第16話 桃太郎の悪い癖
人間って生き物は不思議だ…
妙に争い事を好む…
大した理由も無いのに仲間を傷付けて…
自分達の意思でそれをしているくせに、責任を問われると今度は妖怪のせいにしたがる…
妖怪に取り憑かれていた?
自分の意思じゃなかった?
嘘つくなよ…
俺達は何もしてない…
それなのに罪に問われて、とんだ大迷惑だ…
耳障りの悪い読経が今日も響く…
きっとご立派な内容の念仏なんだろうが、俺の耳には妖怪に対する ただの悪意に聞こえる…
どいつもコイツも自分の罪を棚に上げて、妖怪のせいにして笑ってる…
自分には罪など無いのだと…
悪いのは妖怪なのだと言って…
妖怪を見る人間の眼差しは、俺達にとっては脅威だ…
ヤツらは理解できないそんざに対してとても攻撃的だから…
俺はこの世に産まれてから、人間に殺されない術だけを身に付けてきた…
だって人間に殺されたくないから…
食われて糧にされる訳でもない…
本当に殺されるだけ…
そんなの嫌だ…
妖怪の俺から言わせれば、人間は無意味な大量虐殺を繰り返している…
俺達妖怪は被害者さ…
俺は人間達を、ただ怨んで生きてきた…
いつか復讐してやる…
この手で地獄へ叩き落としてやるのだと心に誓って…
その計画は実行に移されるはずだったんだ…
…何の力も持たない、このクソガキにさえ出会わなければ…
…桃太郎達が旅に出てから二日目の昼過ぎ…
ここは倉敷に近い街道沿いの茶屋…
店の外に用意された長椅子で桃太郎達はお茶と茶菓子を頂いていた…
桃太郎
「…ばあ様の吉備団子とはまた違った、もちもちと柔らかい生地…」
桜
「…その生地に優しく包まれた、甘過ぎない餡子…」
小太郎
「…一口で食べるには大きいが、手に持って食べ歩くには丁度良い形と大きさ…」
夜叉丸
「これを食すと、どんな人間でも笑顔になってしまうと言う…
…その名前は…」
桃太郎・桜・小太郎
「【高松の大福】!
お~いし~!!」
…この直前…
桃太郎達は店の商品を盗み食いしていたキツネの親子を追い払っていた。
しばらく何も食べていなかったのか、酷く狂暴な様子で店の主人に襲い掛かったキツネの親子。
目的は店主への敵意と言うよりは、大福と並んでこのお店の代名詞である手打ちうどんの具座の一つ…
油揚げだったようだ。
キツネに噛まれて腕をケガしてしまった主人に代わり、偶然居合わせた桃太郎がキツネの親子を追い払った…。
その時の感謝の意思表示として、店の主人は桃太郎達に店の商品を食べさせてくれていた。
ここは街道では有名な食事どころらしく、連日 多くの商人や旅の人が来店する。
…しかし…
キツネの親子が来た時も多くの客で賑わっていたのに、助けに入ったのは桃太郎だけ。
大の大人達でさえ無関心を装うとしたのに、まだ子供と呼べる桃太郎が助けに入った事が、店の主人は嬉しかったそうだ。
桃太郎
「店主さん!
旅のお供におにぎりちょうだい!
今度は金払うからさ!」
店主
「はいよ! まいどあり!」
商売人でありながら気の優しそうな店の主人。
儲けよりも人柄…
それが周りの人達から彼に対する評価だ。
…そんな性格の店主だから、彼はこの時 桃太郎が何をしようとしているのかに気付いていた…
桃太郎の手に握られたおにぎりが、誰の口に運ばれる事になるのかを…。
桃太郎
「桜! 夜叉丸!
