鱶川ちひろとの出会い

 軽快な足音を鳴らしながら、駆け足で階段を下りていく二人。もう少しで地下階に降り立つ……というところで、突然、階段が大きくぐらついた。

 手すりがないため、倒れないよう足を踏ん張るので精いっぱいだ。こんなときに地震か、と、めいが歯ぎしりした矢先、足元にビシッと亀裂が走った。


「わっ!」


 階段に走った亀裂は、バリバリと大きくなっていく。そして……まるでウエハースのように、階段は音を立てて崩れた。足元の崩壊に巻き込まれて、めいは冷たい地面に尻もちをついてしまった。


「あいたたた……アヤノさんは大丈夫?」


 見ると、アヤノは階段を飛び降りていて、尻もちをつかずに済んでいた。


「ワタシは大じょ…うわっ!」


 階段を飛び降りたアヤノに向かって、鋭い矢が飛んできたのだ。矢はそのままアヤノの右側を通って壁に跳ね返った。

 

 ――地下で待ち伏せされている。


「もう少しでお楽しみの時間だったってェのに……邪魔したのはお前か、アヤノ」


 狩装束を着崩した背の高い女が、廊下の向こう側で弓を構え、矢をつがえていた。その傍らにはゴスロリ衣装を着たツインテールの少女が立っている。そして……


「ひなちゃん!」

「めいちゃん!」


 渡辺比奈。めいが追い求めていた親友が、黒装束のニンジャに右腕をつかまれていた。


「アンタは鱶川ちひろ! さてはまた性懲りもなく女タラシ込んでるのね!」


 背の高い女、鱶川ちひろを見るなり、アヤノは銃口をそちらに向けた。だが引き金に指をかける前に、拳銃は手から叩き落とされた。ちひろがアヤノの手を狙って、矢を射かけたのだ。

 当たった矢は、拳銃とともに床に落ちた。アヤノの指から流れた血を伴って……


「いった……いつつ……」

「はっ、バイキングに行ったら普通、色んな料理を少しずつ皿に盛って食べるだろ? それと同じこったよ。一つの料理を皿に山盛りするのはバカのすることだ」


 痛みに苦しむアヤノに対して、鱶川ちひろは涼しげに言い放った。この弓使いとアヤノ・ドロイは、どうやら初対面ではなさそうだ。だが、そんな事情はめいに関係ない。


「ひなちゃんを返せぇ!」


 めいは拳を固く握り、床を蹴って走り出した。敵の素性などどうでもいい。今すべきことは比奈を助けることだけだ。

 だが、そんなめいの行く手を遮るように、ガラガラガラッと上からシャッターが下りてきた。加速しきってしまっためいは止まりきれず、銀色のシャッターにガツンと頭をぶつけてしまった。


「言っておくが、ここはあと十分で大爆発する。そんじゃ、オレたちはここでオサラバするぜ」

「そうね、そこでこの基地と運命をともにしなさい。わたくしはちひろお姉さまと愛の逃避行~♡」

「ゆめ、無駄口叩いてねェでさっさと行くぞ」


 それだけ言い残して、シャッターの向こう側から声は聞こえなくなった。おそらくどこかに外へ通じる出口があって、そこから逃げる気なのだろう。


「証拠隠滅を図るとは……やっぱり悪党は悪党ね。こっちはあいつの体の結構恥ずかしい場所にホクロがあるっていう重要機密を知ってるってのに」


 しれっととんでもないことを聞いてしまった気がするが、そんなことを気にしている余裕はめいになかった。


「アヤノさん、こんなシャッター、酔滅拳で打ち破ってやります!」


 激しくいきり立ち、拳を握っためい。シャッターに殴りかかろうとしたそのとき、突然左側から乱暴に扉が開かれる音がした。そして次の瞬間、めいの左肩に何者かがぶつかってきた。


「わっ! 誰!?」


 何者かが、体当たりを仕掛けてきたのだ。衝撃で床に尻餅をついためいは、その犯人を見上げた。


「酒ェ! 滅べぇ!」

「あっ、この間の凶暴女!」


 体当たりしてきたのは、ケダモノ女――アルコールヘイター戮であった。偽ロマネ・ルカンのパーティで戦った相手だ。獣女はまるで猛犬のように、口の端からよだれを垂らして床を汚している。


「酒ェ! 滅ぼすべし! 滅ぼすべし!」

「二度も会いたくなかった相手ね! 酔滅ボンバーナックル!」


 素早く跳ね起きためいは、再び突っ込んできた戮の鼻っ面に強烈なパンチを叩き込まれた。その一撃で戮は吹っ飛ばされ、壁に頭を思い切り打った。この凶暴女は、鼻血を垂れながらあえなく昏倒したのであった。


「さぁて、それじゃあシャッターをどうにかしますか! 酔滅旋風脚!」


 今度は閉めきった扉に向かって、旋風脚を打ち込んだ。シャッターはバコンという音を立てて吹き飛んだ。


「ひなちゃん……ひなちゃん!」


 シャッターが下ろされてからそんなに時間は経ってない。なのに悪党三人と比奈の姿が見えないということは、彼女らの立っていた場所からほど近いところに出口があるものと思われる。悪党どものすぐ背後にあった突き当たりのドアを目指して、めいは走り出した。

 

 ようやく手が届いたのだ。絶対に、連れ去りなんて許さない。



 

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