第16話 黒い瞳
*
空は晴れていた。
白い大きな壁が、日の光を跳ね返す。誰もが校門にたどり着くまでに一度は目を細めた。
窓から光が入り込む。大勢の黒いブレザーが各々の教室に吸い込まれる。その教室の一つ、誰もが息を飲むようにして、隅の席を見つめていた。ひそひそと黄色い小声が聞こえる。髪の毛が黒いとか、とても痩せ細っているとか、目元が鋭いとか、人相が悪いとか、あんなに格好いい人だったのねとか、好き好きに呟く。
黒いブレザーを纏った修治郎は、肘をついて不機嫌そうに窓の外を見つめていた。手元にはお守り代わりの新書を一冊携えている。
遠巻きに見ていた一人が歩み寄り、修治郎に話しかけた。
「なあ……えっと、誰だっけ」
修治郎は不機嫌そうな目つきをそのまま向ける。微かに震える指を押さえつけて言葉を発す。
「君が先に名乗れ」
か細い声だがつっけんどんな言葉に、相手は少しむっとした表情を見せたが、すぐに返した。
「ノーマン。よろしく」
名乗ったままの調子で続ける。
「なあ、あんたって中国人だっけ」
「アオキ。日本人だよ」
「英語うまいけど、ちっちゃい頃から住んでたとか?」
「留学生。英語は全て日本で覚えた」
「ふーん……なあ、アオキってファーストネーム?」
「ハウスネーム。黄色い人間のファーストネームは覚えにくいだろう」
「いや、それは分かんねえけど」
「ハサウェイのお嬢様が言っていたぞ」
その言葉に、相手だけでなく教室中がざわめいた。
「シャーロット・ハサウェイ……?」
静かにわめきたつ教室を背に、相手は神妙な声で聞いた。
「もしかして、あんたが学校来なかったのって、シャーロット・ハサウェイに虐められたから?」
修治郎は興味深そうに相手を振り向いた。
「今までそうだった生徒がいるのかね」
生徒は唐突に動揺して、そっぽを向いた。
「いや、俺の口からは何とも」
修治郎もそれきり深くは問わず、ただ満足げな顔のまま黙り込んだ。教室はしばらく波の音のように沸いていた。
予鈴が鳴り、修治郎は何食わぬ顔で授業を受ける。休憩中に何人かが修治郎に呼びかけるも、そっぽを向いて応えなかった。
そのまま何も起こることなく昼休みとなった。
修治郎は誰とも目を合わせないまま席を立つと、まっすぐ廊下を渡る。透き通る程黒い髪の珍しさに、周囲がちらほらと修治郎を振り向く。人混みと話し声に呑まれると、すぐさまその眉間には皺が寄る。それでも綺麗に避けて歩く中、彼の名前を呼び止める一人の少女があった。
「アオキ」
修治郎はゆっくり、背後を振り向いた。
「随分元気そうじゃない。まさか同じ学校だったなんてね」
金髪をふわりとなびかせ、花が咲くようににこやかな笑顔を浮かべる。
修治郎は、長い溜息を一つつくと、険しい顔でシャーロットに向き直る。
「お陰様でな」
長い前髪から黒目が覗く。瞳孔が紛れて分からないほど、暗雲のように黒い目だ。
廊下を歩いていた生徒達は、何が何やら分からないまま、遠巻きに二人を見つめている。シャーロットは続けた。
「折角再会できたのだから、もうちょっと笑ってくれてもいいじゃない。何処のクラスも、ずっと登校してなかった東洋人が来ているって話で持ちきりよ」
修治郎はいびつに口角をぐっと引き上げて、こう一言。
「そうだな。僕も、ここに来れば君に会えるような気がしていたよ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
シャーロットも倣って、口角をなめらかに引き上げ笑う。お互い目線だけで睨み合う。
修治郎はまた数歩寄り、静かに息を吸って、出来る限りの低い声でこう言った。
「ここじゃあ人が多い。二人きりで話がしたいよ」
シャーロットは不敵な笑みを崩さないまま、自信ありげな声で返した。
「ええ、いいわ。望むところよ」
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