第6話 敗牝令嬢
──地獄から抜け出した先は、またしても地獄であった。
古城探索の戦利品として回収された宝剣──ゴブリンの集団と戦った際に、刃先が中程から折れてしまっていた──を、事情を説明して返却してもらった令嬢勇者は、再起を図るべくまずは実家を頼ろうとした。
久しぶりの我が家に入ろうとした矢先、衛兵に摘まみ出された。一体何事かと近くに居た使用人に問えば、令嬢は既に死んだという。──令嬢勇者の一党がゴブリンに敗けた不名誉は、既に両親の耳に届いていたのだ。家長である令嬢の父は、直ぐ様この恥晒しの名を家系から消し去ってしまった。
故に、今更令嬢本人が出て来たところで、それは公爵令嬢を騙る不届き者に他ならない。本来であれば不敬罪としてその場で斬り捨てられてもおかしくはないのだ。
帰る家を失い絶望に打ちのめされる令嬢勇者。
かつての主人を哀れに思った使用人は、僅かばかりの見舞金を握らせると再び衛兵に見付かる前に立ち去るよう、涙ながらに促した。
再び街へと戻って来た令嬢は、使用人から貰った金を頼りに最低限の装備を整えると、日銭を得るべく冒険者ギルドへと向かった。──腰にはあの折れた宝剣が佩かれていた。唯一手元に残った思い出の品であり、打ち直してでも使うつもりだった。
「もし、そこの方……わたくしと共に依頼を受けていただけないかしら?」
令嬢はぎこちないながらも一党を組むべく勧誘に挑戦した。が、しかし──
「お前……あの高慢ちきなお貴族様じゃねぇか。いつもの取り巻きはどうしたよ?」
「彼らは、その……死にました」
それを聞いたギルド内の冒険者たちは皆一様に
「ハッ、ざまぁねぇぜ」「散々俺たち平民を馬鹿にしやがって、良い気味だ」「貴族は平民とは組まねぇんじゃなかったのかよ」「ゴブリンを侮るからだ」「価値観が何だって?」「何で勇者だけ生き残ってんだ?」「ゴブリンに股でも開いて命乞いしたんだろ」「勇者様も落ちぶれたもんだな」「あんな奴、勇者じゃねぇよ」「
「そんな、違っ……わたくしは……っ!」
「まぁそういう訳だ、他を当たってくれ。尤も、失敗した奴と組む物好きが居るといいがな」
冒険者とは得てして験を担ぐ生き物であり、手酷く失敗した悪評はそれだけで避けられる要因として十分過ぎた。
加えて、利己的な
結局、どこの一党でも門前払いを食らった令嬢勇者は、渋々
だが、薬草に関する知識を持ち合わせていなかったが故に、駆け出しでも知識さえあればほんの数時間で終わる依頼に半日もかかってしまった。また不純物も多分に混じっていたため職員に呆れられた。
得られたなけなしの日銭で比較的良い宿を取る。これより等級が低い宿では広間に集団で雑魚寝かロープに寄り掛かって寝るかであり、路地裏で野宿するのと大した違いは無い。そんなものと比べたら食事こそ無いものの個室である分、遥かにマシであった。
安全は、金で買える。……ただ、それがいつまで続けられるだろうか。尽きない不安と空腹を疲労で無理矢理押し流し、どうにか令嬢は眠りについた。
次の日も、その次の日も……令嬢勇者はギルドで仲間を募り、そして撃沈し、渋々単独でもできる粗末な依頼を受け、日が暮れるまで働き、なけなしの金で宿を取る。
しかし、一向に生活は楽にならず、折角揃えた装備も宿代に消えてしまい、今や折れた宝剣だけが未練がましく吊られていた。これを手放してしまったが最後、勇者であることを諦めてしまう──取り返しの付かない致命的なことが起こる──そんな根拠もない予感が、かろうじて少女を冒険者に留めていた。
一応、他に売れるようなものが無い訳では無いが、それをするほど少女の心は落ちぶれてはいなかった。もし、一度でもそれに手を付けてしまえば、そうすることが日常になってしまう。それこそ『あの男』の思う壺であると、勇者の直感が言っていた。
「……こんなもの、わたくしの望んだ勇者ではありませんわ……!」
惨めな己の姿に、自然と涙が溢れた。
「……お姉さん、勇者なの?」
声のした方を向く。
ボロを纏った小汚い少年がそこに立っていた。
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