして皇女ジュエルの護衛騎士ユリアを招いて会議を行っていた。


 この3人の騎士が宮廷で最も信頼できる騎士だからである。


「殿下がご無事でなによりでした。陛下」


 一礼するヴァンに笑ってみせる。


「なにやら街で不穏な動きがあるとヴァンが教えてくれただろう? そのお陰だ」


「いえ。わたしが駆け付けることができれば、陛下に危険な真似をおさせすることもなかったのですが」


「そなたが動けば周囲にバレる。わたしのお忍び自体は珍しいことではないが、将軍たるそなたが動けば、どうしても気付かれるからな。仕方あるまい」


 もうひとり将軍を名乗る者がいるが、そちらはリカルドはあまり信頼していなかった。


 というのも腕は立つのだが、どうにも小心者な上にある公爵に恩義があるとかで、忠誠心にもあまり期待できないからだ。


 リカルドとその公爵に同時に危険が及んだら、彼なら即座にリカルドを見捨てる。


 それがわかっているから重用する気はなかった。


 ただヴァンはあまりに堅物過ぎて、「彼女」によくしてやられるので、人間なにか欠点はあるのだなと、リカルドも思っているが。


 まあ「彼女」に勝てと要求するのは酷な気がするので、そのことで実力不足と受け取ることはないけれども。


「しかし街中で堂々の誘拐劇とは解せませんね」


「ユリアもそう思うか?」


「はい。しかもドルレインの者だったのでしょう? きな臭すぎます」


 ユリアは女性騎士を纏める役職についていて、女性騎士たちの筆頭とも言えた。


 女騎士たちの憧れの騎士。


 それこそがユリアなのである。


 かなりの美女だが、女だてらに騎士をやるだけあって、男勝りなため男性の人気はイマイチだった。


 その代わり女性からの人気は、なまじな男性では勝てないほどに凄まじいが。


「ただ気になっているのが、主犯格の男の声です」


「「マックス?」」


 ヴァンとユリアが不思議そうに名を呼んだが、リカルドはなにも言わなかった。


「初めて声を聞いたときにとっさにですが、どこかで聞いたような気がしました。ドルレインの軍人なのでしょうか」


「わたしも同じことを思った」


「「「陛下」」」


「あの男の声……聞き間違いでなければ、おそらくドルレインの国王ドンファンだ」


「ドンファン陛下、ですか?」


「19年前だけではなく、今度は殿下を狙われているわけですか。執念深いですね」


「どこでバレたのでしょう? 殿下の素性は宮廷内ですら、まだ知られていないのに」


「おそらく素性は知られていないだろう。ルイの顔立ちだ」


「なるほど」


 あれほど執着していたキャサリン妃と同じ顔を見掛けたから手に入れようとしている。


 そういう判断は確かに可能だった。


「だが、連れ去ろうとしたときに助けた相手はわたしだった。そのことから疑っているかもしれないな。ルイがあのときの皇子だと」


「離宮に殿下を匿われては如何ですか? 陛下?」


 近衛隊長ヴァンからの申し出にリカルドは難しい顔つきになる。


「しかし離宮ではわたしの目が届かない。ルイにもしものことがあったら、わたしは生きてはいけぬ」


「陛下がわたしに殿下の護衛を命じて下されば、命に換えても殿下は護ってみせます」


「命に換えてもという覚悟は尊いですが。いけませんよ、将軍閣下」


「マックス?」


「殿下の味方と言える者はあまりに少ない。護ろうとして命を落としていては、ただでさえ少ない味方が益々少なくなる。護りたいなら貴方も生き延びなければ」


「そうだな。マックスの言う通りだ」


「「陛下」」


「ルイは孤立している。味方は数少ないのだ。それがひとり減りふたり減りしていけば、当然だがルイが信頼できる者が減っていくことに繋がる。それは将来的にルイの身を危うくしかねない」


「「「はい」」」


 頭を垂れる3人にリカルドは頷いてみせる。


「ヴァン。マックス」


「「はい?」」


「ヴァンにはわたしが命じていたし、マックスはジェラルドの命で動いていたことは知っている。キャサリンの事件についてなにかわかったか?」


「「いえ。これと言って特に」」


 リカルドがヴァンを信頼する動機のひとつに、彼が自分と一緒に父王が暗殺された際に発見した者だからという理由もある。


 あのときの数々の不審点をリカルドに指摘して、キャサリンの無実を一番に訴えたのがヴァンなのだ。


 殺人者にしては状況がおかしすぎると。


 彼女の無実を晴らそうと尽力してくれたし、それがなければここまで信頼できなかったかもしれない。


 実はマックスはヴァンの息子だった。


 妻とは離婚していて、マックスは母親に引き取られたため、公に親子として接することはないが、マックスがキャサリンの無実を信じて動いてくれるのも、実は父親であるヴァンの影響だった。


