世界最強の英雄王たちに愛された唯一無二の聖女~逆ハーレム? いえ、一途です~

第1話

 初代神帝ディーン・ディアスが築いた絶対君主制度。


 俗に言われるカミュレーン政権は、今かつてないほどの繁栄のときを迎えていた。


 祖王の寵児との呼び声も高い名君リュシオンが7代神帝を名乗って、少なくない時が流れている。


 歴代で存在しなかった祖王の色彩を受け継いだ初めての皇族。


 それが6代神帝の世継ぎリュシオンだった。


 祝福の色と呼ばれる黄金色の髪と、神格の瞳と呼ばれる蒼い瞳。


 このふたつは覇権の象徴ともいわれ、祖王以外に確認されていない。


 歴代の皇族のだれにも、始祖の色彩を受け継ぐことはできなかったのだ。

 だが、後に先祖返りだと言われる6代神帝セラヴィンの世継ぎの君リュシオン皇子(後の7代神帝)だけが、祖王と同じ色彩を持って産まれた。


 すなわち黄金色の髪と神格の蒼い瞳である。


 奇跡の御子と呼ばれるほど、例外につぐ例外を引き起こし、最年少で帝位を継いだだけでなく、世継ぎをも得たリュシオンは、まさに英雄王の申し子だった。


 祖王。

 英雄王。

 初代神帝。


 様々な呼び名をうけてはいるが、これはすべてひとりの少年を意味する。


 混沌とした世を短期間に平定し、世界最古の覇王となった初代神帝ディーン・ディアスを。


 古代の世界は戦乱の最中にあったという。

 初代神帝ディーン・ディアスは、忽然と歴史に姿を現し、短期間で次々と城を攻略していき、民たちの支持を集めていった。


 その手腕は神がかり的ですらあり、当時の人々はディアス神帝を生き神のごとく崇めていたという。


 神話ではディアスは不老不死の異端者として描かれている。


 不老不死として生きていたディアスが、永遠の生命を代償に伴侶を得、そうしてカミュレーン皇家が始まるのだ。


 これは神話の物語ではなく、現代まで続くカミュレーン皇家の創世記でもあった。


 その名残のように皇家の者は例外なく、不老長寿の寿命を持って産まれる。


 老いることのない肉体。

 肉体と同時に成長しない自我。


 神話を肯定しているような特徴をもつカミュレーン皇家ではあるが、この世界はもともと長寿であり、皇族の特徴が抜きん出ているだけという説もあった。


 それでも建国以来の因縁を引きずって、鎖国を徹底している唯一の国家、リーン王国がひどく短命なのを思えば、神話もすべてが創作ではないかもしれない。


 皇家の血が他の貴族に混じることで、民にまで長寿化の恩恵が行き届いたカミュレーン皇家。


 対して徹底的な鎖国を行い、カミュレーン政権との関わりを絶ってきたリーン王国。


 2国の違いはそのまま神話を肯定するものなのかもしれなかった。


 時はカミュレーン政権ではゆるやかに、リーン王国ではめまぐるしく流れる。


 祖王が築いた栄華は揺らぐことなく、カミュレーン政権はますますその力を強くしていき、過去に覇権争いに敗れたリーン王国では、いまだにそのときの確執から抜け出せずにいた。


