【コメディ】裏庭ダンジョン

 安田が朝起きると、裏庭に大きな穴ができていた。

 覗き込んでみるが底が見えないほど深い。ただし土の壁面を削って階段のようなものが作られており、それで下まで降りていけるようになっていた。

 明らかに人口物だ。

「なんだよこれ……」

 安田が絶句していると、頭上から声がした。

「この世界の方ですか?」

 声のほうを見上げると、背中に羽の生えた、手のひらサイズの少女が浮かんでいた。

 ファンタジーに出てくる妖精のような生き物。

 安田は口をあんぐり開けて、

「……ひょっとしてこれは夢なのか?」

「生憎ですが夢ではありません。私はこの世界の危機を伝えるために時空を超えてやってきたのです」

と、妖精は言った。「異世界の魔王がこの世界への侵攻を開始しました。このダンジョンはこちらとあちらの世界をつなぐ最初の足がかり。一刻も早く対応しなければ、この世界も私がいた世界のように魔王軍に滅ぼされてしまいます」

 妖精の表情は真剣だった。突拍子もない内容だが、冗談を言っているわけではないらしい。

 まあそもそも、妖精が話している時点で突拍子も何もないのかもしれないが。

「その魔王軍ってのはすぐに来るのか?」

「いえ、実際の侵攻までの猶予はこちらの時間でいうと一ヶ月後くらいでしょう。二つの世界をつなげるのに魔王は多大な魔力を消費したはずですから、回復にそれくらいの時間がかかるはずです」

「そうか……」

 安田は途方に暮れた。

 由々しき事態ではあるのだが、こんなこと、どこに連絡すればいいのだろう。警察? 消防? 自衛隊? しかしどこに通報したところでイタズラだと思われて取り合ってもらえない気がする。妖精を連れて行けば信じてもらえるかもしれないが、それはそれで大騒ぎになって収拾がつかなくなるような……。

 そうやって安田と妖精が悩んでいると、ぽつり、ぽつりと冷たいものが頭に当たった。

 妖精が空を見上げて、

「雨?」

「そういえばもう梅雨の時期だな。続きは家の中で話そう」

と、安田は言った。


 降り出した雨はあっという間に激しくなり、三日三晩降り続けた。

 そしてようやく雨が上がったあとで庭の様子を見に行くと、ダンジョンは雨水で完全に水没してしまっていた。

 縦穴型のダンジョンだったせいでこの辺りに降った雨水が流れ込んだようだ。

「……魔王軍、大丈夫かな」

「ちょっと様子を見てきます……」


 妖精によると、魔王軍は全滅していたらしい。

 自然の力ってすごい。


 その後、妖精は自分の世界を復興させると言って帰っていった。

 安田はというと、庭の穴が梅雨の大雨災害によるものと判断されて多額の保険金が手に入った。

 その金で安田は庭のダンジョンを埋め、残りで家をリフォームし、これまでと変わらぬ日常生活を送っている。

 時折思い出したように裏庭の様子を見に行くが、そこに大きな穴ができることは二度となかったのだった。

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