#24「おもてなしをしたいようです」
「――――ああ、どうしよう……言っちゃった……!!」
学校が終わり、自分の部屋に戻ってきた杠葉は、帰ってくるなり自分のベッドに顔を埋め、足をバタつかせた。
「朱鳥お姉様、家に来てくれるって……!」
天王寺朱鳥。
ついこの前、高等部に編入してきた彼女は……その長身と切長の目、そしてクールな立ち姿から、中等部高等部問わず多くの生徒たちの注目の的になっていた。
現に、杠葉のクラスでも朱鳥の話題で持ちきりだった。
そんな彼女が、杠葉の家に来ることになったのだ。
杠葉が興奮を抑えられるはずもなかった。
それは、幾つもの偶然が重なった結果に過ぎない。
偶然、男に声を掛けられているところを助けられ……それが偶然、親友の華恋の姉で、そこから仲良くなっただけのこと。
だが、杠葉はその偶然に運命的なものを感じずに居られなかった。
「あの時の朱鳥お姉様、カッコよかったなぁ……」
颯爽と現れ、華麗に悪漢を片付ける朱鳥の姿。
その姿を見て、杠葉は誇張や冗談ではなく、王子様が来てくれたと思ったのだった。
杠葉は、そういうロマンチックな出会いに憧れるお年頃だった。
……惜しむらくは、その王子様が男性ではなく女性だったということだが、心を奪われた杠葉には、そんなことは些細な問題だった。
「はぁ……早く土曜日にならないかなぁ……」
杠葉の口から、そんな独り言が漏れる。
無論、朱鳥が彼女の家を訪問するのはテスト勉強をするためなのだが、杠葉にとってはそんなことは二の次だった。
「どうしよう、せっかく来ててくれるんだし……何かおもてなしした方がいいよね……?」
こんなセリフを朱鳥本人が聞けば、変に気を遣わなくても大丈夫だから――などと言いそうなものだが、そんなことを杠葉が分かるはずもなかった。
朱鳥のことを考えてしまうあまり、逆に勉強のことが抜け落ちてしまっている。まさに本末転倒だった。
「……そうだ。お菓子とか作ったら、喜んでくれないかな……」
そう考えた杠葉は、ベッドから飛び起き、早速行動に移す。
私服に着替えたのち部屋を出て、2階からキッチンのある1階に移動する。
そして、そこにいた彼女の母親に、杠葉は声を掛けた。
「お母さん……お菓子の作り方教えて……!」
◇◇◇
時間が限られている状況ほど時の流れっていうのは早くなるもので、気付けばもう週末になってしまっていた。
俺たちは約束通り、杠葉ちゃんの家にお呼ばれしていた。
杠葉ちゃんの家の前まで来た俺たちは、まずその家の立派さに驚かされる。
訪れた人間を威圧するでけぇ門に、城かと思うほどにでけぇ邸宅。
「ひえぇ……杠葉ちゃんのお家って、やっぱいつ見ても大きいねぇ……」
俺と同じことを思ったのか、華恋が息を漏らす。
この家と比べれば、俺たちの今住んでいる家はゴミ屑同然だ。流石に天王寺の本邸には敵わないが、あそこはちょっとしたレジャーランドくらいの面積があるからな……ぶっちゃけ比較しても仕方がない。
俺や華恋と比べ、桃花はあまり驚いていない様子だった。
「彼女も栖鳳の生徒なんですから、これくらいの家に住んでいても、何の不思議もないでしょう」
……確かに。
忘れてたけど、杠葉ちゃんも栖鳳女学院に通ってるってことは、歴としたお嬢様なんだよな……。
むしろ俺や桃花みたいなのがイレギュラーな訳で。
そう考えると、栖鳳女学院って恐ろしい学校だな……とつくづく思う。
そんな感じで3人で立ち尽くしていると、やがて家の中から杠葉ちゃんが出てくる。
「すす、すみません、皆さん……お待たせしました……!」
直前まで何かの準備をしていたようで、随分と慌てた様子だった。
それが普段おとなしい印象の彼女とはギャップを感じて、俺は思わず笑ってしまう。
笑う俺を、杠葉ちゃんは不思議そうな表情で俺を見つめていた。
「……ごめんごめん。別に待ってないから、落ち着いて、杠葉ちゃん」
「あ、はい……」