 時の流れのゆるやかなカミュレーン側では、すべては過去の出来事に過ぎない。


 英雄王の残した英雄譚に過ぎないのだ。


 だが、敗者であるリーン国民は忘れることができなかったのだろう。


 それは皮肉な現実だった。


 時の流れがゆるやかなカミュレーン側では、すでに想い出に変わっているのに、世代交代の進んでいるリーン王国が、過去を忘れられないとは。


 それは7代神帝リュシオンの即位からこちら、さらに悪化していた。


 まるで祖王を思い起こさせるリュシオンの噂が、リーン国民をあおるのだ。


 特にリュシオンが即位するのと同時に産まれ、常に彼と比較されてきたリーン王国、現国王ウィルフリートは顔も知らない7代神帝に対して、憎しみに近い感情を向けている。


 問題視されるほどの執着とともに。


 即位と同時に迎えた正妃を亡くし、以後ひとり息子の世継ぎの君セインリュース皇子と生きてきたリュシオンが、次の妃を迎えたのは長い時が過ぎてからだった。


 望まれても振り向かなかったリュシオンが、自分から望んだ花嫁の名は聖稀エディスターシャ。


 リュシオンの姉姫を母親にもつ、侯爵令嬢のひとりである。


 ふたりのあいだには双生児の皇子と皇女が産まれたが、子供たちが初めての誕生日を迎える前に、彼女は姿を消していた。


 それから長い時が流れても、リュシオンが他の姫君を求めることはなかった。


「アリステア……」

 低く恫喝するように名を呼んだのは、この部屋の主たる神帝陛下だった。


 控えていた秘書官の青年アリステアはビクリと首をすくませた。


「俺はもともと気の長いほうじゃないんだよ。何回言わせる気だ? 難癖をつけるだけの疲れる謁見には出ないと言ってるだろうがっ!!」


「しかし……」


 蒼い瞳を怒りに輝かせ、睨み付ける神帝にアリステアは瞬時に青ざめた。


 できることなら回れ右をして逃げ出したかったが、役目柄それもできない。


 アリステアが自分の役職を恨むのは、こんなときだった。


「俺が謁見に出たら絶対にケンカを売るぞ?」


「脅すおつもりですかぁ……」


 情けない声をあげる秘書官に神帝は冷たい横顔を向ける。


「脅すつもりもなにも本音を言ってるだけだ。俺にはリュシオンみたいな真似はできない」


「……」


「あいつはバカとしか形容できないほどのお人好しだからな。理不尽な抗議でも、それが役目の使者を相手に感情をみせないだろう。冷たくあしらうこともないんだろうさ。でも、俺に同じ態度を望まれても無理だ」


 秘書官は相変わらず無言だったが、その顔には「そのとおりです」と書いてあった。


 どうやら自分の意見が無理難題であることは自覚しているらしい。


「もともとリーン王国のやり方には不満を感じていたんだ。こんな俺が出たら、絶対に物騒な展開になるよ、保証する。それでも出てほしいのか?」


 こう言われると肯定できないのが、アリステアの辛いところだった。


 だが、他に適任がいない以上、今はこの人に頼るしかなかった。


「無理を承知でお願い申し上げます。どうかリーン王国との謁見におでましください。神帝として礼節を保って」


「だから、無理だってっ」


 言い募ろうとする蒼い瞳を見据えて、アリステアは一言だけ確認をとった。


「リュシオン陛下のためなのです。それでもやっていただけないのですか? この謁見を断ったり、謁見で物騒な発言でもなさったときには、困った立場に立たれるのはリュシオン陛下なのですよ? リュシオン陛下の人望を奈落に突き落とされるおつもりですか?」


 痛いところをつかれて彼は思わず舌打ちした。


 これだから秘書官は苦手なのだ。


 一瞬でこちらの致命傷をついてくる。


「おまえくらいだよ。俺を相手にそんなことを言ってくるのは……」


 諦めの口調になったのを感じとり、ホッと安堵しながらアリステアがほがらかに答えた。


「父に鍛えられましたから。それにディアス陛下が申されるほど、冷酷な方ではないと知っておりますし」


「喰えないタヌキだな、おまえって……」


 心底恐ろしいとアリステアの瞳を覗き込み、ディアスが身震いした。


 秘書官の眼前に座しているのは、まぎれもなく7代神帝リュシオンその人にみえたが、実は別人なのだ。


 蒼い瞳。陽光をはじく黄金色の髪。


 そしてディアスという呼び名。


 すべてが教えるように彼は歴史に名高い初代神帝ディーン・ディアス本人である。


 説明すると長くなるから省くが、ディアスは現在7代神帝の御世に遊びにきていて(もちろん時空をこえて)ここしばらく行方不明となっているリュシオンの代理を押しつけられているところだった。