ちょびっと出掛けてくるな!」
そう言って走り出す桃太郎。
元気に走る桃太郎の後ろ姿を見て、桜と夜叉丸も呆れたような視線で桃太郎の背中を見送った。
彼らもまた分かっていたのだ…
旅に必要な金銭をなげうってまで桃太郎がしたかった事に…
桃太郎
「…こっちの方へ逃げたよなぁ~。」
茂みを覗き込み、木の陰に回り込み、何かを探す桃太郎。
…そう…彼は…
自らが追い払ったキツネの親子を探していたのだ。
まるで雲のように白い毛並みのキツネ…
キラキラと光を反射する美しい毛並みを持ったそのキツネ達は、眉の部分に殿上眉のような黒い斑点が二つあると言う分かりやすい特徴を有していた。
見れば直ぐに分かる…
桃太郎は根気よく探し続け…
そしてようやく彼らを見付ける事が出来た。
身体の大きなキツネが身体の小さなキツネを守っている…
鋭い牙を剥き出しにして桃太郎を威嚇するキツネの親子。
桃太郎は彼らを刺激すまいと、少し離れた場所に店で買ったおにぎりを置いた。
桃太郎
「…キツネは雑食だから、鮭のおむすびなら食べられると思ったんだ…。
ここに置いておくから、後で食べな。」
…もう人の物を盗むなよ…
そう言い残して立ち去る桃太郎。
突然現れて突然去っていった桃太郎の様子を見ていたキツネの親子には、桃太郎がしたかった事は理解出来なかった。
不思議そうに桃太郎の後ろ姿を見送るキツネの親子。
彼らは桃太郎の姿が見えなくなってから、桃太郎が買ってきたおにぎりを口にした。
その表情からは険しさが失せ、やっと食事にありつけた安堵感で満たされていた。
この時…
キツネの親子はやっと理解できた…
自分達は助けられたのだと…
あの人間の子供に、命を救われたのだと…。
その事実を理解できてしまったキツネの親子は、いつまでも桃太郎が去っていった方を眺め続けていた…。
小太郎
「…本当に物好きだなお前は。
旅に必要な金を使ってキツネを助けるだなんて…。」
桃太郎
「小太郎! お前、また俺の懐に!」
小太郎
「仕方ねぇだろ?
夜叉丸と違って完全に霊体の俺は日の光に弱いんだ。
暗闇の中に潜むか、お前みたいに黒い服を着た人間の懐に潜むかしないと、長い時間外には居られないんだよ!」
桃太郎の懐から一連の行動を見ていた小太郎。
彼もまた桃太郎の取った行動に呆れながら、それでも悪い気はしていなかった。
人間であるかないかの分け隔て無く、困っている存在が居たら助けてしまう…。
小太郎はそんな桃太郎の性格によって助けられた者の一人…。
小太郎は普段は言葉に出さないが、桃太郎が選ぶ行動や判断を気に入っていた。
だから桃太郎があのキツネの親子を助けてくれた事も、小太郎には嬉しかったのだ。
まるで自分が助けられたようで…
桃太郎に感謝する気持ちが彼の心を満たしていた。
だからこそ心配だったのだ…
桃太郎の優しさが、いつか自分を苦しめる事になってしまうのではないかと…
仇となって桃太郎を襲いに来るのではないかと危惧して、小太郎の言葉を尖らせていた…。
小太郎
「あのな桃太郎!
お前の行動は良いものかも知れないが、それは時にお前の事を苦しめる事になる時もあるんだぞ?
誰かを助けるにしても、助ける相手は選ばないと…」
それを聞いた桃太郎の表情は、小太郎の予想するものとは違っていた…。
てっきり反感を買うとばかり思っていたのに…
心配する小太郎を不思議そうな表情で見つめ返す桃太郎。
そんな桃太郎の口から次に飛び出した言葉は…
小太郎を驚かせると共に、彼の事を更に困らせるのだった。
桃太郎
「何言ってるんだよ!
小太郎達が居るからオイラの間違いを正してくれるんじゃかいか!