「珍しいね、杠葉ちゃんがこんなに慌てるなんて」
「だって……」
杠葉ちゃんは、俺から目を逸らしながら恥ずかしそうに言った。
「朱鳥お姉様が来るって思ったら、落ち着いていられなかったんです……」
それはまるで、恋に煩う乙女のようだった。
桃花が耳元でボソッと囁く。
「……モテモテですね、朱鳥様」
うるせーよ。
「さ、冗談はさておいて……試験まで日もない訳ですし、さっさと勉強を始めましょう。杠葉さん、中に入っても宜しいですか?」
「あ、はい、どうぞ――」
「――やったぁ! 1番乗りぃ!」
杠葉ちゃんの口から許可が降りるや否や、我さきにと華恋が中に入っていく。
もうちょっと恥じらいというものを覚えろ、お前は。
こんな奴がお淑やかな杠葉ちゃんとここまで仲良くなれたのが、俺には謎でしかない。
そして、華恋に続いてしれっと入っていく桃花。
お前もお前で、ブレない奴だな……。
「……ごめんね、杠葉ちゃん」
俺は、杠葉ちゃんに向かって謝る。
杠葉ちゃんは苦笑いした。
「大丈夫です、賑やかな方が好きですから。お姉様もどうぞ、中に入ってください」
「あ、うん……ありがとう」
俺は杠葉ちゃんに促され、家の中にへと入ったのだった。
◇◇◇
家の中に入った俺は、2階のとある部屋に通される。
ぬいぐるみとかファンシーな雑貨とか、いかにも女の子らしいものが並んでいる。ひと目見てここが杠葉ちゃんの部屋なのだと分かった。
っていうか、何気に華恋以外の女の子の部屋に入るのってはじめてじゃないか?
「すみません。少しだけここで待っていてもらっても良いですか?」
そう一言だけ言った杠葉ちゃんは、パタパタと階段を駆け降りてゆく。
あんなに急いで、一体どうしたのだろうか?
そして、待つこと2、3分。
今度は、両手に何かを持って登ってきた。
「お待たせしました!」
杠葉ちゃんの明るい声が聞こえたのと同時に、甘い香りが漂ってくる。
その両手にあったのは、平皿に乗せられたクッキーだった。
漂う優しい香りから、少なくともそれが既製品でないことは分かった。
「クッキーを焼いてみたので、良かったら食べてください」
コトン、と部屋の真ん中に用意されていた丸テーブルの上に置かれる。
「わぁー、すっごい!! 美味しそう!!」
華恋の言う通り、確かに美味しそうだった。
一つひとつの形が整っていて、店で売っていてもおかしくないくらいの見た目をしている。
杠葉ちゃんってこういうことも出来るんだな……。
「えへへ……皆さんがお家に来るので、張り切っちゃいました」
「本当に美味しそう……だけど、ごめんね? 変に気を遣わせちゃったみたいで」
「いえ、大丈夫です。わたしがやりたくてやっただけですから」
そうは言うが、元々勉強会の名目で集まることになったのだ。それなのに、逆に勉強が疎かになってしまっているのなら、それこそ本末転倒だ。
まぁ、杠葉ちゃんはその辺しっかりしてそうだから、滅多なことはないと思うが……。
「どうぞ皆さん、食べてください」
杠葉ちゃんにそう促されて、まず華恋。そのつぎに桃花。最後に俺がお皿の上のクッキーに手を伸ばす。
そのまま口に運ぶと、サクッという軽い食感と共に、優しい甘さとバターの風味が口の中に広がった。
……うん、美味しい。
なんというか、杠葉ちゃんが丹精込めて作ったのが分かる味だ。
――気付くと、杠葉ちゃんがじぃっと俺のほうを見ていた。
「……ど、どうですか?」
恐るおそるといった感じで、俺に尋ねる。
「うん、美味しいよ」
俺は、素直にそう答えた。
「本当ですか……? えへへ……」
杠葉ちゃんの顔が、尋常じゃないくらい笑顔で緩む。
ん……? 俺、なんかおかしなこと言ったか?
ただ単に、クッキーを褒めただけなんだが……。
だがまぁ……取り敢えず杠葉ちゃんが楽しそうなので、良いことにしよう。
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