第3話 眺めるしかない光景

待って、待って。

怖い、こわい、コワイ。

怖い、怖い怖い怖い、怖いーーーーー!!


進藤桜は怯えている。

表面上、顔は少し強張った程度。

何も変わった様子は出ていないと思う。

けれども内心は震えているのだ。

心臓は早鐘の様に打ち鳴らされているのだ。


廊下を一歩ずつ踏み出す脚は全然定まっていない。

しかも踏んだ木の床は キュイーーー、とイヤな軋み音を上げる。

下半身が震えているの、茉央に気づかれない?


桜がこんなに怖がっていると言うのに。

御門茉央は気にせず幽霊話を始めるのだ。

なんのイヤガラセなのか。




「幽霊のウワサの事。

 まだちゃんと桜に話して無かったわね。

 女の子の幽霊らしいわ」


………………

その昔、学校に仲の良い二人の女生徒がいた。

彼女達は密かにお互いへの愛情をはぐくんでいた。

だけれども、時代は一昔前。

まだLGBTの概念も無い。

許されない愛に引き裂かれた二人は……


「二人で自殺したって言うのかい?

 あんまりな話だね。

 ……でもそれならあの世で一緒なんだろう。

 私は自殺って選択はどうかと思うけど……

 本人達の選んだ通りの結末じゃないの」


「そう。

 だから調べたのよ。

 三年生と二年生だった二人。

 二年生の方は亡くなってしまったけれど。

 三年生のお姉さまは生き延びた。

 妹の事なんか忘れてその後幸せに生きたらしいわ」


「……なにそれ……

 後輩の少女は騙されたって事?」


「さあね。

 だから、それを幽霊少女に訊いてみましょう」



校舎の一階を巡る。

保健室らしきベッドのある場所。

棚に薬品は残されていなかった。

人体模型でも置かれていたなら、桜は間違いなく叫び声を上げていたと思う。

ありがたい事にそんなデンジャラスな物体は無かった。

それでも人間の内臓をはみ出させた模型の事が頭をよぎっただけで、心臓が縮みあがる。


職員室なのかな、と思う場所。

机が多数置いてあるけど、学生の教室のように一方向を向いていない。

古い形のストーブ。

電気式どころか石油でも無い、石炭を入れる造り。

博物館やテレビの中でしか桜は目にした事が無い。



「いくら何でも古すぎない?

 数年前まで使われていたんでしょ」

「物持ちが良かったのね。

 歴史があるので有名な校舎だったらしいわよ」


黙っていると恐怖に圧し潰されそうなので何かと話しかけてしまう。

茉央の奇麗な声が聞こえるだけで少し安心する。


その茉央は適当に机の引き出しを開けている。

筆記用具やらプリントの残骸が出て来るけど、何と書いてあるのかもう読めない。


旧校舎は桜が心配したほどには老朽化してない。

床に穴が開いていたり、ネズミがそこいらを駆けまわるとか、そんな事は無かった。

けれども、凄まじい埃。

引き出しを開けるたびに舞い上がる白い煙。


桜はハンカチを取り出して、口の周りに巻き付ける。

即席のマスクだ。


「なーに、よしてよ。

 泥棒みたい」


「許可も取らず、建物に忍び込んでるんだ。

 似たようなモノだよ」


「叔母様には許可、取ったわよ。

 鍵も貸して貰ったの」


……学校の理事の事か。

姪に対して甘すぎるだろう。



「もうすぐ壊される建物。

 記念に目に焼き付けて置きたいの、って言ったら貸してくれたわ」


「…………

 それはもしかして、夜に入ってみるとは言っていないんじゃないか」


「それは叔母様の勝手な解釈ね」


旧校舎は既に使われていないにも関わらず壊されてはいなかった。

古くからある建物、思い入れのある卒業生も多い。

だけどさすがに、古すぎる。

地震でもきたら、どうなる事か。

この夏休み、生徒がいない隙に取り壊すと言う予定。


そんな事を話しながら、散策していた桜は机にペンダントを見つける。

瑪瑙だろうか、縞模様のついた石が付いている。

触ってみると石が開く。

どうやらロケットであったらしい。

写真が入っていたと思われるが、その紙はすでに日焼けしてボロボロになっている。

写真であったかさえも判別できない。

そのまま机の上に置いておく。

持って行ったらホンモノの泥棒だ。



「そろそろ次行きましょう」


茉央が言うので、素直に桜は着いて行く。

彼女の持つ懐中電灯が行ってしまうと真っ暗な中に取り残されるのだ。

茉央に付き従う以外の選択肢は無い。


彼女は階段を上がっていこうとしている。

裾の短めなワンピースから細く伸びた美しい足が見えている。


別に茉央の足に見惚れている訳では無いのだ。

ただ、他の所を眺めると、埃に塗れた校舎。

何かの液体で汚れた廊下。

もちろんタダの雨漏りで濡れただけ、と分かってはいる。

でも血で汚れたのでは……等と奇怪な妄想が湧き出てしまうのだ。

茉央を眺める以外の選択が無い。


茉央が階段を上がって行き、懐中電灯で斜め上を照らすものだから。

桜のいる辺りが真っ暗になる。

慌てて階段を駆け上り、明るい空間に辿り着く。


「校舎の何処に向かっているの?」


「知らないわ」


ええっ。

茉央が自信有り気に歩いていくものだから、桜はてっきり行く先が決まってると思っていたのだ。


「そういえばそうね。

 旧校舎に出ると言うだけで他は何も聞いていないわ。

 んんーー。

 3階に向かいましょう。

 2年生の幽霊だというからには2年の教室が怪しいわ。

 2年の教室を回りましょう」

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