 代理というより替え玉といったほうが正しいが。


 それが可能になったのは先祖と子孫でありながら、双生児の兄弟のような、瓜二つの容姿のせいだった。


 若干の差はあるのだが、ふたりの顔立ちは親しい者ですら、時々間違えるくらいは似ている。


 だから、変装なしで入れ替わることが可能になるのだ。


 ディアスはそのそっくりな外見をいかし、現在、リュシオンの身代わりをやっている最中だった。


 だが、問題がひとつあった。


 さきほどからの彼の科白のように、ディアスはとにかく気性が荒い。


 豪傑な性格の持ち主で、戦乱の時代を勝ち抜いた英雄らしく短気である。


 気さくな人柄であるため、怒っても尾は引かないが、ディアスの辞書に手加減という文字はなかった。


 彼が妥協をみせるのは、7代神帝リュシオンに関連することだけだった。


 ディアスは同じ顔の子孫、リュシオンに対しては、周囲が呆れるほど溺愛している。


 きっかけがふたりのあいだの確執が原因だと思うなら、ディアスの態度は罪滅ぼしにもみえる。


 しかしディアスはあけすけな性格なのだ。


 罪滅ぼしで優しく振る舞えるほど器用ではなかった。


 リュシオンに対する愛情は罪悪感とは無縁の彼の本音なのだ。


 祖王の寵愛を一身にうけているリュシオン自身の感想は「そんなになつくな。うっとうしい」となるが。


 リュシオンが姿を消すのは、実はそれほど珍しいことではない。


 この時代では周知の事実だが、実はリュシオンには出奔する特技(?)があった。


 さっきまで王宮にいたと思っても、次の瞬間にはどこかの街に出没している……という具合に。


 神帝がお忍び好きとは臣下にしてみれば笑えない事実だが。


 遊びにきたのを幸いに身代わりを頼まれたディアスだが、実はすこし疑問を感じていた。


 リュシオンはささいなワガママで周囲を振り回すのは好きだが、それなりの基準を持っているらしく、周囲が不安を感じる前に王宮に戻っているのが、これまでの常だった。


 まだだれにも教えていないが、自然界のバランスが狂っている。


 いつもならリュシオンが無意識に保つはずの均衡が、今崩れているのだ。


 怯える精霊をなだめ従えているのは他でもない。


 ディアス本人だった。


 ディアスが覇王としての力を発揮して、精霊を従え自然界のバランスを保っているのだ。


 これはディアスだからこそできた芸当だといえる。


 ただし不可能がないようなディアスでも、別人であるリュシオンの代理を長く続けることはできない。


 自分が生きている時代が、ディアスの治めるべき時代なのだ。


 この時代が必要としている覇王は、ディアスではなくリュシオンなのである。


 たとえディアスの力がリュシオンより勝っていても、どこかに矛盾が生じている。


 軋轢はやがて大きな歪みとなるだろう。


 ディアスにも抑えきれなくなるときがきっとくる。


 このままリュシオンの不在が長引けば。


 リュシオンは意識的に自然界に働きかけたことはない。


 彼には自分が精霊を従えているという自覚がないのだ。


 無意識にやっていたことなのである。


 精霊に慈愛の心を向けて安心させる。


 それがリュシオンのやり方。


 無意識に知っている最良の統治。


 なのに今のリュシオンはそれをやっていない。


 無意識にできたことができなくなる。


 それはリュシオンの身にただならぬ事態が起こった証。


 状況があまりに不穏で、ディアスの不安をさらにあおる。


 いやな予感に焦げ付くような感覚を覚え、ディアスは自然と苦い顔になるのだった。


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