第8話 天敵

「――だ」


 その名前を聞いた瞬間、俺は銀髪にそれを聞いたことを心の底から後悔した。


「銀髪……悪いけどもう一度聞かせてくれないか? ちょっと良く聞こえなかったんだ」


 銀髪は不機嫌そうな表情を見せると再びその口を開いてくれた。


HORIEほりえだ」


「ほ……りえ……だと……」


 やはり聞き間違えでは無かったか……俺の好きになった女の子をことごとく奪っていった憎き名称……幼少期に始まり五十嵐さんに出会うまでの今日までに何人の堀江に苦汁を飲まされてきたことか。


 それ以来、堀江と聞いただけでイライラする。


 ――俺は堀江が嫌いだ。


 まさか銀髪の名前が堀江とは……おのれ堀江め……さては俺の五十嵐さんに対する想いを嗅ぎ付けて来たんじゃないだろうな。


「わたしの名前がどうかしたのか?」


「先制攻撃かっ!」


「なんなのだ? 意味がわからんぞ! 集塵が名前を知りたいと言ったから教えたんだからね」


 俺としたことが我が聖域に敵を侵入させてしまうとは……


 それとも今回の堀江は女の子だから警戒対象ではないのか? ひとまずクリアしなくてはいけない問題は銀髪の呼び名だな……正直、堀江なんて言葉を口に出したくはない。


「あ……下の名前……いや、フルネームを教えてくれないか?」


 堀江は恐らく苗字に間違いないだろう。そうだとすると名前の方なら抵抗なく受け入れることが出来る。流石に堀江堀江はありえないだろうからな……


「わたしの名前はHORIEだ。何度も言わせるな」


「違うんだ。苗字ではなくて名前の方を知りたいんだよ」


「?」


「俺の名前は集塵功しゅじんこうだ」


「知ってる」


「集塵が苗字で巧が名前だ」


「ふーん」


「わかるか? だからな、巧の部分を知りたいんだ」


「わからない」


 わからない……俺の伝え方が悪いのか? どう言えば伝わるんだよ……イライラするぜ。


「いいから、お前の名前を全部教えてくれ!」


「全部ってなに? HORIEだって言ってるでしょ! しっつこいなー!! バカなの?」


 バカとは何だ失礼な……コイツに言われたくないぜ。くそーどうすれば伝わるんだ。ここまで言って伝わらないとは……はっ! まさかとは思うが既に俺への嫌がらせを仕掛けてきているのか!? 


「なんてやつだ!」


「集塵……頭大丈夫か?」


「おまえに言われたくないわ!」


「わかった、わかった、集塵が何を考えているのか今、調べてあげるから」


「調べる? そんなことが出来るのか?」


「出来るよ。面倒くさいけど」


 何だかよく分からんが堀江の名前が分かるのなら何でもいいぜ……ここは頼んでみることにするか。というか何でさっきの説明で伝わらないんだよ。面倒なのはこっちだよな。


「何でもいいけど、お前に任せれば解決するんだよな?」


「集塵が何を考えているか分かればいいのだろ?」


「そうだな」


「それなら大丈夫だ。安心して大船に乗った気でいて」


「お前の頭で、よくそんな台詞が出てくるな?」


「喰われたいのか?」


「なんだよ、それは?」


「……」


「まぁ、とにかく頼むよ銀髪」


「オッケー! グーググ! 隣の部屋、借りてもいい?」


「オッケー! グーググ!」


 グッジョブサインを俺に向けながら何処かで聞いたことのある掛け声を残していくと、銀髪はペタペタと隣の寝室へ入っていった。思わず釣られて真似をしてしまったけど思い切り後悔している……やらなきゃ良かったぜ。


 ――しかし、一体何を始めようとしているんだ? 隣の部屋いっ……しまったー! アイツは敵だった! 迂闊うかつに人のいない部屋に侵入させるわけには行かない! 止めなければ!


 俺は急いで銀髪の後を追って部屋に入った。


「銀髪! ちょっとまて!」


「ぎゃーーーーーーーー!!」

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