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王宮の庭園は、三人の庭師によって整えられている。国力をそのまま形にしたような王宮に相応しく、その丹精を込めた手入れは隅々まで行き渡っている。剪定の施された木が程好く生え、花壇には満開の花が咲き誇っている。中心にある噴水がその荘厳さを引き立てていた。
ラースの腕から降りた少年は、美しい風景に見惚れているようだった。花壇のそばに腰を下ろし、花の一輪一輪を眺めている。モンキチョウが飛ぶと手で追い駆けた。
「癒し手の一家が惨殺されたのは、八年ほど前だそうです」
それまでの笑みを消し、ニコライが声の調子を落として言う。続けろ、とラースは促した。
「王宮が把握している限りでは、彼は当時四歳だった次男だと思われます。王宮が一家を発見し、保護しようとした矢先のことだったそうです」
ということは、彼はいま十二歳。それにしては体が小さい。体を成長させるための栄養が摂れなったのだろう。
四歳と言えば、物心がついたばかりの頃だろう。家族が惨殺され盗賊団に捕らわれたという状況を理解するほどには物の考えられる年齢ではないかと思う。
「なぜ八年も見過ごされていた」
「例の盗賊団は、当時、極少人数でした。あれだけ大きくなったのは近年のことです。加えて、拠点を転々としていました。拠点を発見し要保護人物の救出に向かう頃には次の拠点へ移っている……そんな状況が続いたんです。先の拠点を発見し諜報員を投入したのが昨年のことです」
「…………」
「盗賊団の規模が肥大化したのは僥倖でした。あれだけの規模では、拠点を移るのも一苦労ですから。あの拠点に三年ほど前からいたのではないかと思われます」
おそらく、例の盗賊団を王宮が認知したのが、八年前の癒し手一家惨殺なのだろう。極少人数の盗賊団を王宮が対処することはない。それは各町の自警団等の仕事だ。しかし癒し手一家を惨殺され次第に大きくなる盗賊団を、王宮も看過できなくなったということだろう。
あの拠点は盲点だったと言える。軍事拠点として使われていたのが二十数年前のこと。言ってしまえば放置されていた場所である。魔物も出るため、近付く者がいるとは考えられていなかったのだろう。
「王宮なら、情報を集めることは容易だったのではないか」
「各町の自警団等が盗賊の尻尾を掴んでいれば容易なことだったでしょうね。さすが盗賊団と言わざるを得ないです」
「…………」
「買い物に来た客が盗賊団の一員だとは、そうそう考えないでしょう。例えですが。事件を起こしても、自警団が駆け付ける頃に姿を消していれば拠点も見つかりませんしね」
盗賊団にしては組織の力がありすぎる、とラースは思った。いままで見てきた盗賊団と言えば、統率の取れないごろつきの集まりばかり。そのため、制圧するのは容易なことだった。宮廷騎士団が出る幕はなく各町の自警団等のみで対処できる。今回のようなことが起こることはそうない。
「盗賊団の団名は」
「ありません」
「団名がない? これほどまでに統率が取れているのにか」
「団の存在を隠蔽するためかと。団名がなければ、ただのごろつきの集まりとして認識されるでしょうからね。もしくは……さらに上がいる、とかですかね」
制圧した盗賊団の勢力は百余名。それだけで盗賊団としては充分な勢力と言える。さらに上がいるとなると、その実態を掴むのは容易なことではなくなる。
「ただの憶測に過ぎません。ですが、念頭に置いておいたほうがいいかと。以上っス」
ニコライはパッと両手を広げ笑顔になる。ラースもこれ以上に聞きたいことはなく、肩をすくめて話を切り上げた。
へら、と笑い、ニコライは少年に駆け寄った。
「坊ちゃん。王宮の番犬に会わせてあげるっス」
少年は首を傾げる。ニコライは、よいしょー、という掛け声とともに少年を抱き上げ、中庭の奥へ進んで行く。
それに続きながら、ラースの頭の中をニコライの報告が逡巡する。これ以上の面倒事は御免被る。
ニコライが開けた場所で少年を降ろす。彼が指笛を吹くと、犬の鳴き声が聞こえてきた。庭の奥から顔を出すのは、白い毛玉に顔がついたような丸っこい犬。番犬とは名ばかりの、国王の飼い犬サバだ。
少年が珍しく目を輝かせた。笑ってこそいないもの、ようやく見えた年相応の表情に、ニコライは満足してこくこくと頷いた。促すように少年の背中を押す。
「サバは大人しいっスからね。触っても大丈夫っスよ」
駆け寄って来るサバに、少年は少し退いた。さほど大きな犬ではないが、いままで動物と関わることがなかったのだろう。怯えつつサバの頭に手を伸ばす。そのふわふわの毛並みに触れると、少年は表情を明るくした。
少年が夢中になってサバの頭を撫で回すので、ニコライは満足してラースのもとへ戻る。
「そういえば、読み書きができないんスよね」
「みたいだな」
「じゃあ、俺たちが教えましょう。俺たち、先生っスね」
それも騎士の役目ではないのだが、とラースは溜め息を落とす。専属の家庭教師でも雇えばいいのではないか。
しかし、騎士隊が雑務をこなすことが多いのも確かだ。先日のような戦いの地に赴くことはそう頻度の高いことではない。少年の護衛は雑務ではないが、その世話を見ることにラースはいまだに納得していない。
背後に気配を感じて振り向くと、少年を保護したときに引き渡した若い神官が歩み寄って来る。
「ラース様。謁見は明後日となります」
「わかった」
アーデルトラウト王国国王直属騎士団が制圧した盗賊団に捕らわれていた要保護人物を救出した以上、救出された要保護人物が国王と謁見しないわけにはいかない。正直なところ、いまの少年に国王との謁見をこなせるだけの余裕があるとは思わないが、致し方ない。国王陛下も、子どもの態度を不敬に問うほど度量の狭い王ではない。
「それじゃあ、まず髪をなんとかしないとっスね」
ニコライが言うので、ラースは少年を見た。緑がかったグレーブラウンの髪は伸び放題でぼさぼさしている。
「身形くらいは整えてやらないとな」
「俺、髪切るの得意なんスよ」
「お前にも取り柄があったんだな」
「どういう意味っスか⁉」
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