第28話 クオンと九紫美の時間
〈月猟会〉若頭のクオンが飲食店の個室で食事をしている間、九紫美は個室の壁際に立って周囲の警戒を怠っていなかった。
もちろん九紫美以外の護衛もおり、表に停めてある車や店の前に待機しているが、個室まで随伴できるのは九紫美だけだ。
ハチロウとエンパは部下を率いて昨夜取り逃がしたリヒャルトを捜索している。自分が行くと申し出た九紫美を止め、ハチロウが出ていった。
ハチロウは九紫美とクオンに気を回しているのもあるだろうが、毎度クオンの護衛として押し込められていては気が滅入るのかもしれない。
しかし、九紫美とクオンはハチロウが想像する関係でもない。食事を一緒にしようとクオンが誘ってくれたが、九紫美は断って警護をしている。
確かに今日だけのことではなく、クオンと共に食事をする関係もありえたかもしれない。だが、クオンが九紫美に望んでいることは、そうではないはずだった。
九紫美が内心の憂悶を溜め息にして押し出したとき、クオンの電話が鳴った。
「俺だ。ほう、そうか。意外と早かったな。ご苦労」
手短に受け答えを済ませてクオンが九紫美に顔を向ける。
「〈白鴉屋〉のソナマナンとクルシェがさよなら亭を襲っているそうだ」
「あら、本格的にウチと事を構えようと?」
「先手を打ったと見るべきだろうが、どちらにしろ殺すつもりだったんだ。むしろこっちに殺す理由ができただけ、感謝したいくらいさ」
クオンはいい終えると、急いで残りの料理を口に詰め込み始めた。
食事を中断するほどのことではないと考えているのだ。そしてクオンを急き立てないことが、九紫美も彼に同意していることを無言のうちに語っている。
「ハチロウとエンパをさよなら亭に向かわせて、俺も君と一緒に行こう」
「そんな! そこまでする必要は……」
「無いだろうけど、後顧の憂いは完全に断っておこう。昨夜の例もある」
それを持ち出されては、九紫美は黙るしかない。
「それに今夜はウィロウとコホシュがさよなら亭に詰めているからな。実力はエンパ如きと比べるべくもない二人だ。あの二人でもクルシェ達を始末するには充分過ぎるだろう」
「ウィロウとコホシュがエンパに従っているのは、単に二人が〈月猟会〉に在籍して日が浅いというだけだからね」
興行の格闘技選手をしていたウィロウは、試合中に三人の対戦相手をわざと『不慮の事故』に合わせたためその世界を追放された経歴を持つ。
コホシュはかつて別大陸で警官をしていたが、仕事で初めて犯罪者を射殺したとき、人を銃で撃ち殺すことが好きだと自覚してここまで流れ着いた。
〈白星を招く足〉、ウィロウ・ホワイト。〈黒塗りの規律〉、コホシュ・ブラックの両名がクルシェ達を殺害することは大いに有りうることだ。
九紫美が物思いから帰ってクオンを見やると、手掴みで最後の肉の一切れを口に押し込んでいるところだった。
「って、クオン、行儀が悪いわよ!」
「はは、こっちの方が慣れているのは知っているだろ。あと、九紫美、これ好きだったはずだ」
そう言ってクオンは苺を摘まんだ手を差し出し、九紫美は僅かに逡巡して掌を出した。クオンの指を離れた苺が、九紫美の掌に落とされる。
「さあ、行こうか」
「まったく……」
九紫美は苺を口に放り込み、クオンの背に続く。
クオンからもらった苺は、とても甘かった。
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