第30話

「その可能性も確かにあるけど、それより前にトール様を殺そうと頑張るんじゃないかな」


「何故だ? 殺しやすい人間から殺した方が、ヴァルドだって楽だろうに。神子を相手にするよりも」


「イーグル王も肝が据わっているというかなんというか。要するにね。イーグル王の存在は許さなくても、人間の子供なんか眼中にないってことだよ。これがフィオリナ様の力の片鱗でも引き継いでいたら、もしかしたら殺そうと狙ったかもしれないけど。幸いふたりは今のところは純粋な人間だからね。多少、寿命が他の人間より長いってだけで」


「「今のところ? 多少、寿命が長い?」」


 ふたりが疑問の声をあげる。


「あれ? もしかしてフィオリナ様の血を引いているのに、自分たちは完全に普通の人間だとでも思ってた?」


「違うのか?」


「多少は違うよ。寿命も普通の人間の倍くらいはあるだろうし」


「「倍っ!!」」


「それも短くて、と、仮定して、だよ? イーグルの王子の場合は、多少なりともフィオリナ様の血を濃く引いてるから、軽く3倍は生きるかも」


「おれは3倍?」


 さすがのアスベルも青ざめる。


 それは果たして人間と言えるのだろうか?


 人間の範疇を逸脱している気がするが。


「第二王子は平気だと思うけどイーグルの王子は気を付けて」


「なにを?」


「その目が証明するようにイーグルの王子は、フィオリナ様の血を濃く引いてる。だから、突発的に神として力が覚醒する可能性も無ではないという意味だよ」


「……おれは本当に人間なのか?」


「第二王子はほぼ人間と言える程度だけど、イーグルの王子は半人半神と言った方がいいかもね」


 自分が半人半神だと言われ、アスベルは言葉をなくした。


 フィーナも自分の婚約者は呪われた邪眼の王子どころか、半人半神という尊い御身だったのだと知って、今更のように周囲の勘違いが哀れになった。


 そんなに尊い王子を周囲は誤解から忌み嫌っているのだ。


 許されることではない。


「つまりその場合、アスベルがもし神としての力を覚醒させたら、トールのように狙われる可能性が増す、という意味か、賢者殿?」


 確かにさっきマリンは言った。


 フィオリナの力を引き継いでいたら狙われたかもしれない、と。


 その可能性がアスベルにはある。


 つまり彼が狙われる可能性も無ではない、ということだ。


「まああくまでも最悪の場合、だけどね。覚醒するのかしないのか。それはフィオリナ様にもわからないって言ってたよ。どっちに転がってもおかしくないって」


「やめてくれ……」


 透と違って半人半神程度のアスベルでは、例え力を覚醒させてもヴァルドには太刀打ちできないだろう。


 思わず頭を抱えてしまった。


「ただね、そこまでの力を秘めていないなら、イーグルの王子には呼び水の資格が持てなかったってことなんだよ」


「トールを、神子を招けなかったって意味か?」


「そう。だからある意味でフィオリナ様が人として生きることになったのも、そのときにイーグル王と出逢ったのも運命だったのかもしれないね。遥かなる昔から決まっていた」


 神子はイーグルに出現する運命。


 そしてそこにはフィオリナの血を引く王子の存在が必要。


 これらからフィオリナ自身ですら関知しないところで運命の輪は回っていたのだ。


「だからね、異境からの客人」


 マリンの目が暁と隆に向いた。


 飲まれて黙り込んでいたふたりに。


「こちらの世界の人間には、なんらかの形でフィオリナ様の守護が働いている。だから、神子を護ることもできるし、足枷にならないように自分の身を護ることもできる。でも、ふたりにはそういう守護がない」


「「……」」


「そのくせ神子との繋がりは人一倍。正直なところ、ふたりがいると神子に危険が増すばかりで困るんだ」


「おい、マリン。そこまではっきり言わなくても。ふたりともきっと混乱してるだろうし」


「トール様。情けはダメだって言ったよね?」


「ううっ」


 透が黙り込む。


 だから、この話し合いは彼も認めているのだと、ふたりにも伝わった。


 孤立無援で唇を噛む。


「拒否はきかない。今すぐこの場で帰ってもらうよ?」


 マリンが手を掲げる。


 暁と隆が思わず席を立った。


「兄さんっ!?」


「透っ!? どういうつもりだっ!?」


 白い光がマリンの手から生み出され、ふたりを包んでいく。


 透は泣きたい気持ちでそれを見ていた。


「ごめん。俺はふたりを死なせたくないんだ。だから、嫌われてもいい。ふたりを地球に帰す。ごめんな、暁? 父さんや母さんによろしく。今までありがとうって伝えてくれよ」


