#8「早くも前途多難なようです」
「――……それではぁー、今日から一緒に生活する転入生を紹介しますねー」
百瀬先生の案内で連れてこられた教室。
『2-A』の看板が下がっているその教室で、先に入った百瀬先生が朝のホームルームを始める。
そこで転入生を紹介する流れになるのを、俺は外から扉越しに聞き取っていた。
さぁ、いよいよか……。
柄にもなく緊張してしまう。
こんなことで緊張しても仕方がないんだろうが……ここは普通の学校ではなく、お嬢様学校だ。些細なミスをしただけでも悪目立ちしてしまうのではないかと、つい良くない方向に考えてしまう。
だが、そこは1週間のレッスンで身につけた作法がある。例え付け焼き刃だろうと、俺はこの一本刀で戦うしかないのだ。そこはもう、腹を括ってやり切るしかない。
「……じゃあ、天王寺さんー、入ってきて下さいー」
百瀬先生の気の抜けた声を聞いて、俺は教室に足を踏み入れる。そして、中にいる生徒たちを見回した。
教室の中の生徒たちは、当然ながら、女子しかいなかった。それもただの女子ではなく、どの娘もみな大なり小なり気品みたいなものを感じる。
さすがは八千代理事長の教育だな――と、俺は心の中で皮肉を漏らす。
だがそんな態度はおくびにも出さず、背筋を伸ばしたままゆっくりと壇上に上がった。
その瞬間、教室がざわめきに包まれる。
『え……待って、めっちゃ綺麗じゃない……?』
『スタイルいいし、足も細い……』
『背も高っ……モデルさんみたい……』
……どうやら、何とか地獄のレッスンが実を結んだらしい。
クラスメイトからのファーストインプレッションはは上々だった。
ちなみに男の時よりも女性化の影響で身長は下がってしまっているのだが、それでも女子の中では割と高身長であるらしい。どうやら男時代のヒョロガリな体型が、女性化したことでだいぶ良い方向に転んだようだ。
俺は、応接室で百瀬先生に見せたのと同じように、クラスメイトたちに向かって深くお辞儀をした。
「ご機嫌よう――私は、天王寺朱鳥と申します。これから皆さんと一緒に勉強ができることを嬉しく思います。どうぞ、よろしくお願い致します」
「天王寺さんは、ご両親のお仕事の都合で先月まで海外にいたそうなので、不慣れなことも多いと思います。何かあれば、みんなで手助けしてあげて下さい」
百瀬先生が言った帰国子女発言に、クラスメイトたちはさらにどよめく。
だから嫌だったんだよ、この設定……。
女性化した『私』という存在は元々日本に居なかったわけだから、こういう設定にしたほうが話が早いってのは確かに分かる。別に英語もできないわけじゃないんだが、でもだからといって、ネイティブな英語が話せるほど堪能という訳でもない。
どっかでボロが出そうなものだが……。
俺は取り敢えず、誤魔化しの意味も込めて、ニコリと微笑む。
「……じゃあ、天王寺さん。そこの空いてる席に座って下さい」
百瀬先生が指図したのは、教室の窓側後方だった。見ると確かに、ひとつだけ空席がある。
俺は先生に一礼をして、その席へと向かった。
席についた俺は、隣の席に視線を向ける。
隣に座っていたのは、小柄な女子だった。
妙に癖のある髪の毛が目元まで掛かってしまっているせいで、なんとなくだが暗い印象を受けてしまう。
もっとおでこが見える髪型にしたほうが、可愛いと思うんだけどな……。
……まぁ、他人がとやかく言うことでもないか。
俺は隣の女子に、笑顔で声を掛けた。
「これからよろしくね?」
「は、はい……えっと、よろしく……」
隣の女子は、伏し目がちに答える。
「名前はなんて言うの?」
「
雨宮さんか……。
雨、というワードが、大人しそうな彼女のイメージとリンクする。
なるほど……名は体を表す、だな。
俺に名前を告げた雨宮さんは、周りの視線を気にするように目を泳がせた。
どうやら俺に集まった注目が自分に飛び火するのを恐れているようだった。
これ以上無理に雨宮さんに話しかけるのは、雨宮さんからの印象を損ねかねない。俺は会話を切り上げた。
取り敢えず、名前を聞けただけでも良しとしよう。
隣の席なのだ、話す機会だってこれからいくらでもあるだろうしな。
◇◇◇
――そんなこんなで始まった学院生活だったが、最初のうちは、なんだかんだ上手くやれそうな気がしていた。
本来なら新しい教科書が間に合っていなくて、隣の席と机をくっつける……なんてイベントがありそうなものだが、そこは流石に抜かりない八千代さんだ。俺の教科書はこの1週間のあいだで一通り用意されていた。
授業内容についても、前の学校の方が若干進行度が早かったようで、復習するつもりで授業に臨めた。レベル的にも問題なくついていけそうだった。
この調子で行けば、案外、女子校での生活ってのも余裕かもな。
だが、そんな感じで調子をブッこいていたのも束の間――4時間目の授業が終わって昼休みが始まったところで、早速面倒なことが起きた。
俺は昼休みが始まるや否や多数のクラスメイトに囲まれて質問攻めに遭っていたのだが、そこを割って入るようにして1人の女子が俺の目の前にやって来る。
そしてその女子は、俺を睨みつけるように見下ろした。
それを見て俺は……一瞬で察する。
ああ、コイツが……このクラスの『お山の大将』なのだな、と。
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