 父から現場を詳しく聞いていたから、同じ騎士としてマックスはキャサリンは無実だと感じたのだ。


 ユリアはキャサリン付きだった護衛騎士の娘で、その流れでキャサリンの無実を信じてくれている。


 そういう意味でここにいる3人は特別なのだった。


「ルイの生い立ちを知ってひとつ気になる点がある」


「と申されますと?」


「キャサリンが何故海賊船にいたのかという点と、その海賊たちが何故ルイからキャサリンの形見である皇家の鍵を奪い取らなかったのかという点だ」


「確かに解せませんね。普通の海賊ならあれほどの宝物です。産まれたばかりの赤子に手渡すとも思えません」


「それにキャサリン様を略奪したのはドルレインです。その船を偶然海賊が襲い偶然キャサリン様を奪う。……出来すぎですよ」


 ユリアの言葉にリカルドも頷いた。


「相手は産まれたばかりで言葉も理解していない赤子です。母親の形見を奪ったところでまず理解できません。それを承知で手放したとなると、確かに海賊としては奇妙な行動ですね」


 マックスが首を傾げる。


 海賊のやったこととは思えないくらいお人好しな行動だとそう思う。


「それにおそらくだが、わたしはこう思うのだ。ルイを売った商人にルイから鍵を奪わないように海賊が脅したのではないかと」


「なるほど」


「だから、海賊から手放された後もルイ殿下は皇家の鍵を奪われなかった?」


「商人に売られたとルイは言っていたからな。普通の商人なら赤子にあれほどの宝物はいらないと判断して自分が買ったのだからと奪うはずだ。それをさせないためにはどうすればいいか? 簡単だ。海賊たちが脅せばいい。鍵を奪えば殺すとな」


「益々海賊としては解せない行動ですな、陛下」


「そうだ。あまりに奇妙だ。普通の海賊としては」


「まさか……海の貴族?」


 ユリアがハッとしたように言って、残りのふたりもその可能性に気づいた。


 可能性が一番高いのが海の貴族と呼ばれる海賊だと。


「その可能性が一番高い。ドルレインの船からキャサリンを奪い、ルイを商人に売ったのは、おそらく海の貴族と呼ばれる海賊の一団だ」


「しかし海の貴族と呼ばれる海賊だけでも、かなりの数がいます。それを絞り込むのは難しいのでは?」


「ルイの生い立ちを遡って調べていけば、自然とその海賊に辿り着くはずだ。ルイが商人に売られて色街に預けられた過程。当時そこにいた商人をまず調べる。その商人がわかったら、今度は商人が辿った行程を調べて、どこで海賊と接触したか調べる。そうすれば自然と海賊たちの素性がわかるはずだ」


「色街は特殊な街ですが、そこに行く商人というのは、それほど多くありませんからね。商人にとっては仇みたいな場所ですし」


 金を使わせる場所。


 それが色街だ。


 金儲けしか考えていない商人にとっては忌避すべき場所。


 色街を仕事場としている商人しかあの街には立ち寄らない。


 花街を一番嫌っている男たち。


 それこそが商人なので。


 つまり一度あの街に立ち寄った商人は、何度でも立ち寄ることを意味していた。


 そしてその人数は極端に限られている。


 絞り込むのは容易いはずだ。


 この手が使えるのはラスが発見されたせいなのだが。


「陛下は海賊の背後に誰かがいたとお考えですか?」


「ヴァンはどう思う? ユリアが言ったように、偶然ドルレインの船を襲った海賊が、偶然キャサリンを奪い、偶然産まれたルイを商人に売る。皇家の鍵を奪うこともしない海の貴族がだ。……出来すぎだとは思わないか?」


「思います。確かに不自然です」


「海賊を突き止めれば、その『誰か』を突き止められる。その『誰か』を突き止められたら、おそらく更に背後にいる黒幕が浮かび上がってくるはずだ。キャサリンを弑逆の大罪人に仕立てあげた黒幕が。父上を手にかけた逆賊が」


 キャサリンを陥れられ、彼女を失う結果になったことも、確かに憎悪の対象にはなっている。


 いや。


 その要素が大きいとも言えるのだ。


 だが、父を殺した仇が憎い。


 それもまた紛れもない事実だった。


 しかも父を殺すことで邪魔なキャサリンまで葬っている。


 ラスまで巻き添えにして。


 許せるはずがなかった。


「頼む。調べてくれ。そなたたちしか信じられる者がいないのだ」


 孤独な皇帝に頭を下げられ、3人は強い決意で受け入れた。


 必ず突き止めてみせると誓って。

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