第6話

「それは……経歴を見て知っている。8年前、ウゾルクに強力な魔獣が現れたんだろう。民家が襲撃されたと」


 イザリオは騎士団員の資料を手にしながら話し続ける。スクナセスはフェルが騎士になった理由を聞き唇を噛んだ。少女に対して心無い言葉を掛けた自分を責める。


「だから私は王の騎士にはなりません。ウゾルク騎士団として国を巡り魔獣を殺します。要望があればこの正義の剣も返上するつもりです。……私に正義などありませんから」

「寧ろいい話だと思うんだがな」


 イザリオは敢えて言葉を止め、驚いた表情を浮かべるフェルを楽しむ。


「俺がフェルを選んだのは魔獣に対して強い意志を持っているからだ。何故なら今、デステアルナ国に再び魔獣が息づいている。しかも神代ほどの脅威を持っているという。その原因を探るのにフェルの力を借りたい」

「……魔獣が息づく?どういうことですか?」


 フェルの目が大きく見開かれた。思わず前のめりになってイザリオに問う。


「新しく発見された採掘場が魔獣に襲われました。多数の死傷者を出しています。ボルチャーでは全く歯が立ちませんでした……。8年前、ウゾルクでの出現して以来、度々他の採掘場でも確認されています。魔獣に有効なのは恐らく……」

「ウゾルクの騎士と武器」


 スクナセスの補足の後でフェルが呟いた。かつて魔獣を打ち払ったのはウゾルクの民であり、神の加護を持つというウゾルクの鉄鉱石でできた武器だ。悪神イノスを倒したという謂れを持った剣はフェルの腰に下げられている。


「襲撃時、偶然ウゾルク騎士団が数名居合わせていたのです。……深手を負わせることができたのが彼らの武器でした。逃げられてしまいましたが」


 フェルは気持ちが高揚していくのを感じた。自分のやり遂げたいことが目前に迫っている。


「それに君は俺だけじゃない、正義の剣にも選ばれてる。これ以上相応しい人材はいないだろ?」


 そう言って片目を瞑るイザリオをフェルは冷めた目で見た。フェルは地面に顔を俯かせしばしの間、沈黙する。


(王の世話なんて余計なことはしたくなかったけど……。どちらにせよ魔獣を殺すことができるんだから同じか)


 フェルは素直に了承の返事をするのを躊躇った。


(全て、王の思い通りに話が進んでいるようで気に入らない。これは私の意思だ。王の言いなりになったわけじゃない)


 絵になりそうな完璧な笑みを浮かべるイザリオが気に入らない。フェルは息を吸った後、捲し立てるように返事をした。


「……王の騎士になります」

「よく言った!」


 イザリオの大袈裟な喜びようにフェルは疑いの眼差しを送る。了承しなければ良かったかと思い直すがもう遅い。

 座っていたから椅子から降りるとフェルの目の前にやって来て手を差し出す。それは握手の合図だった。

 フェルは握手をしなかった。椅子から下りると叙任式のように仰々しく膝立ちをして頭を下げる。それは握手を求めた王への好意を無下にする行いだった。


「この期に及んで……!」

「大丈夫だ。スクナセス」


 スクナセスが文句を言うよりも先にイザリオの言葉が遮る。


「これぐらい元気があった方がいい。宜しく頼むよ。フェル」


 フェルが顔を上げるとそこには美しい笑みがあった。友好の挨拶を踏みにじったというのに嫌な顔一つしないイザリオにフェルは心の中で舌打ちをする。


(こいつ。本当に気に入らない)

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