第15話 宣戦布告の代償
太田森率いる神州国鎮西軍第八派遣隊が、根城である鳴り子城で次の戦いに備えて体を休めていた頃。
オルデガルド帝国茨十字騎士団も、鳴り子城から数キロ離れた森の中で、明日の戦いに備えて英気を養っていた。
本国から船を使い、数万キロも遠征してきた彼らだが、驚くべきことに騎兵だけで約百名を超える戦力を追撃に投入している。この他に驢馬が荷台に糧食や資材を満載した輜重兵約二百名が追従。このようなことが可能なのは、それを維持し続けるだけの物資を現地で購入出来るだけの金銭を、本国から持たされているからこそ出来ることである。
今回の野営でも、潤沢な物資は惜しみなく振舞われている。
背の高い大きな天幕を何張りも建て、ふんだんに篝火を焚き、腹一杯の飯を食べさせ、酒まで振舞う。野外での――ましてや遠く離れた異国の地での宿営としては、相当に豪勢なものであった。
その中でも、一際大きな天幕の中で酒宴のような料理が並ぶ机があった。
長として上座に座るのは茨十字騎士団団長のオスカー・マクスウェル侯爵。
貧弱とは言えない程度に鍛えられた中背中肉の体格。理知的な青い瞳に、神経質そうな細い顔立ち。オールバックに固めた長めの金髪に、繊細な刺繍が施された衣装で纏めた身綺麗な格好。貴族として染み付いた洗練された礼儀作法。
極めて理知的に見える三十路の男性であったが、精強さで名を轟かす茨十字騎士団の長として相応しい強者の風格はない。
それも当然である。
オスカー伯爵は本当は生粋の外交官であり、この宿営地にも数時間前に来たばかりなのだ――この天幕が出来るまで、彼とその従者たちは別の場所に天幕を張って待機していた。
現場での騎士団の指揮権は副団長のユードリッド男爵が有していたが、この騎士団での最高権力者は現場に出ないオスカー侯爵という一種のねじれ現象が生まれていた。
その最高権力者が、この地では作られていない葡萄酒の香りを楽しんでいた。ワイングラスに口を付けると、口の中で芳醇な味と香りをまた楽しむ。それらを存分に堪能してからごくりと飲む。それから優雅な仕草で、グラスを卓上に戻すと口を開いた。
「ユードリッド男爵、今回の失態を犯した者たちはどうした?」
同じ卓にいたとしても、別に彼らの仲が良いわけでもない。
事実、ここには和やかな雰囲気など一切ない。
「命令なく矢を放った者は謹慎させておりますが、明日の戦いには参加させる予定であります」
そう答えながら、武骨な副団長は深々と頭を下げた。
「ああ、是非連れて行きたまえ。私には、彼が不幸にも蛮族の刃に倒れる姿が目に浮かぶよ」
「恐れながら申し上げます。かの者はあの時、狙った相手が軍人だと思っておりませんでした。その姿はあまりにもみすぼらしく、エルフどもに肩入れをしている現地の猟師と判断した次第。決して、侯爵様に対する悪意や叛意があって行ったことでは御座いません。何卒、恩情ある処置をお願い致したく」
「ならば、勝つことだよ。それも完膚なきまでに。蛮族どもを一人も逃さずに殲滅することだ、ユードリッド男爵。そうすれば全てがきれいに丸く収まる」
「我が名に懸けて戦いましょう」
この場にいるのは団長と副団長、ラーフェンと給仕役の従士たちしかいない。いずれも口が固い者たちばかりだ。
「ところで男爵は、なぜ外交官である私が急遽、皇帝陛下の勅命により茨十字騎士団団長に命ぜられたか、正しく理解しているかな?」
言葉遣いこそ整えられていたが、口調には明確な苛立ちが混じっていた。
「はっ、我ら茨十字騎士団が他国領土を、問題なく通過できるようにであります」
「ならば……、ならばっ……!」
耐え難い激情に身を震わせながらも、あっという間に忍耐の限界を超えた。
「どうして、我が国と神州国が戦争することになったのだッ!」
オスカー侯爵は知的な雰囲気などかなぐり捨てて喚いた。
彼は外交官として言葉の重みを正しく理解している。
特に鳴り子城城主が、ユードリッド男爵に放った最後の言葉。
『男爵よ、何を勘違いしている? 今日は神州国とオルデガルド帝国の、数十年に渡る戦の火蓋が切って落とされた目出度き日だぞ。たかが一~二回勝った程度で満足されては困るな』
この言葉を聞いたとき、オスカー侯爵は発狂しそうだった。
帝国の侯爵として、この一言で、自分が最悪の状況に追い込まれたことを正しく理解した。
純軍事的に見れば、神州国など辺境国の一つ。恐るるに足らず。
だが、オルデガルド帝国側から戦争を仕掛けた状態であることが拙いのだ。
今の彼の役職はあくまでも茨十字騎士団長。
外交畑で働いてきたが、今は戦争の宣言を行える全権大使ではない。
なのに、皇帝陛下に一言も伝えることなく、神州国との戦争状態に突入してしまった。
彼個人としては無かったことにしたかったが、神州国側が戦争を宣言してしまった!
