もふもふ注意報

きひら◇もとむ

第1話 ブレンドとシフォンケーキ

駅前の通りから少し離れた路地を入った先にある小さな喫茶店。

店内にはJAZZが流れ、マスターこだわりの水出し珈琲と甘さを抑えたシフォンケーキが評判だ。


半年前に大学生の兄に連れてこられて以来、テツは土曜日になると学校帰りにこの店を訪れていた。

静かで心地よい空間に身を置くと、彼の趣味である読書も小説の執筆もさらには勉強もとても捗った。

たまに何もせずにボーッとしながらブレンドコーヒーを飲みシフォンケーキを頬張っていると、この上なく贅沢な時間を過ごしているなと感じられた。


今日も学校帰りに立ち寄り、一番奥のいつもの席に座る。ブレンドを一口飲むとまろやかな香りが口の中に広がった。そして買ったばかりの話題の新刊を手に取り、ページをめくった。



「はぁー」


パタンと本を閉じると、テツは満足げな表情で大きく息を吐いた。


「やべっ、こんな時間だ」


カップの中に少しだけ残っていたコーヒーを喉に流し込むと、伝票を手に取って席を立つ。

カウンター横に置かれたレジの前で会計をしていると、カランカランと音を立てて入口の扉が開いた。


「ただいまー。お父さん、雨降ってきちゃったよ。もう最悪。びしょ濡れだよ。ねぇ、タオルある?」


びしょ濡れの髪を小さなハンカチで拭きながら女の子が入ってきた。テツの通う高校の制服を着たその子は、レジの前に立ちこちらを見ているテツに気がついた。


「テツくん?!」

「カナ!」

「なんでテツくんがいるの?」

「それは……」


テツは答えようとしたが、びしょ濡れのカナを前にして目のやり場に困り目を逸らした。

その様子を不思議そうに眺めていたカナだったが、テツの意図に気づくとみるみるうちに顔が赤くなっていく。


「あ、やだぁ!」


そう叫ぶとびしょ濡れの身をかがめながら店の奥へ行ってしまった。


「おい、カナ!」


マスターが呼ぶが返事はない。


「まったく。困った娘だ」


やれやれといった表情でマスターがテツに向き直る。


「あの子のお友達でしたか。いつも娘がお世話になってます」


ペコリと頭を下げて、にっこりと微笑んだ。言われてみるとパッチリした目がそっくりだ。


「俺、あ、いや、僕、山本テツといいます。カナ、あ、カナさんとは同じクラスで……。マスターがカナさんのお父さんだったなんて知りませんでした。ビックリです」

「山本くん、迷惑じゃなかったら今まで通り、これからもコーヒー飲みに来て下さい。たまにカナも店を手伝ってくれてるんで、山本くんが来てくれたらきっと喜ぶだろうし。あの子は小さい時に母を亡くしててね。男手ひとつで育てたものでちょっと素直じゃないとこがあるんだけど、根は優しい子なんです。どうか仲良くしてやって下さい」

「いえいえこちらこそです。またコーヒー飲みに来ます」


カランカラン


扉を開けて外へ出ると、もう雨は上がっていた。

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