「私と王太子の婚約を知った元婚約者が、王太子との婚約発表前日に家に押しかけて来て『俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!』と言って復縁を迫ってきた」

まほりろ

第1話「婚約発表前日」



私と王太子との婚約発表前日、元婚約者が私と王太子の婚約を聞きつけて、侯爵家にやってきた。


やってきたというより押し入って来たと表現した方が近い。


家の前で元婚約者のカスパー様が

「アリスに会わせなければ、アリスがフリーダをいじめていたと世間に言いふらしてやる!」

と喚くので、仕方なく屋敷に通した。


私は使用人に、カスパー様を応接室に案内するように指示を出す。


同時に王宮にいるお父様と、カスパー様のご実家のラウ侯爵家に使者を出した。


お父様の力でカスパー様を黙らせ、ラウ侯爵にカスパー様を引き取ってもらおう。


とにかくこの厄介者カスパー様を、一刻も早くラウ侯爵に引き取っていただかなければ。


私はメイド二人と、執事二人と、護衛三人を連れて、応接室に向かった。


応接室に入ると、カスパー様は「茶がぬるい」だの「菓子がまずい!」だの言って喚いていた。


相変わらず、失礼な男だ。


「お待たせいたしました」


使者がお父様とラウ侯爵を連れてくるまで、のらりくらりとかわすことにしよう。


「遅いぞ! アリス!」


私の顔を見るなりカスパー様が怒鳴った。


「失礼いたしました。

急な来客への対応には慣れておりませんので」


「先触れもなく来るなバーカ」と遠回しに嫌味を言ってやった。


「急な来客にも対応出来ないようでは、貴族としてやっていけないぞ!」


だがカスパー様には通じなかったようだ。


テーブルを挟み、カスパー様の向かいの席に腰掛ける。


「それから、名前で呼ぶのはお止めいただけますか?

私とラウ侯爵令息の婚約は半年前に解消されました。

これからはノイマン侯爵令嬢とお呼びください」


「馴れ馴れしく名前で呼ぶな、このタコ!」という意味を込めて言ったのだが、


「アリス、なんだこの使用人の数は?

メイドが二人に、執事が二人、後ろにいるいかつい男たちは護衛か?」


やはりカスパー様には通じなかった。


「私は婚約を控えている身。

先触れもなく押しかけてきた元婚約者と会うには、これくらいの護衛は必要です。

後であらぬ噂を広げられては迷惑ですので」


元婚約者と二人きりで会うバカはいない。


大事な人との婚約発表を控えているなら尚更だ。


「俺とお前の仲だ、部屋に入れるのはメイド一人ぐらいでいいだろう」


「お断りいたします。

護衛が部屋にいるのが気に入らないのでしたらお帰り頂いて結構でしてよ?」


何が俺とお前の仲よ、気持ち悪い。


カスパー様との婚約は親同士が決めたものだ。


それを元婚約者この馬鹿は、フリーダ・ザックスという男爵令嬢と浮気した挙げ句、


「お前がフリーダをいじめているのは分かっている!

お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ!

お前のような非道な女との婚約は破棄する!」


と抜かしやがったのです。


ラウ侯爵が泣きながら頭を下げるので、本来ならカスパー様の不貞で婚約破棄するところを、双方合意でということで婚約を解消したのです。


カスパー様との婚約を解消してから半年が経過しました。


カスパー様が今になって、こんな愚かな行動に出るなら、あの時徹底的にカスパー様とザックス男爵令嬢をぶっ叩いて、粉微塵にしてやるべきだったと後悔しています。


「仕方ない、護衛の件は勘弁してやる」


護衛の一人に睨まれ、カスパーは小声で護衛の同室を許可した。


カスパー様が許可しなくても、護衛は同席させますけどね。


「それで、ご用件は?」


「アリスお前、王太子殿下と婚約するというのは本当か?」


カスパー様は私と王太子殿下の婚約をどこで聞きつけたのでしょう?


カスパー様と婚約を解消した直後、留学から帰った王太子レヴィン様と再会しました。


レヴィン様とは幼馴染で、幼い頃よく遊んでいたのです。


先月レヴィン様から「幼い頃から好きだった! 結婚してくれ!」と言われ、私も幼い頃からレヴィン様に仄かな恋心を抱いていたので、婚約することになりました。


すでに王家とノイマン侯爵家で正式に婚約の契約が交わされております。


そして明日、正式に私とレヴィン様の婚約が国民に発表されるのです。


「ラウ侯爵令息、どこからそのお話を?」


私とレヴィン様との婚約は、まだ身内しか知らない。


どこから漏れたのかしら?


「どこからでもいいだろ! 答えろ」


「ラウ侯爵令息に答える義理はありません」 


「否定しないということは本当なのだな……」


カスパー様が小声でブツブツと囁いている。


「アリス、お前! 俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!!」


「はっ?」


突拍子のないことを言われたので、飲んでいた紅茶を吹き出し、カスパー様の顔面にかけてしまうところでしたわ。


なんとか紅茶を吹き出さずに済みました。


嫌いな男に飲んでいた紅茶がかかるなんて最悪ですからね。 



☆☆☆☆☆


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