第42話
早朝。世間では小さな子供が枕元に置かれたプレゼントをキラキラ笑顔で開封している頃。もちろん、僕にサンタクロースはもう来ない。でも。僕には今日、それ以上のプレゼントがあった。
枕元のスマホに表示されるのは『詩音くんと旅行』の文字。絵文字のひとつも無いその1文だが、未だかつて無い程に胸が胸を躍らせながら入力したのを覚えている。
今日という街ではハンドベルの曲が鳴り響くよくな陽気な日に似合わず、この地域では雪なんてものは降らないけれど、幸いにも窓の外は快晴で、強い日差しがカーテンの隙間から僕を照らした。
当たり前ながら、もう隣に詩音くんはいない。1人で寝るのはこんなに寒かったのかと実感させられた。
意を決し、暖かい布団に別れを告げてベッドを出る。いつの間にか床に落ちていた抱いて寝たはずのクマのぬいぐるみをベッドへ戻すと、僕は部屋を後にした。
リビングからは、なにやら話し声が聞こえる。それは意外にも一茶と詩音くんに加え、ひなたの声まで混じっていた。
慌てて洗面台の元へ駆けて行き、寝癖が許容範囲内であることを確認してからリビングへ駆け込む。丁度テーブルを囲んでなにやら話し込んでいた3人は、すぐに顔を上げて目を丸くした。
「あれ、楓まだ早いよ」
ひなたがひょこんと寝癖を揺らして首を傾げる。
「こっちのセリフやわ」
と僕はそんなひなたの隣へ腰を下ろした。
よく朝ごはんを作ってくれる一茶や、今日は旅行の当日である詩音くんが起床しているのはまだ分かる。でも。いつもねぼすけなひなたが何故ここにいるというのだろうか。
そんな意図が彼にも伝わったのだろう。ひなたは親指と人差し指で顎を擦りながらニヤリと口角を上げた。
「なんでか知りたい?」
「あー、別に。結構です」
ドッと、一茶と詩音くんの笑い声が上がる。そんななか、ひなたは一人口をとがらせ眉をひそめた。
「俺朝飯持ってくるわ。ひなたんもお願い」
ひとしきり笑い終えた一茶は、そう行ってくる席を立ちひなたの頭へ手を置いた。ひなたは恋人のお呼びだと言うのに、相変わらず拗ねたままで一茶の後をつけて行った。
「ひなた、寂しいってさ」
詩音くんが言った。
本当に彼がそう言ったかはわからない。けれど。ひなたならきっと寂しがるだろう、と僕もそう思った。
「連れてってやればよかったかな」
つい、そんなひなたが哀れで苦笑を浮かべてしまう。しかし、そうすると今度は詩音くんが口を尖らせてあざとく頬を膨らませた。
「なにぃ、せっかくもうすぐで1年の記念旅行なのに」
少し、驚いた。詩音くんが2人きりを望むのか、と。なんの意図があるのだろうか。もう一茶への仲良しアピールは十分だろうに。
僕が答えあぐねていると、彼はハッとして更にジトリと目を細めた。
「あ、さては忘れてたでしょ!」
忘れてたなんて、と思う。なんと返すべきだろうか。彼の背後に用意されたクリスマスツリーへ視線を移すと、てっぺんで黄色の星がキラキラと輝いていた。
僕たちが付き合いだしたのは春休み中のこと。その桜とは相反する存在を見て、僕は首を捻った。
「あと少しって……まだまだ先やろ」
「あれ、まだ1年経たないの?」
詩音くんは、きょとんと目を丸めてからしゅんと項垂れた。
別に、詩音くんが記念日を覚えているとは思っていなかったし、僕はこう見えて実はわざわざ記念日を祝うようなタイプでもない。
だからむしろ、記念日を気にしてくれたと言うだけでもなんだか微笑ましくて、僕はふはっと声を上げた。
「俺らはまだやけど……確か一茶とひなたはクリスマスの日やなかった?」
落ち込む彼のため、少し話題を変えてアプローチをかける。
「え、まじ? その割にひなたテンション低くない?」
詩音くんはすぐに僕の思惑通りに元通り元気になり、目を丸めた後に不思議そうに首を傾ける。
「あー、ひなたは覚えてへんのやろ」
僕が適当に笑い飛ばすと、彼もまたケラケラと愉快そうに笑い声をあげた。
少しして出てきた料理はいつもよりも更に豪華で、早朝だと言うのにまあるくて大きなハンバーグが2つ並んでいる。
ひなたはその隣に鎮座したプチトマトを僕のお皿へ押し付けるが、僕はひなたの両頬を手で鷲掴み、それを丁重に彼の口内へとお返ししながら一茶へと視線を送る。
「なんか今日豪華やない? ひなたとの記念日祝いなん?」
「違う違う。ひなたが置いてかれて寂しがってるから、慰め飯だよ」
一茶はそんなに否定しなくていいのに、と思うほど首をブンブンと横に振り苦笑を浮べる。
一方、ひなたはバッと勢いよく顔を上げて一茶を見つめた。
「俺らの記念は焼肉デート行くもんね? ひーなたんっ」
そう口角を上げる一茶の目は笑っていない。ひなたも大変そうだ、と思うのが半分。こんなにわかりやすい記念日でよく忘れられるよな、という思い半分。
ひなたは焦ったように目を泳がせて、一茶の機嫌をとるように肩に触れた。
「焼肉、奢るね?」とひなたが甘い声をだす。
「おぅ。食べ放題にするからな。1番高いの」
「ひぇ……」
そうして、少し怖い一茶と別の意味で少し怖いひなたを眺めながら朝食をとり、準備を済ませて玄関へと立つ。
小さめのスーツケースを持った詩音くんは、嬉しそうにお見送りをする2人の方へ振り返った。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらー、頑張れよ」
上機嫌の詩音くんとは相対的に、あっさりと一茶が返す。しかし。そんな一茶と目が合うと彼はニヤリと口角をあげた。
「覚悟して行ってこいよ?」
なんの事だ、と思い思わず首が傾く。確かに覚悟は必要だけれど、このことは一茶にもひなたにも言っていないのに。
しかし、そんな様子を眺めていたひなたは、したり顔で白色で中身の分からない封がされた袋を僕へと押し付けた。
「ほんとにやばいから。それは着いたら空けてね」
やばい、とは何を指すのだろうか。実を言うと、僕は旅行計画は愚か、行先すら知らない。詩音くんが、自分で計画を立てたかったらしい。
だから、よく分からないけれど。気がつくと柄にもなく心が踊っていた。どうせ、帰ってきたらまたひとりぼっちなのに。でも。だからこそせめて、この旅行だけは、思う存分楽しむんだ。
僕はそう、覚悟をきめた。
「楓、今日もいい匂い」
ひなたがふっと微笑んだ。
「ただの香水やで」
僕はそう言って、彼へ手を振った。
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