【第二部】ロック音塊中毒少年群

十鳥ゆげ

第一部:須賀結斗の場合

第1話:落ちる

 暗闇で暴れる獣のようだ、というのが第一印象だった。


 その手数の多さに、周囲の客が千手観音みたいだとか囁く中で俺はしかし、自分の認識の誤りに気づく。


 その眼。


 汗だくになってライトブラウンの短髪から汗が飛び散る姿は、確かに獰猛な獣のようだったけど、その眼はどこまでも冴えていて、冷静で、お世辞にも上手いとは言えない他のバンドメンバーの様子を俯瞰しているようだった。

 ギターが走ればおさえ、ヴォーカルがもたつけば引っ張り、ベースが自由に弾けるよう計算して叩いているように、見えた。 

 さらに言えば、俺の邪推かもしれないけど、どこでどう叩けば客に受けるか、どう盛り上げるか、どう叩けば他のメンバーが活きるか、それすらも操っているかのように思えた。


 まだ俺と同じ16歳にも関わらず。


 たまたま友人に誘われて立ち寄ったイベントで出くわしたバンドだった。友人に聞いてみると、


「え? 結斗ゆうと、知らねえの?」


 と驚かれた。


「メインは大学生だけど、ドラムは北高の三津屋みつやアキラだよ。あのスーパードラマー」


 三津屋アキラ。


 この地域で音楽をやってる人間なら知らない奴はいない。

 俺だって、名前とその活躍っぷりは聞いていた。中学の頃から高校生や大学生のバンドのサポートで叩いたり、或いはインディーズバンドのサポートもギャラを受け取ってこなしていたりする、まさに『スーパードラマー』。

 

 気づくと俺はゆっくりとステージにふらふらと引き寄せられていた。


 ヴォーカルは下手だがデスボイスで誤魔化す系。俺の趣味じゃない。

 ギターもベースもそれなり。でも三津屋アキラはあえてレベルを彼らに合わせていた。


 最後の曲の最中、汗だくの三津屋アキラの左手から、ドラムスティックが滑って客席に飛んだ。

 思わず手を伸ばすと、それは小柄な俺の手のひらの中にあった。掴んだ感触もなかった。三津屋アキラは瞬時に予備のスティックで叩き続け、演奏を終えるとすぐに立ち上がり、大学生三名になど眼中にない様子でステージからはけようとしていた。

 最後に客席に向けて会釈をした。

 それもまた、ぞっとするほど凍てついた眼。

 でも、俺の手の中にあるスティックはこんなにも熱を帯びている。


 訳の分からない動悸に襲われ、次のバンドのためのセットチェンジが始まっても動かない俺を、友人が不審に思って連れ戻しに来てくれた。


「結斗、大丈夫か? あ、おまえ三津屋のスティック取ったんだな」

「え、あ、うん。俺ちょっと気分悪いから帰るわ」

「おい、どした? マジで顔色悪いぞ」

「うん、平気平気」


 そう、平気。


 ただ、一目惚れってのが初めてだっただけで。


   ◇


 俺の人生を変えることとなる男。

 俺を最高に幸せにしてくれる男。

 俺に最強の快楽を与えてくれることとなる男。

 俺と共に数々の試練を乗り越えて行くことになる男。

 そして、俺が生涯愛してやまない唯一の存在になる男。


 三津屋アキラ。


 I was born to love you.


 そう、俺は三津屋アキラを愛するために生まれてきたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る