第24話 上級国民 【新しい敵】


【ジャメル卿視点】


ーーロントモアーズ王室会議ーー


 まさかビッカとバラタッツが捕まるとは思いもよらなんだ。

 

 馬鹿な奴らめ。


 しかも、ビッカは脱獄までしたらしい。


 国王は厳格な男だ。


 ビッカとワシの関係を絶対に知られてはならん。


「ジャメル卿。魔法研究所は今後どうなるのだ?」


「ブヒョヒョ。心配はいりません国王様。エマ騎士団長がシンという男を推薦しましてねぇ。その者が所長になるようでございます」


「ほぅ……。シンとな?」


「ええ。同盟国ザムザから引き抜きにあったエリートでございます。今年の花火は彼が設計いたしました」


「ふむ……。確か、7色の花火だったな。見事な花火ではあったが、去年の方が良かったように思う」


「ははは……。去年は他の者が設計した花火でございますよ」


「確か……。アリ……。えーーと。アリアス・ユーリィだ! 去年の花火を設計したのはアリアスだろう?」


「はぁ……。よ、よくご存知で」


「城内でももっぱらの噂でな。彼は相当に腕のいい設計士のようだな。アリアスが所長になった方が良いのではないか?」


「そ、それが……」


 クソッ!

 ビッカのバカがアリアスをクビにしたなんて言えぬ!


「アリアスは辞めたのでございます」


「辞めた? なぜだ?」


「そ、それは……。解雇については現場の意見が最優先ですので、詳しくは把握しておりません」


 不味い。

 国王はアリアスの存在を知っていたのか。


 まさか一介の設計士ごときが国王に名を知られていようとはな。


 事情を調べられては厄介だぞ。


 ワシとビッカの関係がバレてしまう。


 ワシが、魔法設計の費用を1割多く請求して、それをくすねていることがバレてしまう!!


