進藤桜は舞い落ちる花びらを眺めてため息をつく

くろねこ教授

第1話 散る花びら

校庭では桜の花びらが舞い踊っている。

進藤桜しんどう さくらはその光景を窓から眺めているのだ。


教室の一番後ろの席。

桜は客観的に見て、女子高で背が高い人間に分類されていて。

だから後ろの席に回されるのは慣れた事。


ついでに窓際に座れたのは幸運だった。

教室の窓から校庭を眺めていれば、クラスメイトの視線も気にならない。


それでも、ガラス窓には女子高の制服を着た生徒たちが薄く映ってしまっていて。

その内の何割かが桜の方に視線を向けていて。


王子様がアンニュイな気分に浸ってる。

キャー、絵になるわー。

なんて事を考えていそうだな、と言う思いが頭をよぎる。


それって自分のコトを王子様だと言ってるようなモンじゃない。

と、誰かにバカにした様に言って欲しいけど。

生憎、そんな友達はいない。



窓ガラスに映る自分。

高校3年生、進藤桜。


背は高くて、手足も長くて。

眉は描いてもいないのに少し太くてカタチ良い。

高い鼻と立体的な頬。


カワイイ女の子には見えない。

むしろ凛々しい。

ロコツな言い方をしてしまえば、タカラヅカの男役風なのである。


中学生まではそんな自分にあまり気付いていなくて。

だけど背の高さでバレー部にスカウトされて。

いつの間にかファンクラブが出来ていて。

クラブ活動を終えた桜に手紙を渡してくる後輩女子なんかが次々現れて。

無理矢理そんな自分に気が付かされた。


だから、高校ではバレーを止めてしまった。

セッターが上げる球を追って、自分の限界までジャンプする。

そこから見える高い景色はホンの少しだけ好きだったのだけれど。


それでも。

キャイキャイと頬を染めたカワイイ後輩女子達が。

桜に手紙を、それも客観的に判断してラブレターとしか言いようの無いそれを渡してくる環境には慣れたく無くて。

目立たない様にバレー部を止めた筈なのに。


そうしてしまえば進藤桜なんて少しばかり背が高いだけのデクノボー。

女子高生の中に埋没出来ると思っていたのに。

そう考えていたのに。


何故に高校3年生の現在、同じクラスの女子達は桜に王子様に向けるような視線を送って来るのか。



窓ガラスに映る自分の顔は少しばかり憂鬱な表情を浮かべていて。

その口がため息をつくのを眺める。


桜の花びらが散って、風に舞っている時はキレイなそれが、地面に降り積もって、徐々に汚れていく。

そんな光景を見てアンニュイな物思いに耽っていたりはしないのだ。

だいたいアンニュイなんて言葉、意味を説明しろと言われたら出来ない。


進藤桜はあまり難しい事を考えず、前向きに明るく生きていく方が好きな人間なのだ。

その筈なのだ。

なのに、そう言う風に見られていない事が問題なのだ。

己のパーソナルな認識と周囲の創り上げる偶像的イメージの差異に戸惑っているのだ。

少しだけ難しい言葉を使って見るとそんな状況になるんじゃなかろーか、と窓ガラスを眺めて思う。


ホントはもっと事態は単純。


クラスの扉が開けられて、入ってくる女子生徒。

彼女が真っすぐに桜の方に歩いて来て。

先程までは教室の何割かの生徒しか、桜の方を見ていなかった筈なのに。

現在は100%の女子達がこちらに意識を向けているのを感じられて。

進藤桜は振り向きたくないな、と思ってしまう。



「桜」


2年生だと言うのに御門茉央みかど まおが3年生の進藤桜を呼び捨てにしてきて。

仕方が無いので、そちらに顔を向ける桜である。


「御門さんか」


自分の口から女子にしては低めのバリトンボイスが響いて。

今、気が付いたかの様に答えてしまう。

なにゆえ、そんなポーズを取らねばいけないのか。

自分でもさっぱり分からないのだけど。


「……桜って。

 二人だと茉央と呼んでるのに、なんで人前だと御門さんになるの?」


茉央が爆弾発言をして、クラス中が騒然となるのだ。


まお、だって。

まお、って呼んでるんだって。

二人きりの時だって。

きゃー、きゃーきゃー。




茉央が中庭のベンチに座って、桜の木の方角を見ている。

桜と一緒に騒がしくなった教室を抜け出してきたのだ。


きゃー、二人きりになりたがってる。

やー、茉央、桜、って呼び合うのね。


桜が茉央を促して退室しようとすると、さらに騒がしくなった。

教室を出てしまえば、もう関係無い、これ以上考えない。



御門茉央。

改めて観察しても整った顔の少女だな、と思う。

目鼻が、ピンク色の唇が、あって欲しい場所に在るのだ。

こんな色でこんな形であるといいなと思い浮かべる場所に、顔のパーツが実際に存在していて。

その天然の造形美に羨ましいを通り越して、見惚れてしまう。


更には自分には見当たらない、気品なんてモノまで感じられてしまうのだ。

彼女の実家が資産家で、この伝統ある女子高の理事長の親戚でも有る。

そんな情報が頭に入ってるせいだけでも無いだろう。


単に顔立ち、目鼻の造形だけで言うのなら、テレビ画面の中に、雑誌の中に幾らでも茉央より煌びやかな人間は発見できる。

それでも毎年のように入れ変わる彼女達よりも、茉央が魅力的であるのはその表情だ。

意志の強さが出ている。

その顔には私は人生の主役だ、とハッキリ描いてある。

桜の顔にはおそらく、私はわき役になりたいんだ、と描いてあるだろう。



「桜、

 今夜、旧校舎に忍び込んでみない?」


御門茉央はその美しい顔で、進藤桜にそんな事を囁いた。

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