第8話僕の罪と僕の善
死者に何を言っても変わらない。それでもこのまま雨の中に放置しようものならもう合うことはできなくなってしまいそうで、せっかく逃げることをやめられたのにまた逃げるのは嫌だから家に連れてきた。家路に向かう間お互い何も言えなかった。
「風呂に入るか?」
「大丈夫。しばらくすれば何もなかったことになるから」
意図はわからない。でも本人がそう言うなら聞くことでもないんだろう。
部屋に入ってクッションを出す。月野にはそこに座ってもらい僕は椅子に座った。
やっぱりお互い喋らない。僕はどこまで突っ込んでいいのかわからずにいる。
部屋の壁に置かれている時計の秒針の音がカチッ、カチッと聞こえ続ける。
何十分にも感じる時間も実際は1,2分しか経ってない。月野の方を見るとずぶ濡れだった髪や服はまるで濡れていなかったかのように乾いていた。
「ね、言ったでしょ。何があったって何もなかったことになる」
「月野が死んでるってのも本当なんだな」
「家族と一緒に死んじゃったよ」
無理に笑っているのが伝わってくる。そのせいか今まで僕が言ってきたことが刃物となって自分に帰ってくる。生きているなら好きなことが見つかるだとか、大切な家族が亡くなったとかそれも1番の被害者みたいに。月野にとってはきっともう見つかることはないことで災害で家族どころか自分も亡くなった1人。そんな相手にかけた。希望の言葉は絶望の言葉でしかなくて、過去の話は月野にとって1番思い出したくない話だったんだから。
「なんで泣いてるの」
「あれ、おかしいな僕は泣ける立場じゃないのに」
「泣かないでよ。私は千鶴に出会えて嬉しいんだよ」
「傷つけただろ僕は」
「生きていたって無自覚に傷つけちゃうことってあるでしょ。それでも私は一緒にいたいって思ったんだよ。だってそれ以上にやっと私のことを見つけてくれる人がいたことが嬉しかったから」
「なんで月野まで泣くんだよ」
「溢れてきちゃったんだもん。7年間分全部。寂しかったよ。みんないるのに誰も見えてなくて、触れなくて、一緒に死んだ家族も誰もいないんだもん」
触れ合うことはできなくても言葉で過去で思い出で通じ合うことができるんだ。お互いが想い合うことができたから全部なかった事にならなかった。
「ありがとう。見つけてくれて。ありがとう。私達のお墓綺麗にしてくれて。ありがとう。諦めないでくれて」
「僕もありがとう。絵のこと褒めてくれて。ありがとう。逃げようとした僕に前を向かせてくれて。」
感謝の言葉は言った方も言われた方の心を温かくする。月野とであえて本当に良かった。ずっと泣いていた。うるさいとまで感じていた秒針の音はとうに聞こえなくなっていた。
「月野いいこと思いついたんだ」
「なに急に」
「僕は言ったことに責任を取りたいんだ」
どういうことと首を曲げる月野にニヤリと笑って答える。
「今まで我慢してきたこと全部やろう。僕が手伝ってやる」
「え?」
「だから、7年間分の思い出を僕と作ろう」
月野はまたグスグスと涙を流した。
「ばか、せっかく泣き止んだのに……でもありがとう」
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