第36話 未来
なんだ?何が起きているんだ?
部屋に入った祥吾は、真っ先に仕事用のスマホを開いた。するとそこには、美緒とのやり取りが残り、その内容に愕然とした。
『なんで家に来たんだ』
『だって、奥さんとの離婚話が進まなくて困ってるって言ってたから、私、ちゃんと慰謝料払うし、子供だって、私たちで引き取ってもいいって思ってるから、そう言いに行ったの。祥ちゃんだって、早く別れたいって言ってたし』
『だからって、物には順序ってものがあるだろ。美緒が来たことで、あいつ絶対に別れないって意地になっちゃったじゃないか。上手いこと離婚に持っていこうと思っていたのが台無しだよ』
は?俺、美晴と離婚する気になってるのか?嘘だろ……というか、結局美緒と付き合ってるのか?結婚してるって話したのに?結婚してるってわかってても美緒は俺と付き合ったのか……
展開がわからず、私用のスマホを開いた。そこでまた愕然とした。
『どういうこと?ちゃんと説明してくれる?あなた、愛人がいたってことね。愛人に家に乗り込まれて、別れろ別れろってまくしたてられて、私がいったいどんな気持ちだったか、あなたわかる?子供たちは私が育てるって、あの人は何なの?私から家庭も子供も奪うつもり?もう訳が分からないわ。しばらく実家にいます。もちろん子供たちも連れてね』
『ごめん。すぐ帰るから待っててくれないか?ちゃんと話すから』
『実家にいるの?話したいのに、待ってて欲しかったよ。ちゃんと話そう。今からそっちに行くよ』
『こないで。まだ親に話してないから。冷静にならないと気が変になりそうで話せてないの。こないで』
『じゃあ一度帰って来てくれないか?話そう。ちゃんと話す。俺は美晴と別れるつもりはないんだ。ごめん、本当にごめん。帰ってきてくれ』
な、な、なんだこりゃ……この乗り込まれた日から美晴は一度も家に帰ってないじゃないか。美晴の親の怒りもMAXだし、なんでこうなるんだ……ダメだダメだ、やり直しだ。こんなの、絶対ダメだ。
祥吾は慌てて戻り時計をセットした。いや、セットしようとして、そのままでいいんだと動かそうと摘んだつまみから指を離した。そしてそのままボタンを押そうとして、指を止めた。
どうすればいい?結婚してないと言えば元通りだ。でも元通りじゃマズいじゃないか。結局戻ってきて美晴にいつかはバレる。美緒と関わらない人生にしなければならないんだ。結婚していると言ってもこうなってるってことは……
祥吾は仕事用のスマホを開くと、美緒とラインを始めたところまで戻った。そしてそのやり取りの中で、どうやら病院でバッタリ会い、水回りを見に行った辺りは以前と変わりないことがわかった。ということは、病院に行かなければいいのか?いや、でも水回りのことで連絡が来れば、結局美緒の部屋に行くことになる。だったら、あの部屋に行った日……あそこに戻ってやり直そう。確かゴキブリが出て、あの時、怖がる美緒を抱き寄せた。あれを止めればいいんだ。
過去日時 2013年 10月22日 17時35分
未来時間 2018年 11月17日 20時30分
あの日、約束は17時半だった。が、少し遅れたんだ。そんなことまでまだちゃんと覚えていた。そこに戻って、美緒の部屋に入るところからやり直しだ。ゴキブリが出て飛んでも、美緒が怖がっても、美緒を抱きすくめたりしない。冷静に対処しよう。
そして祥吾はそこに戻り、水回りをチェックしたあとに登場したゴキブリをやっつけ、ティッシュ包んで「処分しておきます。それでは、また何かありましたら会社の方へ連絡ください」と、部屋を出た。
これでいい。未来へ戻ろう。家族のいる未来へ、美晴のいる未来へ。
「ねぇねぇ祥ちゃん、どうしたのよぼんやりしちゃって……」
……祥ちゃん?祥ちゃん……
ハッと目覚めた祥吾の前には美緒がいた。実家にいたはずだ。そこに戻るはずだった。いや、美晴と子供たちのいる部屋に戻るはずだったのに、なぜ美緒がいるんだ。しかもここ、どこだ?祥吾は見覚えのない部屋を見渡し、あきらかに自分のものがたくさん置かれたそこは、まるで自分の家のように思えた。
焦った。どうなっているんだ?焦りまくって手にしていた戻り時計とスマホを持ってトイレに入った。ほかに一人になれる場所などありそうもないからだ。
祥吾はスマホを開き、美晴とのラインを開いた。開いてしばらく続く自分からのラインに美晴の返事はなく、目に映る自分の送ったラインに嫌な予感をしながらスクロールして行くと、ようやく美晴の言葉を見つけた。
『離婚届は書いてくれましたか?』
離婚届け?やっぱりそんなことになっていたのか……どこでどうなってそうなったんだ。俺は離婚届を書いたのか?どうしたんだ?わからない。わからない……どうなってるんだ。
祥吾は慌てた。これはマズい。一回目も二回目も、美緒と関わらない人生にするつもりだったのに、二回とも関わっちゃってるじゃないか。どうしたらいい?どうしたらいい?どうしたら美緒と関わらない人生になるんだ……
祥吾は蓋をした便器に座り頭を抱えた。なんで自分はこんなとこにいるんだと。
あっ!そうか、最初が間違いだったんだ。そう、最初からだ。俺が美緒の担当にならなければよかったんだ。そうすれば美緒と関わらない人生に戻れる。俺は美晴と家族のもとへ帰るんだ。
過去日時 2013年 9月18日 7時
未来日時 2018年 11月17日 20時30分
祥吾は美緒と出会った日の朝に戻った。そして、その日は体調が悪いと会社を休んだ。今日のお客様の担当を誰かと変わって欲しいと言づけて。これでいい。やり直した未来に家族がいると信じて、戻ってきた。
余白に書かれた言葉など、慌てた祥吾の頭の中からすっかり消えていた。経験者の忠告をちゃんと確認していれば、何かが違ったかもしれないのに……
「祥吾さん。どうするの?」
「美晴……美晴だ」
美晴がいる。やったぁ、戻れたんだ。美晴と家族の元に戻れた。テーブルの下で、思わず握りこぶしを作りガッツポーズを取った。
「祥ちゃん……」
ふと、聞き覚えのする声が聞こえ、そちらに顔を向けた。
……え?
祥吾編~了~
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