だからオイラは安心して間違える事が出来るんだ!」
小太郎
「何ッ!?」
桃太郎
「オイラ一人じゃ、良かれと思って判断しても間違える。
だけどお前達が居ればオイラのやり過ぎを止めてくれる。
つまり皆と居ればオイラは正しく居られる!
だからオイラの事をちゃんと見ていろ!」
小太郎
「それってどういう感情で言ってるの!?」
横暴…
とも取れる桃太郎の頼り方。
だがそれは良く言えば信頼…
桜を…夜叉丸を…そして小太郎を…
信頼しているからこそ出た言葉。
小太郎にとっては、その信頼が嬉しくもあり…
妖怪である自分を真っ直ぐに信頼し過ぎる桃太郎への、ある種の苛立ちにもなっていた。
小太郎
「ばーか!
このばーか!
次は助けてやんねぇ!
絶対ぇ助けてやんねぇ!」
桃太郎
「何だと!?
そんな事言うなら成仏させるぞコノヤロー!」
小太郎
「あの経文覚えてるのかよコノばーか!」
桃太郎
「オイラが覚えてるワケねぇだろこのばーか!
オイラの記憶力の悪さをナメんな!」
戯れ合いのような口喧嘩。
桃太郎を待つ桜達の耳にも、やっとそれが聞こえてきた。
…その頃には、時は既に夕方に差し掛かる。
今からの移動は少し危険だと判断した桜と夜叉丸は、今 居る場所の近くで野宿する事を話し合っていた。
桃太郎
「ぇえ!? オイラならまだ歩けるけど!?」
夜叉丸
「鬼ノ城だって徐々に近くなって来てるんだ。
アイツらは鬼の中では常識的で、よほどの事がない限り人間には手を出さない。
必要があれば協力だってしてくれる。
だが同時に、彼らは鬼の中でも特に組織的に出来上がってるやつらだ。
人間で言うと軍隊みたいなものだ。
明確な理由と必要性が無ければ、必ずしも協力的とは限らない。
俺の体質の事もあるし、体力は少しでも温存していこう。」
夜叉丸の言っている事は最もだ。
おばあさんから鬼ノ城を目指せと言われただけで、必要な情報があるかどうかも分からない。
必要の無い事には手を貸さないと言うのなら、予測で旅をしている桃太郎達に門戸を開くとは限らない。
それどころか、もしも交戦状態に陥れば、鬼と戦えるだけの戦力があるのは桜と夜叉丸だけだ。
桃太郎には鬼と戦えるだけの力が無い。
そうと分かっていて、わざわざ二人の体力を奪う権利は桃太郎にはなかった。
久しく桃太郎の胸に去来する無力感。
自分が居ても戦力にならないと言う屈辱。
だからと言って投げ出したいとも思わない。
桃太郎には、自分の不満を抑えて二人の意見に従うしかなかった。
桃太郎
「分かったよ。
今日はこの辺で休もう!
だけど明日の出発前にもう一回むらすずめを買う!」
小太郎
「あ! ずる!
俺の分も買え!」
桃太郎が自分勝手なワガママを飲み込んで、皆の意見を尊重した事を理解した桜と夜叉丸。
二人はその程度ならと、桃太郎へのご褒美代わりにむらすずめを買う約束をした。
…そんな時…
店の奥の方から姿を現した店主。
恐る恐る桃太郎達の方へと歩み寄った店主が口にしたのは、桃太郎達にとって意外な言葉だった。
店主
「あの…
お話が聞こえてしまったのですが…」
桃太郎の行いを見て心打たれた店主が、店の二階にある使われていない部屋を宿代わりとして貸してくれると言うのだ。
しかも宿賃は無し。
こんなに上手い話があって良いものか?
