第3話

「何の騒ぎです?これは」


 部屋に入って来た侵入者によってフェルの集中力が切れたのか先ほどまでの張り詰めた緊張感が消える。

 ウゾルク騎士団の者達がその人物を目にするなり敬意を表すように右手を直角に曲げて頭を下げる動作をする。人が波のように引いていく。


「スクナセス様?」「王の腹心がなぜこのようなところに?」というウゾルクの者達が口々に噂する。

 暗い髪色が多い会場に眩い金髪の者が入ってくると目立つ。背に届く金糸のような細長い髪、あまり筋肉の付いていない薄い体は一見すると女人にょにんのように見えなくもない。濃い茶色の瞳からは知性を感じさせる。

 スクナセスはイザリオの側近であり政を一番近くで補佐する人物だった。

 それぞれ剣のグリップに手を掛け合ったフェルとイノークを見つけて苦言を呈した。


「城内でのあらゆる私闘は禁じられているはずですが……」

「ただ酒の場での戯れですよ。この者達は本日入団したばかりでして……」


 慌ててスクナセスの前に出てきたウゾルク騎士団の長、イアンが二人を弁護する。イアンは体格のいい男性だったが優しい顔つきのせいで迫力に欠けていた。そのせいでウゾルクに戻ると年寄りから「軟弱」扱いされてしまう、可哀想な長でもあった。

 イノークは顔を真っ青にさせて剣をベルトに戻した。一方のフェルは剣のグリップに手をかけたまま低い体勢から元の体勢へと戻る。臆することなく侵入者を睨んだ。


「お互いブレイドを出していないようですし、負傷者もいない……。今回の所は見逃すとして。正義の剣の保有者、フェルという者はいますか?」


 思いがけない名前が出てきたことで会場はどよめいた。そして誰もが今朝の叙任式での失態を責められるのだと思った。デュランは情けない表情を浮かべながらフェルの方を振り返る。


「私です。宰相さいしょう様」


 意外にもフェルは一歩前に出て敬意を示す動作を見せた。スクナセスは騒動の当事者であるフェルを確認すると眉間に深く皺を刻んだ。


「よりによってあなたでしたか……。これから私と共に来るように」

「あの……フェルはどこへ?」


 デュランが恐る恐るスクナセスに問う。見下すような冷たい視線をデュランに向けながら答えた。


「イザリオ様の執務室です」


 その答えにより周囲の人間が騒めき立った。


「きっと今朝の咎めを受けるんだろうよ」

「悪神め!とっとと消えな」


 勢いを取り戻したイノークと取り巻きがフェルに罵声を浴びせるがフェルは少しも動じない。スクナセスに向かって歩みを進めるフェルの腕を掴む者がいた。

 それは他でもないデュランだった。心配そうな表情を浮かべていたがフェルは黙って腕を振り払う。


「王自ら呼び出すことなんてあるのか?」

「それにしてもフェルの不遜な態度には困ったものだな……。これからデステアルナでやっていけるのか?」


 ウゾルク騎士団の男たちは口々に話す。


「デュランからもフェルに言ってやってくれないか」


 イアンの言葉を返すことなくデュランはフェルが去っていった方角を眺めていた。

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