「嫌だよ、兄さん!! ボクは嫌だっ!!」


「隆、叔父さんや叔母さんによろしく。おまえ。ちゃんと医者になれよ? いい医者になるのを願ってる」


「透っ!! おれは……おれはおまえがっ」


 隆がなにか言いかける。


 だが、それは声にはならなかった。


 マリンが生み出した磁場に包まれて、もう声が届かないのだ。


 泣き出しそうな顔でふたりが透明な壁を何度も叩いている。


 透は唇を噛んで、それを眺める。


 最後まで見ていようと視線を逸らさずに。


「……サヨナラ」


 ふたりの姿が消えるとき、透はそう囁いた。


 暫くだれも動かない。


 やがて席を立ったのはランドールだった。


 見上げる透の髪を撫でる。


 大人の男らしい余裕があった。


「もう……泣いてもいいのだぞ? 神とはいえ、そなたにだって心はあるのだから」


「うん。……うん」


 ポロポロと透は泣いた。


 テーブルにうつ伏せていつまでも泣いていた。





「だからー。アスベルとルーイの王位継承問題をなんとかしたいんだってば」


 アスベルがいつも使っている寝台に寝っころがって、足を上にあげてぶらぶらさせている透がそう言った。


 透はあれからというものランドールの寝室か、アスベルの寝室にしか滞在を許されていない。


 夜は、と、条件がつくが。


 大抵はランドールの寝室にいるのだが、たまに気が向くとこうしてアスベルの寝室にやって来る。


 ランドールの鶴の一声があるので、透が自由にあちらこちらの宮殿に出入りしても、特に咎める声はあがっていない。


 何故なら周囲はランドールが透を一度抱いたと思っているからである。


 つまりランドールの愛人、と思われているのだ。


 そのせいで咎められないのである。


 だが、その論理が通用するのはあくまでも王の宮や第一王子の宮だけだったりする。


 ルーイは透を兄として慕っていて彼を宮に入れたがるが、カスバルが許可しないのだ。


 お陰で最近ルーイの機嫌が悪い。


 特に彼は友達が帰ってしまったという理由もあって余計に機嫌が悪いのだ。


 カスバルは透がその王妃と同じ顔で、王をたぶらかしたと信じている。


 だから、ルーイもたぶらかすと信じていて、透を宮に入れたがらないのだ。


 誤解もいいところなのだが、カスバルのルーイへの寵愛は深く透から見れば「あれって一種のショタコンだよなあ」の世界だった。


 カスバルは悪い人ではないのだ。


 ただ思い込みが激しいというか、一度信じたことが揺らぐことはほとんどない。


 彼にとって王に相応しいのはルーイであり、アスベルは国を滅ぼす呪われた王子で、王はその兄王子に肩入れするため、邪眼の王子にたぶらかされた愚王。


 そうして透は王妃と同じ顔をしていることを武器に、宮殿を掻き回す異分子、というわけだ。


 思い込みも甚だしいが彼に言わせれば、すべて自分が正しい、となる。


 彼をなんとか説得して味方に引き入れないことには、アスベルとルーイの王位継承問題は、そう簡単には片付かない。


 何故ならルーイを王位につけようという動きの先頭にいるのが、当のカスバルだからだ。


 正直なところ、ルーイもカスバルの寵愛が重たいらしく、最近はあまり近付けない。


 何故なら大好きな兄ふたりに近付くことを許可してくれないからである。


 それこそ王位継承権を持ってない透すら近付けてくれない。


 これでルーイにカスバルを許してやれと言っても無理だ。


 最近はルーイとカスバルの仲もぎくしゃくしてきていた。


 透が危惧するのも尤もである。


 彼にしてみれば母が慈しんだ国であり、ふたりは母が産んだ所謂兄弟みたいな関係だ。


 気にするなと言われても無理だ。


 だが、アスバルは首を振る。


「なんでー?」


 透は納得しない。


 寝台の上でジタバタと暴れだした。


「トール」


 優しい声がして振り仰げば、いつのまにかアスベルが傍にいて寝台に腰掛けていた。


 その手が透の髪を撫でる。


「もう無理するな」


「無理なんてしてないよー。俺は本心からー」


 言い募る透の頭を寝台に押しつけてくる。


「ブッ」


 透が余計にジタバタと暴れだす。


 そんな透に声が届いた。


「あのふたりが帰ってから、トールは無理ばかりしてる。笑いたくないのに、そんなに無理に笑わなくていいんだ」


 その言葉を聞いて透の身体から力が抜ける。


 うつ伏せた肩が震えていた。


 泣いているのだ。


「こんなの俺じゃないよー」


 弱々しい泣き声が聞こえる。


 透は泣きたいときに泣けないらしいと、最近アスベルたちは心配していた。


 父王もルーイも、それにログレスの兄妹も、アインまで皆気にしているのだ。


 あの明るかった透が無理に笑うようになったから。


 でも、何度言っても透は現実を受け止めてくれない。


 泣きたいときは泣いたらいいのに。



「らしくなくても泣きたいときは泣くべきだ。そんなおまえを見ているのは、周囲にいるおれたちだって辛いんだぞ?」


「ひっく。ひっく 」


 泣き声はもうしゃくりあげる声に変わっている。


 いつまでもずっと髪を撫でておく。


 すると泣きつかれたのか、やがて透は眠ってしまった。


「「眠ったの(か)?」」


 そうやって現れたのはランドールとエドだった。


 マリンはこういうときは気を利かせて姿を現さない。


「相当無理してたみたいですね。しゃくりあげて泣いていたかと思ったら、突然、気絶するように眠ってしまって」


「最近は本当に無理に笑っているのが、見ている私たちにもわかっていたからね。痛々しかったよ。」


「その役目、わたしがやりたかった。普通、年長者の役目だろう?」


「父上」


 父親の嫉妬にアスベルは呆れる。


「泣きつかれて寝ている顔だな。可哀想に」


 ランドールが透の髪を撫でる。


「では連れ戻そうか」


「待ってください。父上」


「なんだ?」


「今日はこのままここで寝かせてあげてください。ここでも大丈夫だとマリンも言っていたし」


「だが」


「抱いて連れ戻そうとしてトールが起きてしまったらなんにもならないでしょう? 折角辛いのを忘れて眠れているんです。できればこのまま眠らせてやりたい」


 そう言い募るアスベルをランドールは微笑ましそうに見ている。


 彼はなにも言おうとしなかったが、ランドールが折角口を噤んでやっていた事実をエドワードがあっさりとアスベルに告げてしまった。


「なんだかすっかりトールの本当の兄上だね。アスベル」


「……え」


 アスベルが赤くなる。

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