 なんとしても、ビッカとは無関係を貫かなければ……。


「アリアスは優秀な設計士だと聞いているぞ。連れ戻すことはできないのか?」


「そ、そうですね。ブヒョヒョ。では、私の方でアリアスの調査をさせていただきます」


「うむ。良い報告を待っているぞ」


 ぐぬぅ……。

 国王の機嫌を損ねては不味い。


 国王の指図一つでワシの首など吹っ飛ぶわい。


 この環境大臣の座はなんとしても死守せねばならん。


 予定は変更しよう。

 奴を殺すのはやめだ。


 なんとしてもアリアスには戻って来てもらうぞぉお。



◇◇◇◇


【アリアス視点】


 記者たちがする取材の対応は大変だった。


 研究所の設立から、その役目まで、ありとあらゆることを聞かれる。


 しかし、その甲斐あって、研究所の存在が王都に知れ渡った。


 新聞は飛ぶように売れ、お化け屋敷として有名だった研究所には見物客で賑わう。


 みんなは女の絵が描かれたブロマイドを持っていた。


「アーシャーウーマンには、ここへ来たら会えるって聞いたんだけど?」


 アーシャーウーマンとは、そのブロマイドに描かれた美女のことだ。


 あの日、ハードアントから王都を救った女性。


 流星メテオによって蟻の大群を蹴散らした美女。


 アーシャーのように勇ましく強い女。だからアーシャーウーマン。


 魔法兵士たちの噂によって、王都中に広まった。


 その正体は僕の古代魔法によって英霊召喚を行ったおヨネさんの姿だ。


 ボーバンには部下たちに彼女の正体を内密にするよう伝えているのだが……。


 噂とはどこから漏れるのかわからないもので、アーシャーウーマンは新聞でもとりあげられ、ブロマイドのみならず、人形、壺、絵画等、そのグッズは飛ぶように売れた。


 新聞には【正体不明の伝説の美女】と前置きがつけられ、誰がつけたのか、アーシャーウーマンという呼び名が紙面を騒がせた。


 その飛び火が、この研究所にも来ているのである。


「アーシャーウーマンどこぉ? 俺、めちゃくちゃファンなんだけどぉお」

「私、アーシャーウーマンに憧れているんです!! 一度でいいから見てみたい!!」

「わしゃあ、アーシャーウーマンに会えたら死んでもええ!」


 とまあ、老若男女様々な人種に人気がある。


 僕たちは嘘が嫌いなので、しっかりとおヨネさんに対応してもらうことにしているのだが、当然、そんなことでみんなが納得するわけもなく。


「「「 アーシャーウーマンどこぉお? 」」」


 おヨネさんは天使のような笑みを見せて、


「きっと、みんなの心の中にいるのよ」


 と言うのだった。


 当然、みんなは納得するわけもなく。


 渋々、帰って行くのだった。


 ボーバンはアーシャーウーマンのグッズを買い集めているらしく、顔を赤らめて、


「なぁ、アリアスよ。あの古代魔法、もう一回使ってくれんかな?」


 と言う。


「あの魔法は一回きりが条件なんだ。残念ながら無理だな」

 

 そう伝えると、彼は空を仰いで黄昏れるのだった。


 やれやれ。


「みんなアーシャーウーマンの話で持ちきりだな」


「アリアスの偉業も彼女の魅力の前では霞んじゃうわね」


 新聞には流行り病を治療したのは僕の功績ということになっていたのだが、都民の話題はもっぱらアーシャーウーマンである。


「いや、それは怪我の功名かもしれん。僕は特に目立ちたいわけではないからな」


「まぁねぇ。目立ってもいいことなんてないもんね」


 そういえば、カルナも王都では人気だ。


 アーシャーウーマンほどではないが、ブロマイドが作られてグッズが売れている。


 たしか、【ジルベスタルの美少女騎士カルナ】だったか……。


 これを言うと怒るから言えんのだがな。


 強くて可愛いというのは正義なのだなぁ……。


 見物客を見送ると、研究所前にある細い路地からズルズルと何かを引きずる音が響いた。


「ちょっとアリアス。何よあの音ぉお?」


「わからん……」


 路地から巨大な影が見えたかと思うと、それは大きな男の姿だった。


 体が太り過ぎて、小さな路地の隙間に肉が引っかかっているのである。


 壁に擦れてズルズルと音が鳴っていたようだ。


 それは50代の男で、スキンヘッド。垂れ目のイヤらしい顔をしていた。


 10人以上も部下を連れており、立派な服を着ている。


 この顔、見たことがあるぞ?


 確か、ロントモアーズの環境大臣だ。


「ブヒョヒョ……。こ、この路地は狭いのぅ……。ワシの体が通るのが大変じゃわい」


「ここは魔法研究所です。なんの御用でしょうか?」


「頭が高い!! 控えおろう!!」


 と部下は大きな椅子を用意する。

 

 太った男はその椅子に腰掛けた。


 控えろと言われてもなぁ。


 ここはジルベスタルだからな。


「ブヒョヒョ……」


「ここにおわす御かたは、ロントモアーズ環境大臣。ジャメル・オーボッス様なるぞ!!」


 ああ、そうだジャメル卿!


 城の会議に参加した時に見た記憶がある。


「僕はこの研究所をしています、所長のアリアス・ユーリィです。ロントモアーズの環境大臣がこんな所になんの御用でしょうか?」


「ほぉ……そなたがアリアス……。噂には聞いとったが冴えない男じゃのぉお」


「ジャメル卿。私はジルベスタルの第二騎士団、団長のカルナ・オルセットです。確かにアリアスは普段は冴えない男です! しかし、いざとなったら頼りになります!! 普段が冴えないだけです!!」


 それ褒めているのか?


「ブヒョヒョ……。騎士団長にしては随分と美しいな……。部下に欲しいくらいだ」


 やれやれ。


「なんの御用です?」


「ブヒョ……。うむ。単刀直入に言おう。戻ってこい」


 ?


「なんのことでしょう?」


「ロントモアーズに戻ってこいと言っておるのだブヒョ」


「……私はここの所長をしています。離れるわけにはいきません」


「ブヒョヒョ! アリアス。たとえ所長をしていても、貴様などは下級国民にすぎん」


 下級国民とは随分と酷い表現だな。


「私は上級国民だ。生まれも、素質も、貴様とは格が違う。格がな!」


「……とは、言われましてもここはジルベスタルで、僕はもうここの国民なのです」


「ああ、違う違う。勘違いするでない」


「……なんのことです?」


「これは頼んでいるのではない。頼んでいるのではないのだよ──」


 彼は嫌な笑みを浮かべた。






「戻れ、としたんだ」






 やれやれ。

 態度がよろしくないな。

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