もう誤魔化せない。
このような越権行為を皇帝陛下や大臣たちが許すわけがない。
運良く恩赦を承ったとしても、周りの政敵たちがこれほどの大失態を見逃すはずがない。
偶発的とシラを切っても、戦争に勝ったとしても、捕らえたエルフたちを持ち帰っても、まだ足りない。
このままではオスカー侯爵家の没落は免れず、貴族社会での居場所を失うだろう。
この状況を覆すには、誰も文句の付けようがない完璧な勝利が必要である。
そう。
今ならば完璧な勝利はすべて、騎士団長たるオスカー侯爵の手柄となるのだから。
まさに起死回生の一手。
それに気付いたオスカー侯爵は、脳髄が焼き切れそうなほどの焦燥感に囚われていた。
「あれは……不幸な出来事で御座いました」
「不幸!? ああ、ああ! 確かに、確かに不幸だった! 愚かな弓兵がエルフを捕える功名心に駆られ、相手がここの軍人であるかどうかも確認もせず矢を放ち、反撃されたのだな! その上、情けなくも斬り殺されたのだな! しかも、そこで引き下がればよいものの、エルフ捜索と叫びながら分隊が村を襲えば、どこの国でも剣を取るわ! 部下を御することも出来ぬとは、副団長の肩書はただの飾りか! 愚か者め!」
ユードリッド男爵は侮蔑の言葉に顔を真っ赤にしながら、それでも静かに頭を下げた。
「全ては我が不徳の致すところで御座います」
「幸い……ああ、幸いなことに! 奴らは弱く、捻り潰すことが容易いことだけが救いだ! 男爵、もちろん……わかっているのだろうな?」
「何を、でしょうか?」
「我が方に戦死者を出すな。ああ、戦争である以上、誰も死なないことが不可能であることは理解している。だが、数名に抑えろ! いいか、数名だぞ! 事故として誤魔化せる人数だけに抑えろ! 敵を皆殺しにして、大量のエルフを連れ帰れば、この地での失態など如何様にも誤魔化せよう!」
オスカー侯爵はじっとこちらを見つめる副団長の視線に苛つきながら、再び声を荒げた。
「だがな、事故死として誤魔化せないほどの死者が出れば、どうなる!? 遺族への年金と見舞金で、財務大臣が根掘り葉掘り聞いてくるぞ! 確かに、エルフの女王を始めとした王族どもまで連れ帰れば、他の皇族方も如何様にも執り成してくれるだろう! だがな、もしも、万が一にもエルフを取り逃し、我が方に大量の戦死者が出たら、ユードリッド男爵、貴殿は皇帝陛下になんと申し立てする?」
「その時は覚悟を決め、皇帝陛下に嘘偽りなく申し上げる所存」
「ああ、そうだ。貴殿ならば、そうするだろう。馬鹿正直に何でもかんでも喋るだろう! それこそが最悪なのだ! まずは、そのことをしっかりと理解しろ! この猪騎士が!」
ユードリッド男爵はあからさまな侮辱にますます顔を赤くするが、それを見下しながらオスカー侯爵はさらに叫ぶ。
「オルデガルド帝国だけでなく周辺諸国にその名を轟かす茨十字騎士団が、大陸の端に住む、未開の蛮族ども相手に大損害を被りました! そんな不名誉なことが周辺国に知れ渡ってみろ! 皇帝陛下は動かねばならなくなる! ああ、必ずや! 必ずや、我らが帝国と皇帝陛下ご自身の名誉を守るために挙兵せねばならなくなる! 愚か者しかいない騎士団の不始末を片付けるためだけに! ああ、箝口令など当てにするなよ、男爵。周辺国を併合したとはいえ、まだ支配体制は確立されていないのだ。茨十字騎士団が虚仮脅しの集団と判った瞬間、各地でどんな反乱が起こるか、想像するのも恐ろしい!」
「我々は負けませぬ」
「今朝の結果を見れば餓鬼でも判るわ!」
オスカー侯爵は不意に紳士としてあるまじき振る舞いと思い、わざとらしく咳払いをして呼吸を整えた。
ワインで喉を潤し、今度は一言も発せず食事だけをしていたラーフェンに向き直った。
「ラーフェン、
「彼女は気分が優れないと天幕で休んでおります」
「皇帝陛下のお気に入りとはいえ、不遜な…………いや、死者を出さぬためには、彼女の魔法が肝となるか。そうだな、今日は顔を合わせる必要もあるまい」