当然、そんなはずはない。
実は店を宿泊施設として利用してでも、桃太郎達に頼りたい事が、店主にはあったのだ。
店主
「…実はこのお店の名物である【むらすずめ】なのですが、良質な水がどうしても必要不可欠なんです。
しかし年々 私の体力も衰えてしまい、水を汲みに行く力が殆ど無くなってしまいました。
今晩、このお店を宿として使ってもらって構いません。
その代わりに、この先にある川の上流から涌き出る水を汲んできて、店の水瓶いっぱいにしては貰えないでしょうか?」
店の奥には、店主の伴侶と思われる老体の女性が床に伏している姿が見えた。
決して体調を崩している訳ではない。
歳のせいで、膝と腰を痛めているのだそうだ。
米や野菜や調味料なら直ぐに手に入る。
ただの水なら井戸で良い。
しかし、最高のむらすずめを作るためとなると、どうしてもその湧水が必要になるのだと言う。
話を聞きながら桜達は思った。
桜・夜叉丸・小太郎
『…まずいな…。』
助けを求められている。
そんな人が目の前に居る時に、桃太郎が出す答えはいつも一つだ。
桃太郎
「そう言う事ならオイラに任せろ!!!」
…やっぱりか…
桜も小太郎も夜叉丸も、同時に同じ事を考えていた。
桃太郎も、どうせそう思われているであろう事を理解していた。
皆なら、自分の判断も行動を理解してくれるだろう。
協力してくれるだろうど…。
多少 面倒臭がりながらでも、きっと自分に共感してくれるはずだと思っていた…。
だが…
桃太郎は予想もしていなかった…
自分の考えが簡単に裏切られる事を…
この水汲みが、どれ程大変な仕事になるのかを…
桃太郎
「ぉお"お"お"お"お"お"ッ!!!
重い"ぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!」
桜
「桃ちゃーん! 頑張れー!」
夜叉丸
「ほらー、急がないと日が暮れてしまうぞ!
急げ急げ!」
依頼された水汲みに、桜と夜叉丸は参加していなかった。
水汲みをしているのは桃太郎だけ。
だがこれは決して苛めなどではなかった。
桜にも夜叉丸にも、それぞれの理由があったのだ。
桜
「わ、私は桃ちゃんのおばあちゃんから、桃ちゃんを鍛えてやってくれって言われてるが!」
夜叉丸
「俺は…関わってしまうと、あの老夫婦を不幸にしかねないからなぁ。
体質的に…。
やって良いなら簡単な願いなんだが…
きっと宿の中では眠れない俺にはやはり無関係な事だし…。」
桃太郎
「そう言う事は先に言ってくれ~!!!」
天秤棒を両肩に担ぎ、その両端に大きな水桶。
その水桶いっぱいに水を汲み、急な斜面を息も絶え絶え登りきった桃太郎。
だがそこで力尽きた桃太郎は、老夫婦の家に辿り着く前に座り込んでしまうのだった。
桃太郎
「これで何往復目だ!?
後、何往復しなくちゃいけないんだ!?」
桜
「今で一往復と片道じゃ!
後、十往復もすればいっぱいになるんじゃないかな?」
小太郎
「まあ引き受けたのはお前だ!
特別な力を持たないあの老夫婦でさえ最近まで出来ていた事なんだから、まだ若いお前になら出来るだろ!
頑張れよ!」
まるで他人事のように応援してくる仲間達に、小さな不満を覚え始めた桃太郎。
自分の力の無さにも腹が立つ。
次第に膨れ上がった不満が桃太郎の心の中に満たされた時、小さな愚痴が桃太郎の口からこぼれ落ちた。
桃太郎
「…くそ!
…オイラにもっと力があればな…!」
桃太郎の先を歩く桜と夜叉丸。
桃太郎の声が二人の耳に届く事はなく…
それは誰もいない空間に児玉するだけのはずだった…。
木陰から覗く四つの瞳…。
光を反射して不気味に光るその瞳に…
桃太郎が気付く事もまた…
「…そうか…
…力か…
…お前は力が欲しいのか…」
「…与えようで…
我ら二人が…
お前の望む力を…」
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