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「世話係じゃなくて護衛だと何度言えばわかるんですか」

 厳しい声が聞こえ、彼らは振り向いた。書類を手に歩み寄って来るのは、黒髪の若き騎士エミルだった。彼の登場により、その場の空気が一気に凍り付く。

「ラースさん、ニコライさん。明日から僕も教育係兼護衛として付くので、そのつもりでいてください」

「ああ、わかった」

 おそらくエメに【名付け】が行われ【祈り】が与えられたことは、遠くなく王宮のすべての者の知るところとなることだろう。そうなれば、エメを見る周囲の目も変わり、ラースとニコライが騎士として不本意な任務をしているという誤解も解けることだろう。

「厳重っスねえ」

 つくづくとニコライが呟くので、エミルは肩をすくめる。

「彼の【癒し手】は最上位エクストラスキルですからね」

「でも、国王陛下にも王妃殿下にも、エメ坊ちゃんを利用しようなんておつもりは一切ないんスよね」

「そうでしょうね。言うなれば、不遇の子どもを助けたい。ただそれだけのことではないでしょうか」

 エミルは誰とも視線を合わせない。書類に目を通しながら話をしているのだ。それは昔からの癖らしい。それがエミルの「冷たさ」を助長しているのだ。

 エミルの所属はラースの隊ではない。本来ならラースの小隊から教育係を選んだほうが都合がいいのだろうが、エミルほど優秀な頭脳を持つ者はラースの小隊にはいない。

 エミルはアーデルトラウト王国国王直属騎士団の中で一、二を争うほどの頭脳を持ち合わせている。教育係に抜擢されたことは、妥当な判断だろう。

「坊ちゃんは他にもスキルを使えるんスかね」

「さあな」ラースは肩をすくめる。「俺は知らん」

最上位エクストラスキルを持っているので」と、エミル。「他にも、中位セカンドから上位レアのスキルを持っていてもおかしくはないかと」

 スキルは、経験値や環境で得ることもあるが、固有スキルに付随して得る場合が多い。固有スキルのランクが高ければ高いほど、付随するスキルのランクも高くなるのだ。

「あとで【鑑定】してみたらどうっスか?」

 興味をそそられたらしいニコライが言うので、エミルは書類に視線を落としたまま顔をしかめる。

「本人が良いと言うなら」

「保有スキルを自覚しておくことで、後々楽になることもあるかもしれないっスよ」

「まあ、そういうこともあるでしょうね」

「鑑定より顔合わせが先だ。明日の午前でいいな」

「構いません」

「ニコライ、報告に行くぞ」

「了解っス」

 ラースとニコライが詰所の奥へ進んで行くと、エミルもその場を離れて行く。凍り付いた空気が緩み、騎士たちはようやく安堵の息をついた。


 騎士の中では、エミルが最も取っ付きにくいと言われている。その次がラースだと言われているが、三番目にニコライがくるのだ。ニコライはいつも軽口をたたいているが、その反面、何を考えているのかがよくわからない、と騎士たちは言う。要は本音を隠すのが上手い男なのである。

 ニコライはラースの直属の部下である。取っ付きにくい男ナンバー2とナンバー3が並び、そこにナンバー1も加われば、騎士たちの空気が凍り付くのも当然である。

 三人とも有能であることは認められているため、敬遠されるようなことはない。取っ付きにくい、ただそれだけのことだ。とは言え、三人とも友達を作るために騎士をやっているのではない。取っ付きにくいと思われようが一向に構わない。任務を遂行するための必要最低限の意思の疎通ができればそれでいい。まったく性質の違う三人であるが、その認識だけは共通のものだった。

   *  *  *


 ベルンハルト団長への報告を終えると、ニコライはエメの部屋へ赴いた。部屋の前にいた護衛騎士に声を掛けて部屋に入ると、エメはベッドで静かに眠っている。

(はああ……寝顔がマジ天使……)

 おそらくここにユリアーネがいたら、同じことを思っただろう。表面上は冷静を保っているように見えるが、エメに心を奪われていることは一目瞭然である。

 ラースもなんだかんだ面倒見が良い。最初のうちは溜め息をつきながら嫌々やっているように見えたが、エメを疎ましく思っているわけではないことはわかっている。子どもを邪険に扱うほどの鬼ではない。

(あの顔で損してるんだよな~)

 ラースはいつも仏頂面である。気が付けば眉間にしわが寄っているし、見ようによっては怒っているとも思える。エミルは「無表情だから怖い」と言われているが、それは恐ろしさに近い。対してラースは「何をしても怒られそうで怖い」という総評である。

 実際のところ、ラースは並大抵のことではそうそう怒らない。ラースが簡単に怒る人間であったなら、ニコライはラースの小隊には居られなかっただろう。

 ニコライはラースを心から尊敬している。命を助けられたあの日から、一生ついて行こうと心に決めたのだ。

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