#37「メリーゴーランドに乗るようです」
2人で園内を回り始めたは良いものの、なかなか最初のアトラクションを決めることが出来ずにいた。
「どこも人で一杯ですね……」
杠葉ちゃんが、そう言って苦笑いした。
杠葉ちゃんの言う通り、どのアトラクションにも長蛇の列が出来ていた。今から並べば、少なく見積もってもきっと2、30分は待つだろう。
確かにここは規模としてはかなり大きな遊園地で、地方から訪れる客も多いと風の噂で聞いたことがある。
そうは言っても身内が大袈裟に言ってるだけで、実際はそこまで大したことはないのだろうと思っていたのだが……正直俺も、休日の人混みを舐めていた。
「あはは……どうしよっか……?」
天王寺の人間だと言えばワンチャン優先的にアトラクションに乗せてくれるかもしれないが、そんなセコい真似はしたくなかったし、そもそも天王寺の名前を無意味に振りかざすのは俺のポリシーに反していた。
「取り敢えず、比較的空いてるものから順番に乗っていきましょう」
「そうね……」
杠葉ちゃんの提案で、すぐ乗れそうなアトラクションを探していると――それは案外すぐに見つかった。
「あれなんてどうかな?」
俺が指差した先にあったのは――、メリーゴーランドだった。
それも、何かのキャラクターを模したものではなく、普通の馬が回るタイプのオールドタイプの奴だ。
メリーゴーランドの入り口付近には多少人が並んではいるものの、他のアトラクションの列と比べると、それは明らかに短かった。
まぁ、どう考えても子供騙しだからな。人気がないのも頷ける。
だが、人気がないということはつまり……俺たちにとっても楽しめるかが怪しいということで……。
実際、並んでいるのは、ちびっ子とその親が大半だった。
「あ……ごめん、もっと他のが良いよね……」
俺がそう言うと、杠葉ちゃんはそれを否定した。
「いえ、乗ってみたいです。私、メリーゴーランドには乗ったことがないので……」
「そうなの?」
「はい、そもそも遊園地に来たことも……ほとんどな 初めてですから」
遊園地に来たのが初めて?
「えっと……お父さんやお母さんとは行かなかったの?」
俺は思わずそんなことを聞いてしまう。
すると彼女は、少し寂しそうな顔で答えた。
「はい。お父様は仕事で海外を飛び回っているので……そうやって家族でどこかに行くというのは、あまり」
……確かに、この前杠葉ちゃんの家にお邪魔した際は、父親が不在だった。あの時はたまたま居ないだけかと思っていたのだが……どうやらそうではなかったらしい。
「……そっか」
杠葉ちゃんのお願いが「遊園地に行きたい」というささやかな願いだったことに俺は少し疑問を覚えていたのだが……今、なんとなくその答えが分かった気がする。
「それじゃ、やっぱりあれに乗ろうか」
「はい!」
そして俺たちはその最後尾に並び、順番が来たのと同時にメリーゴーランドに乗り込んだ。
馬に跨ってみて改めて思ったが……野郎がこの年でメリーゴーランドに乗るのはなかなか恥ずかしいものがある。無論、今は女ではあるのだが……こう、なんというか……精神的にきつい。
俺が跨った姿を見て、杠葉ちゃんは感嘆の息を漏らす。
「わぁ……朱鳥お姉様って、馬に跨るの似合いますね!」
「そ、そう?」
「はい、すごく凛々しくてかっこいいです!」
「ありがと……」
なんか、素直に喜んでいいのか、ちょっと複雑だな……。
「さ、杠葉ちゃんも」
「はい」
杠葉ちゃんは、俺の隣の馬に乗ろうとする。俺はそれを手を引いてサポートした。
「……ありがとうございます、お姉様」
「どういたしまして」
俺がそう言うと、杠葉ちゃんは僅かに頬を赤らめた。
そして、アナウンスと共にメリーゴーランドが動き始める。
馬がぐるぐる回るだけで正直何が楽しいんだと思ったが、杠葉ちゃんは案外楽しそうにしていた。
まあ、乗ったことないって言ってたもんな。多分そのどれもが、新鮮なんだろう。
俺としては所詮子供騙しでしかなかったが、杠葉ちゃんが喜んでくれているのであれば、とりあえずそれで良しとしたのだった。
◇◇◇
メリーゴーランドから降りた俺たちは、次に乗るアトラクションの品定めも兼ねて辺りを見回した。
だが当然ながら、混雑状況はさほど変わってない訳で……。
「次はどれに乗りましょうか……」
その杠葉ちゃんの言葉からは、明らかに困惑の色が窺えた。
混んでいたとしてもたかが知れてると勝手に思っていたのだが……流石は休日、侮りがたし。
「うーん……とりあえずちょっと休憩してから考えようか」
俺は、すぐそこにあるベンチを指差す。
「はい……そうですね」
「私何か飲み物でも買ってくるから、ちょっとあそこで待ってて」
「え? だったら私も行きます!」
「ダメダメ、今日は杠葉ちゃんのお礼も兼ねてるんだから。だから……ゆっくりしてて?」
俺の言葉に、杠葉ちゃんは「そういうことなら……」と渋々といった感じで引き下がる。
俺はベンチに杠葉ちゃんを残して、1人自動販売機へと向かった。
だが、そこに向かう途中――あるものに行手を阻まれる。
ずんぐりむっくりとしたフォルムに、もふもふの黄色い毛並み。そして……吸い込まれそうなほどつぶらな瞳。
そこにいたのは、この遊園地のマスコットキャラクターのヒヨコの着ぐるみだった。
俺がその着ぐるみを避けて通ろうとすると、その着ぐるみも同じ方向に動いて邪魔をする。
「……ええと……御免なさい、ちょっと急いでるのだけれど」
俺がそう着ぐるみに向かって言うと……着ぐるみの中から、もごもごと何かが聞こえてきた。
「――……朱鳥様、私です」
その、妙に間延びした聞きなじみのある声は――。
「まさか……桃花!?」
俺の問いかけに、その黄色い着ぐるみは、えらく動きにくそうに頷いたのだった。
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