春の寓話

望月俊太郎

人魚姫‐本当は自分がイケてると思ってるところなんて女子はこれっぽっちもいいと思ってなんかいなくて、 それでも生きてると喜劇的なタイミングで勘違いは起こるから恋は始まる。


 泡となって消えてしまったと思われていた人魚姫は、海の神である父の力によって、実は命だけは助かっていたのです。

しかし残念ながら人魚姫の体は、もう二度と地上に戻れない体になっていたのでした。人魚姫の連れ戻された宮殿は、深い深い海の底にあり、とても人間が立ち入ることはかないません。人魚姫はもう王子と再び会うことはできないのだと諦め、ただ毎日を嘆き悲しみながら過ごすようになりました。

 あんなによく笑っていた人魚姫から笑顔が消えてしまったのです。


 そんな人魚姫を見て心を痛めた海の神様や人魚姫の上のお姉さん達、海で暮らすたくさんの魚や生き物達が、何とか人魚姫を慰めようとするのですが、人魚姫は心をかたく閉ざしたままです。

 海の世界は深い深い悲しみに包まれ、住人達も笑顔を失っていきました。


 ところがそんなある日のこと、人魚姫がふと窓の外を見ると、遠くの方で何やらバタバタと見苦しい動きをする1匹の魚に目を留めます。

 人魚姫は、なぜだかその魚がとても気になりました。どうやらその魚はこちらに近づいてきているようなのです。

 初めは小さくぼんやりとした輪郭が時がたつうちに、どんどんと大きく、はっきりとしていきます。次第に人魚姫はあることに気付き、驚きました。


 滑稽で必死な感じが漂い、信じられないスピードで近づいてくる魚だと思っていたその影は、なんと王子だったのです。

 近づいてくればくるほど顔がブサイクになってしまうのですが、夢中になって泳いでいる王子は知る由もありません。それどころか人魚姫を見つけて嬉しくなったのか笑みさえ浮かべていました。

 そして、なんてことでしょう。人間には立ち入ることが不可能とされていた人魚姫のもとへ、王子はついにたどり着いてしまいました。

 あまりにも突然だったので何と言葉をかけてよいか分からず戸惑う人魚姫。


 それもそのはず。この時の王子ときたら鼻血を垂れ流し、体は水圧のせいでデコボコしてて、ここへ来る途中、クラゲにでも刺されていたのでしょう、皮膚の何か所かは変な色をしていました。

 全裸だったので見ようと思って見たのではなく自然と視界に入ってきた下半身の先は皮で包まれており「あっ、こいつ包茎だったんだ」などと人魚姫がぼんやり考えている時に王子はカッコ付けながらこう言ったのです。

「愛してるよハニィー」


 王子は「やってやったぜ」とモテない男子特有の告白した時にテンションが上がって自分に酔うというクソみたいなムーブをしだしたので、しぐさの一つ一つすらも鼻につきます。しかもイケメンでもないくせに決め顔をしていたので、にらめっこしたら最強だなってくらい面白い顔をしていました。


 普通ならこの愛の告白は失敗するはずだったのですが、ここで人魚姫は大きな過ちを犯してしまいます。


「こいつ何なん?」


 生理的に湧きあがってしまった心の声なので仕方がないといえばそれまでなのですが、人魚姫はつい心の中で王子にツッコんでしまいました。ツッコんだら最後。途端に王子という存在が面白く見えてきてしまい「こんなとこまで泳いでくるって、無駄に身体能力高えな」「逆にそれが怖えwww」「このビジュアルで王子様てwww」

「お前の今の顔、どの感情で成り立ってるん?」


 次々に湧きあがる自分で思いついた王子へのツッコミが人魚姫自身のツボにハマり、とうとう「プッ」っと噴き出してしまいました。

 王子はそれを見て告白が成功したと思い、無邪気に嬉しそうな顔をしていて、人魚姫は「あ~、こいつ絶対勘違いしてるぅwww」とついにケタケタと声を上げて笑ってしまったのです。


 そうなのです。海の世界へと戻って以来一度も笑うことの無かった人魚姫が、初めて笑ったのです。

 その瞬間、世界は光に包まれ、海の住民達にも笑顔が戻りました。

 そうして2人は結ばれ、いつまでも仲良く幸せに暮らしたのでした。

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