第4話

 それからは只管、慣れる為に仕事を熟す日々だった。

 異世界で新しい生活を望む者は毎日やって来る。


「戦士になりたいんだ!それで強いモンスターを倒して感謝されたい!」

「貴族の仲間入りをして、毎日豪華な暮らしをしてみたいの!」

「今の世界なんてもう嫌。何処か静かな場所で、何不自由無く暮らしたい」


 単純ではあるが微妙に面倒な儀式なので、一日の訪問客はそう多くないが、一人だと休む暇が無い。ライドが人手を求めるのも分かる気がした。

 ちなみに何故儀式はあの手順なのか尋ねたところ、それっぽいからだそうだ。うちの店主は大変気まぐれというか、見栄っ張りというか。


 そして、上司と部下という関係だけでは寂しいからと、お互いの話も少しした。俺が高校で友達を庇い、いじめの標的にされたこと。当の本人には見捨てられたことで心が折れて退学したこと。名門校を中退したことで、両親は俺に興味を無くしたこと。実家から仕送りを送ってもらいながら一人暮らしをしていたこと。出会って間もない相手に話す内容じゃないが、それでもライドは真摯に聞いてくれた。


 ライドの事も聞いた。どうやら家族は鬼籍に入っているらしい。ライドが外出している間に、何者かに殺されたんだそうだ。しかしライドは魔法使いとして、学者として非常に優れており、幼い頃から家族と疎遠だった為、あまり実感が沸かないと苦笑していた。家族と会う暇があれば、魔法の研究をしていたらしい。今はその集大成として、この異世界役職店を起業したのだとか。

 

 どこか寂しそうに語るまだ14歳のこの少年に、俺は何だか兄貴風を吹かせたくて。その日の夜はライドの寝室に突撃して強引に枕投げに持ち込み、そのまま二人揃って雑魚寝した。



 今日は二週間に一度の電話掛けだ。普段のオーさんとのやり取りとは違って、これまで異世界に行ったお客さんにその後を報告してもらうのだ。


「最近の調子は如何ですか?」

「貴族としてのマナーの勉強は終えたし、養子にしてくれたお父様の事業も軌道に乗っている。人生で今が一番幸せだわ!」

「お陰様で静かな生活が出来ています。自給自足は大変だけれど、人がいない生活がこんなに気が楽だなんて。昔の私に教えてあげたいくらいです。」


 反応は概ね良好だ。やはり自身で望んだ世界というのは、それだけ満足感も得やすいのだろう。これも偏に、外の世界の人間を暖かく迎え入れてくれる住民達のお陰だろう。俺がいる世界で争う人達に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。


 今は試用期間だからということで、まだ実際に異世界に行けてはいないけれど、その時が来たらこの店の従業員として、彼等から見た異世界の人間代表として、お礼を言って回りたい。ライドと一緒にあちこち歩き回るのも良さそうだ。

 さて、物思いに耽るばかりではいられない。仕事をしなくては。俺は本日最後の電話掛けに取りかかった。


「おぉ!順調だよ!仲間も増えて強いモンスターを倒せるようになってきたし、村に行くと勇者一行ってことで持て成してくれるし!」


 良かった、此処も問題無さそうだ。後ろが賑やかなので、飲んでいる最中かもしれない。そう思って手短に済ませようとした時だった。


「ただ、魔王が何時まで経っても見つからないんだよ。冒険も結構続けてるし、そろそろ情報の一つや二つくらいはあっても良いはずなんだが」

「魔王?」

「ああ、そういやあんたは俺がこっちに来た後に店で働き初めたんだったか。俺、役職を決める時の要望で勇者になって魔王を倒す冒険に出たいって頼んだんだ。店主さんも二つ返事だったし、必ず何処かに魔王が居る筈なんだが、一向に姿を見せねえ。余程恐ろしい存在なのか、村人達も口を噤むんだよ」


 魔王か。俺の世界の物語では確かにありがちだが、言われてみれば居るかどうかも知らなかった。


「店主に確認して、次の連絡時にお教えしますね」

「おお、頼んだぜ!」


 受話器を置く。次回までにはまだ日があるが、早めにライドに尋ねておくことにした。


「魔王について教えて欲しい、ですか?そりゃ何でまた」


 夕食のビーフシチューを頬張りながら、ライドが目を瞬かせる。俺が電話掛けでのやり取りを掻い摘まんで話すと、ああと納得してみせた。


「今日の勇者が言っていた要望が通るなら、魔王自体は存在するのか?」

「いますよ、魔王。ただ比率がねえ」

「比率?」


 はい、とライドは人差し指を一本立てる。

「勇者というのは言わずもがな異世界における花形、人気役職です。うちの店から何人も輩出される訳ですが、それに比べて魔王は一人だけなんですよ」

「一人?!」

「そうなんです。というか、そんなにごろごろ魔王がいたら世界が滅んじゃいますよお」


確かにそうだ。それだけ居たら今度は世界が成り立たない。


「だから存在はしますけど、出会える確率は限りなく低いです。勇者の中には、魔王に会えず一生を終える人もいます」

「それって店の契約上はどうなんだ」

「問題有りませんよ。僕等はあくまで新しい人生の最初を補助するのであって、それ以降は自己責任ですからね。店としては、たった一人の魔王を失って勇者の役職希望者が減る方が痛手です」


 得心がいった。そういう事情ならば仕方がないだろう。


「魔王役職希望の人って、未だ来ないんですよねえ。そちらの世界の読み物の影響が良くも悪くも強いんです。例え魔王が主役のハッピーエンドな物語でも、必ず一度はどこかで痛い目に遭わなきゃならないと思っているみたいで」


 ビーフシチューを食べ終わったライドから欠伸が漏れる。


「悪い、長話が過ぎたな。今日は残業だったし、夜も遅いからもう休め」

「あ、今子ども扱いしましたね。僕もうそんな年でもないですよ。でもそれとは別に眠いのは事実ですね。大人しくベッドに入ることにします」

 

 頬を膨らませながらも階段へ向かう。今日の食器洗い当番は俺なので、ライドの分も重ねて流し台へ持っていこうとした時だった。

「タカフミさん」


 段差に片足を掛けてこちらを振り返る。

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 少年はくすぐったそうに微笑み、今度こそ自室へ向かったのだった。



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