朝起きると女になっていた俺ですが、色々あってお嬢様学校に転入するようです。〜なぜか学校中の女子にお姉様と慕われるようになりました。いや、ハーレムになるなんて聞いてないんですけど!?〜

京野わんこ

#1「女になる運命だったようです」

 ――その日の朝は、いつもと何かが違っていた。


 胸のあたりが妙に重い。そして、股間のあたりが妙に寂しい。

 試しに弄ってみると、男の俺に本来あるはずのものはついておらず、代わりに胸のほうに本来なかったはずのものがついていた。


 むむ、これは……。

 柔らかいな……。


 始めのうちは、まだ夢の中にいるのだと思った。それかまだ頭が完全に覚醒しておらず、寝ぼけているだけなのだろうと。

 しかし、いつまで経ってもその夢は覚めることを知らず、それどころか、徐々に意識がはっきりしてくる。無論、その手に残るおっぱいの感覚は消えぬまま。

 俺は胸に手を当てたままゆっくりと起き上がる。そして、ベッドの横にある姿見で自分の姿を確認した。

 そこには……。


「……女の子だ」

 

 自分の胸を熱心に揉みしだく、さらさらロングヘアの超絶美少女が映っていた。それも、俺が普段から部屋着として愛用している草臥くたびれたスウェットを着た姿で。


「あ、ども……」


 俺は鏡の向こうにいる美少女に向かって、思わず会釈をする。するとそれとシンクロするように、鏡の中の美少女も気まずそうに会釈した。

 そしてそれを見て、俺はある可能性に気付いた。


「これってもしかして……」


 いや……間違いなくそうだ。

 理由はさっぱり分からないが。

 俺、女の子になっちまってる――。


 ――ガチャ。

 俺がその俄には信じがたい事実を自覚したのとほぼ同時に、部屋のドアが勝手に開いた。そして、その開かれたドアの隙間から、ひとりの少女が顔を出す。


「にぃにー、もうお昼だよぉー、いい加減起きなよぉー」


 こいつは、妹の華恋かれんだ。

 華恋はなんの断りもなくズカズカと俺の部屋に侵入し、やがてベッドに腰掛ける俺を見つける。

 そして、丁度ドアの音に反応して振り向いていた俺と目が合った。

 華恋は俺の姿を見て、ピシリと固まる。

 俺はぽりぽりと頭を掻きながら、華恋に言った。


「――おはよう、華恋。起きてはいるんだが、ちょっと困ったことが起きてだな――」

 

 すると華恋は、俺がそれを言い終わる前にUターンして部屋を出ていく。そして、ここからでもはっきりと聞こえるくらいの大声で叫んだ。


「――お母さぁーん!! にぃにが彼女を部屋につれこんでるぅー!!」


 おい、待て待てぇーい。

 彼女を部屋に連れ込む甲斐性があるなら、今ごろ苦労はしてねーわ。

 ……って、そういうことじゃなくて。

 

 異様に長く伸びた自分の髪を、乱暴に掻きむしる。

 くそ……仕方ねぇなぁ……。

 このままアイツを放っておけば、周囲にあらぬ誤解を与えかねない。

 俺は大声で叫んでいる妹の奇行を止めるため、重い腰を上げた。


 部屋を出てリビングに行くと、そこには母さんが待ち構えていた。その横には、恐るおそる俺へと視線を送っている華恋。

 どうやら、華恋の叫び声はしっかり母親の耳にも伝わってしまったらしい。

 いやしかし、女になってしまったという事実が母さんに知られてしまうのは、状況的に時間の問題だった訳で。

 俺はどうしたものかと母さんを見遣る。

 ……が、そこで、俺はあることに疑問を覚えた。


 母さんは、少しも動揺することなく、ただ真っ直ぐに俺を見つめていた。

 母さん……俺のこの姿を見ても、驚いてない……?


「あの、母さん――」

「……貴女、朱鳥あすかなのよね」


 俺は母さんの言葉に驚きつつも、頷く。

 どうして分かったんだ……? 

 俺はまだ、自分が女になっちまったなんてこと、母さんに一言も言ってないのに……。

 

「そう……」

 そんな俺の驚きをよそに、母さんはどこか諦めにも似た表情で俺のことを見つめ続ける。


「ある程度覚悟していたつもりだけど……まさか、本当に朱鳥がこうなるなんてね……」

「どういうことだよ、母さん」

 まるで、こうなることを予期していたみたいな言い方をして……。


「信じられないかも知れないけど……よく聞いて、朱鳥」


 そして母さんは、真剣な面持ちで俺にこう言ったのだ。


「これは――天王寺てんのうじ家の呪いなの」


「へ……? どういう意味だよ……?」


「……天王寺家に生まれた男子は――ある日突然女性になる――そういう体質を持っているの」


 母さんの言い放った言葉を飲み込むのには時間を要した。だが、その言葉の意味を理解した時、俺は――ひとつの結論に辿り着く。


 ……つまりだ。


 俺はこの天王寺家に生まれた時点で、いずれは女になる――そういう運命だったってことだ。


 なんてこった……。

 寝耳に水も良いところだ。


 だが、どんなに信じられなくとも、俺が女になったという事実は変わらない訳で。


 ――この日から……俺は俺でなくなった。

 そして……俺が俺でなくなったこの日を境に――俺の日常はガラリと形を変えるのだった。

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