「彼女は魔法を連発しておりました。多分、気疲れもあるのでしょう。もう寝ているものと思われます。明日に向け、このまま英気を養わせるのが得策かと」
ラーフェンの言葉に同意したオスカー侯爵は、一息で残っていたワインを飲み干すと席を立った。
寝室になっている天幕に向かうために外に出ようとし、ふと思い出したように従士に指示を下した。
「まだ誰も犯していないエルフを二人、私の寝所に連れてこい。ああ、言うまでもないが湯浴みをさせ、捕らえた中で最も美しく、最も抱き心地の良さそうなエルフをだぞ。あと手錠と鞭だ。今宵は久しぶりに血が滾るわ」
「承知致しました」
待ちきれないように天幕から足早に出て行くオスカー侯爵。
その背を見ながら、ユードリッド男爵は小さく、本当に小さく呟いた。
「この、
そんな呟きなど聞こえないオスカー侯爵は、月明かりと篝火が照らす中、少し離れた所に立てられた寝所の天幕へと足取りも軽く歩いて行く。
少し歩いただけで、周囲の天幕から絹を切り裂くような女の悲鳴が幾重にも聞こえてくる。
「――いやぁああ!! 助けて! 助けて! お母さん!」
「娘には手を出さないで! 私が、私がするから!」
「お姉ちゃん!助けて! 助けて! う、うわあああぁあ! 乳首が! 乳首がぁ!」
「ぎゃあああああ! や、やめてぇ! 入らないっ! そんなの入らないから! 壊れちゃう! お○んこ壊れちゃう!」
「ん゛ごぁっ! ひぃいいいっ! や、やめろ! やめて! せめて、一人ずつにして!」
オスカー侯爵は愉悦に浸る。
周囲に響く、犯されているエルフの悲鳴は、何とも言い表してよいか判らぬほど甘美だと思う。
ただ悲鳴を聞いているだけで気分が高揚する。
まして自分でエルフの女に悲鳴を上げさせ、気絶させた時など、不覚にも昇天してしまうことがあるほどに。
一時とはいえ、自分の部下となった者たちも楽しんでいるようで何よりだと嗤った。
亜人とはいえ、美人が多いエルフの若い女を大量に捕らえることができたのだ。
犯すだけなら種族の違いなど気にならない。
このまま時間の許す限り、エルフどもを犯せるだけ犯し抜いて、孕ませねばなるまい。
どうせ帰りは船旅の予定であるし、妊娠させ身重になった女など余計に逃げる心配がなくなる。少数の男は奴隷なのだから船を漕がせればよい。その分、運賃を値引き出来ぬかどうか交渉せねばなるまい。
兵たちは女を抱けて満足し、捕虜を見張りする手間は減り、誰にとっても――エルフの女以外には良いこと尽くめだ。
偶には女遊びも満足に出来ねば、あの愚かな弓兵のように暴発する者も出てくる。
ましてやエルフの女を犯すことは、皇帝陛下の命令に忠実に従うことなのだ。
現皇帝陛下は何と気の利いた命令を下してくださることか。
侯爵はさらに股間の逸物を固く怒張させた。
さて、今夜はどう弄ぼうか。
いいや、違う。
これは正義なのだ。
未開の亜人どもに施す、祝福の教育なのだ。
さあ、今宵はどんな慈悲を恵んでやろうか。
額を地に擦り付けるほどに平伏し、心の底から我が精子を懇願するまで馬上鞭で叩き続けよう。
私の所有物になったことを示す証として、桃色の乳首にピアスを贈ってやろう。
麻酔もせずに釘のような針を打ち込めば、絶叫を上げながら失禁するだろう。
ああ、痛ましい。
なんと痛ましいことか。
だが、我が与える苦痛こそが、神がエルフに与える罰なのだ。
神に選ばれし皇帝に勅命を受けた私こそが、教会さえないこの未開の地での神の代理人なのだ。
はしたなくお漏らししたエルフの美女を、さらに罵り――。
ああ、そうだ。
私の小便を頭から浴びせて、穢れた亜人の体を清めてやろう。
そうすれば美しい見た目だけではなく、卑しい心も祝福され、霊的にも生まれ変わって救われるだろう。
ああ、なんと――!
なんと、私の慈悲深いことかっ!
オスカー侯爵は淫靡な妄想に浸りながら、彼専用の天幕に入っていく。
そして、その天幕の中で次の日の朝日を見ることなく、一人のエルフが死んだ。
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