輪唱
六野みさお
第1話 ある投稿
「できる! 私ならできる! 今までの努力を思い出せ! もうやるしかない!」
私、
私が目を上げると、古びた大きな石の看板が、私の前に立ちはだかっている。『
今からこの場所で何が行われるのかというと、バレーの練習試合でも、吹奏楽部のオーディションでもない。授業と部活だ。つまりごく普通の学校生活だ。
「どうしよ、もうすぐテストだ」
「やばい死ぬ」
「もう私帰ろうかな」
「帰っちゃえ帰っちゃえ」
私の前を、学生の集団が通り過ぎていく。
さすがだ。そんなに帰ることが気軽なテンションだとは。どうせ帰る気は全然ないんだろう。
私はその集団を見送って、ため息をつく。本当にあの集団と私は同じ人間なのだろうか。どうすればあんなに自然に人と話せるのだろう。
とにかく私は人が怖いのだ。その人がどんな表情をしていようと、それが人であれば問答無用で怖いのだ。人は何を考えているかわからない。いつ怒鳴られるか、嫌われるか、意地悪をされるか、と、四六時中気にして生活しなければならない。そして、私はそれがうまくできなくて、どんどん孤立していって、しまいには自分が嫌になってしまうのだ。
ーー私の本業は学生ではない。昔は専業の不登校だったが、一年と少し前に絵師という副業を始めた。ただし、これまでに稼いだ収入はゼロなのだけれど。
もちろん、公式に言うと、私の歳の人間は、問答無用で本業を学生にしなければならない。でも、今のところ私は、それには従っていない。好き好んで反抗しているわけではないけれど。やりたくてもできないのだ。さっきの陽気な集団には、私の気持ちはわからないだろう。
結局、私と彼らとは、人種が違うのだ。いわば私は、宇宙人の中に一人放り込まれているようなものだ。もともと持っているものが違うのだ。いや、私のほうが地球人だなんて、傲慢もいいところだーー宇宙人は私だ。
そして、宇宙人の私はなぜ、地球人たちの住みかである学校に来てしまっているのだろうか?
⭐︎
あれは昨日の深夜にさかのぼる。
私がほとんど生命を賭けているといってもいい場所で、それは起こった。『ショート・ショート・メッセージ』、略してショショメ、これは自宅から絵を投稿できるという神のようなサイトである。今のところ、私がフルタイムでやっている職業だ。
とにかく、問題の投稿は、このようなものだった。
『#学校に行こう!
さて、ショショメユーザーのみなさん。みなさんの中には学校に行っていない方がかなりたくさんいらっしゃると思います。学校に行っているユーザーたちが「今日学校楽しかった〜!」とか言っているのを聞くと、殺意を覚えると思います。
そこで、僕は提案をします。学校に行ってみましょう!
別に毎日行けとは言いません。一日だけでいいのです。みんなが嫌いで嫌いでたまらない学校に行ってやりましょう。そして、どんどん「学校なんて嫌いだ!」と投稿してやりましょう。
明日一日だけです。ショショメのみんなでやればこわくありません。みなさんの参加をお待ちしています』
こういうことを投稿した人がいたのだ。そして、運の良いことに、この人はかなり有名な絵師で、フォロワーが万単位でいるのだった。
それで、この投稿は大きくバズってしまった。ショショメ内部のトレンド一位に『#学校に行こう!』が入り、誰もがその話題で持ちきりになった。
私が入っているショショメ内部のグループチャットも、その例に漏れなかった。このチャットはほとんどが長期の不登校勢であるにもかかわらず、すぐに世論は登校すべきという方に傾いた。
『簡単じゃない? 学校に行って座っているだけでいいのよ。誰かと話すとか、そんな高度なことは要求されてないでしょ。もともと私たちは学校に行く義務があるんだから。みんな、やるよね?』
リーダー格のシーラが、こう言ったのが決定打だった。それまで渋っていた人たちも、『シーラがそう言うなら……』と、登校を表明した。こうなれば、もちろん私も逃げるわけにはいかない。
⭐︎
「って、その時は思ったんだけど……」
私はまだくよくよと悩んでいた。私の足は、さっきの校門前から一歩も進んでいなかった。
だって、不登校の人たちがみんなで学校に行くなんて、飛躍しすぎている。どれだけ私たちに深い理由があると思ってるんだ。そもそも、問題の投稿をした人も、本質的にはかなり私たちと違う。彼は望んで不登校になっているのだーー勉強がつまらないだとか、そんなかわいい理由で。彼は行こうと思えばいつでも登校できるのだ。
昨日はあんなに盛り上がっていたけど、本当に昨日の計画を実行する人なんてそんなにいないのではないだろうか、と私は想像してしまう。今ごろ、ショショメには『学校になんて行けるか!』という投稿があふれているに違いない。そうだ、絶対にそうだ。早くその事実を確認しよう。そうしたら、私は心置きなく家に帰れるのだ!
そこまで考えて私がショショメを開くと、ちょうどシーラの投稿があったところだった。
『校門前なうです。マジで心臓がバックバクです。本気で帰りたいです。でも昨日のチャットであれだけ啖呵を切った以上は帰れないのです。昨日の私が嫌になります。
もうこうなったら気合いしかありません。せっかくなので今思いついた気合いの入れ方を伝授します。
まず左手を胸に置きます。次に右手を上に突き上げます。「おー!」なんて言わなくていいです。左利きの人は反対でもいいです。私も今からやりますから、みんなも一緒にやってみましょう!
ーー今日は苦しい一日になります。私の直感が全力で警告しています。でも、もうやるしかないんです。たぶん、一日が終わったら、なんだか達成感のようなものが、もしかしたら生まれるかもしれないんです。だから、一緒に頑張りましょう!』
私は天を仰いだ。シーラがここまで覚悟を決めた以上、最後の砦はもうない。覚悟を決めるしかないのだーー達成感が生まれるのかは、まだわからないけれど。でも、今日という機会を逃したら、私は何かとても大きなものを、一生失ってしまう気がした。
私はまっすぐに校舎の方を見つめて、左手を胸に置いて、右手を勢いよく突き上げた。
そして、私は私の視線上に、全く私と同じ仕草をしている一人の女の子を発見した。
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