第83話 ジョニー達と道中と
「……よし、こんなもんか」
「上手ですわ! アレイさんも、魔力の使い方に慣れてきましたわね。意識をしないと上手く使えませんもの。今までに比べると格段に良くなりましたわ」
「まあ、それだけ大変な思いをしたからな……」
「ええ。アレイさんはよく頑張っていますわ。でも、まだまだ上を目指せますことよ!」
道中の馬車でラトゥとそんな会話をしながらも、俺は魔力を扱うための訓練を続けていた。
平常時、常に自分にとって負担が強い量の魔力を消費し続けるという訓練だ。これは、魔法使いなどはよくやっている訓練らしい。何度か限界を超えてしまって気絶したが、その成果もあり魔力の扱いは確かに自分でも自覚できる程度には改善された。
この一週間は、本当にひたすらに癖を直したり魔力の扱い方の練習を重ねてきた。
「魔力というのは、どうしても限界を知らなければ危険ですわ。だからこそ、平常時に自分の限界近くの魔力を探り続けますの。特に、魔力量というのはダンジョンに潜った後や日常でもちょっとしたきっかけで変動しますわ。そのズレが致命的になる可能性があるからこそ、危険の無い状況では魔力を使いますの」
「だから、魔法使いに出会うと威圧感を感じるんだっけか」
「そうですわね。普通の人でも魔力を感じ取れますもの。魔法使いが怖いというイメージはここから来ていますわ。魔力を常に放出しているというのは、普通の人からも感じれますわ。生物として、魔力を放つ生物は魔獣などが多いから本能的にに警戒するのと同じですわね。ちなみに、魔種は元々魔力に恵まれているので自然に放出される魔力量が多いから忌避される地域が多いんですのよね」
勉強になる話を聞きながらも、俺は魔力を消費し続ける。
ラトゥは教師としては想像以上に優秀な先生だった。教えることも上手いのだが、色々と吸血種の貴族として学んできた知識や造詣が深く俺の知らないような事情やら話を教えてくれる。
「ラトゥに教えてもらえて良かったよ」
「ふふ、それなら良かったですわ。アレイさんも、妹さんのことがあるのに集中して頑張れて凄いですわよ」
「あー、まあ現実逃避的な面もあるからな……」
現実逃避というのは……ティータの事だ。
ティータは一週間の間、調子が戻ることはなかった。何度か顔を見せに行ったのだが、ベッドの上で苦しそうにしているか寝ている姿しか見ていない。
(どうにもならない事だからこそ、歯がゆいんだよな……)
行くまでに声をかけたときにはちょっとだけ起きていたが……それでも、頷いて答える事しか出来なかった。
だからこそ、今度は心配をかけずに帰ってきて元気な姿を見せるために魔力を使う練習を重ねていたというわけだ。
「ふふ、妹さんが元気になったときにお話をしてあげられるように頑張りましょうね」
「ああ、そうだな」
ラトゥも、嫌な顔をせずに俺の相手をしてくれて助かった。
何度か街に連れ出して冒険者ギルドに顔を出したり、街に行って買い物をしたりで気分転換をして貰ったがそれでも俺に魔力操作を教える先生役をしている時間が長かった。
(正しいやり方を知るだけで、こんなに楽になるもんなんだな……まあ、今は負荷をかけてるから辛いけど)
ダンジョンに挑む前に逆算して、魔力の回復する時間で魔力の放出を止めるのも冒険者としては必要技能らしい。
残量を把握して、そこからどこまで回復するか? どこで魔力を節約するか? という思考をするわけだ。むしろ、それを知らずに今まで生きてダンジョンから帰ってこられた自分には、なけなしでも幸運があったのだろう。
「それで、ラトゥ。新しいダンジョン……というか、未到達ダンジョンに挑むときに注意点って何があるんだ?」
「そうですわね……私も、あまり経験がないから詳しい説明などは出来ませんの。ですが、誰も踏み入れていないダンジョンというのはまず警戒すべきは人を寄せ付けないんですの」
「……人を寄せ付けない?」
ダンジョンというのは、冒険者のような獲物を招き入れるという常識を知っている俺からすれば不思議な言葉だった。
「知りませんの? ダンジョンというのは、地下を通る魔力を吸収して成長しますのよ。とはいえ、それだと成長するまでに時間は掛かりますわ」
「えっ、そうなのか!?」
「ええ。ダンジョンというのは、冒険者を招き入れてそこで力尽きたときに初めて外から来た獲物を捉えるために変化しますの……まあ、基本的に危険な未到達ダンジョンに新人を行かせる事はないので知らない人も多いですわね」
……確かに、言われてみれば俺の知っているダンジョンの在り方だと冒険者を捉えられないダンジョンはそのまま飢えて消えてしまう。
それに、冒険者がいなければ飢えるような未到達ダンジョンなんて物は存在しない事になるだろう。
「誰も踏み入れた事のないダンジョンでは、冒険者が本当に異物として判断されますわ。だから、通常よりもモンスターは凶暴になりますの」
「まあ、それはそうだよな」
「本来よりもダンジョンとしての難易度は上がりますわ……その代わり、誰も踏み荒らさず成長したダンジョン内では魔石も魔具も、貴重で純度の高い物になりますの」
だからこそ、一攫千金の可能性があるという訳か。
……ワクワクとした気持ちと、この先がどうなるかという不安がない交ぜになった気分だ。と、そこで魔力の放出を止める。
「ん、このタイミングだよな?」
「ええ、アレイさんの回復する時間を考えると丁度良い時間ですわね。教えたらちゃんと覚えてくれる良い生徒ですわ」
「教え方が良いんだよ」
「ふふ、ありがとうございますわ」
俺の言葉に、嬉しそうな顔をしてご機嫌になるラトゥ。
……なんというか、教わっている立場で言うのもなんだが子供っぽい所がある。俺としては微笑ましい気分になってしまう。
(まあ、ダンジョンに入ればすぐに熟練の冒険者の顔になるだろうけど)
切り替えの上手さも冒険者の必須技能だ。
「悪い、到着まで少し寝る」
「ええ。起こしてあげますわ」
その言葉に頷いて、俺は仮眠を取る。
……ティータの事。魔具のこと。借金の事。この先の事……色々と考える事はある。しかし、このダンジョンに挑む前の時間だけは、俺は全てを思考の隅において冒険者としての自分に切り替えるのだった。
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